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偽善者と生命最強決定戦 十三月目
偽善者と三回戦第一試合 その05
しおりを挟む≪二重回路──巨大な飛行船などの単純な仕組みであれば何重にも回路を刻み付けることが可能です。ですが、魔剣に組み込まれるような複雑な回路であれば……話は別です≫
狂うように燃え盛る業火。
大地を凍てつかせる冷気。
相反する理が、矛盾を超えてその場に現界していた。
それらの事象は一つの魔剣が放つ、二つの輝きの下に発動する。
≪便利な魔剣だな……あれ、どうせ二つ以上使えるんだろうな≫
≪混沌、と銘付けられている以上、そういうことかと≫
温度差が生みだす気流が、空を舞うことを許さず地へ二人を叩き付ける。
半分ずつ、舞台を埋めるのではなく所々に炎と氷が並びたつ……悪魔的な計算によって配置された、疑似的な非空重域だった。
「──さて、俺も空を飛べなくなったな」
「転移がありますのに……ズルいです」
「まあ、使うぞ。調子に乗って負ける、そんな敗因は嫌だしな」
宣言通り、転移眼を用いての死角への瞬間移動を行うメルス。
そのまま魔剣の回路へ魔力を通し、炎と氷の力を剣身に宿らせる。
「解放せずとも、宿らせるだけってのも選択肢の一つだよな──“雷鳴斬”」
武技を使い、その剣に雷の力を重ねた。
炎、氷、雷……三つの力が渦巻くようにその色を合わせフィレルに向けられる。
「“鎌鼬”!」
フィレルもまた、武技の力を用いて新たな脅威の対処を行った。
血に濡れた、というより血そのものである大鎌を輝かせ、勢いよく振るう。
轟ッ! と吹きつける風は斬撃の属性を帯びてメルスの首を狙う。
本来であれば、届かない距離……だが鎌鼬は真空の斬撃──この世界の鎌鼬は首を刎ねるだけの力を有している。
「おっと、こりゃまずい」
混沌魔剣を大鎌にぶつけ、余波で生まれた風を鎌鼬に当てて相殺した。
一つ、また一つと鎌鼬は消滅し、同じく混沌魔剣に籠められた三つの力も消えていく。
「なかなか終わらないな……なら、もう一つ回路を増やすとしよう──“震えろ”、“熔かせ”、“溺れろ”」
日常会話の中で、非常識を重ねる。
メルスは脳内から読み込んだ、新たな回路図を混沌魔剣に組み込んでいく。
そして発動する三つの能力。
魔力を注ぎ込まれ回路を巡り──刻まれた力が解放される。
「さぁさぁ、だんだんとビックリ箱みたいになってきたこの魔剣! そろそろ対処してくれないか!?」
「ええ、超えてみせましょう──“血霧”」
肉体を紅の霧状に変化し、風に漂うにして舞台の至る所へ飛び散る。
吸血鬼としての力を解放しているフィレルには、そのような芸当が可能であった。
「たしか、こうなると核となる部分を狙えば勝てる……のは、普通の吸血鬼だったか」
剥き出しの弱点となる核が現れ、それを突かれた場合霧を維持できなくなり能力が解除される……そんな欠点を持つこの技であったが、それは通常の吸血鬼にしか当て嵌まらないこと。
始祖の力を受け継いだ彼女は、核すらも霧に変えることが可能である。
陽光以外のすべての弱点を克服した、最強の吸血鬼──それが始祖吸血鬼。
そして陽光すら克服した真なる吸血鬼──それがフィレルであった。
「逃れられるかな?」
大地に突き刺された混沌魔剣が輝き、その力を発動する。
再び激しく地面が揺れ、地の底から吹きだすようにマグマが零れ出てきた。
三重の回路に使用者を守るセーフティ機能は無いため、メルスはフィレル同様に宙に向かうことでそれらの現象を回避する。
転移系の能力を何度も行い、上から落ちる動作を繰り返す。
「二つ、地震とマグマは起きた……答えなくて良いけどさ、この後はどうなると思う? フィレル」
ゴゴゴゴッとナニカが胎動する音。
地震ではなく、マグマでも無い……いや、マグマでもあるのだろうか。
「三つ目は海、それも熔属性の回路に少し混ぜた特別品! だから来るぞ、原初の星に恵みを与える雨。それを生みだす始原の海──マグマオーシャンが!」
メルスの宣言通り、それは現れた。
剣先から噴きだしていたマグマも、先ほど生みだされたマグマも少量であったと言わざるを得ない。
原初の星で、それは海だった。
今のように青い海ではなく、すべてを燃やし尽くす深紅の海。
「赤色の世界よりも海の量は多い! さぁ、紅蓮の劫火の登場だ!」
その言葉を引き金に、地中で蓋をされていたその全貌がいっせいに現れる。
常人が近づけば、一秒と持たずに肉体を焼き消される火力。
ドロリとした粘着質の液体が、押しだされるように空間いっぱいに広がる。
「フィレル……もう限界だろ? 霧の状態は一つ一つが分散する分弱い──耐性も」
「……旦那様、さすがに魔力を消費していただけましたよね?」
霧と化した血を集め、再び肉体を得る。
血を固めて生みだした足場に乗り、メルスへ視線を向けた。
「ああ、さすがに使いすぎた」
混沌魔剣を手放したため(熔岩からは魔法によって回収済み)、空いた両手を上に掲げてアピールする。
その様子を見て、ホッとするフィレルだったが……再度、知ることになる。
「もう五割しかないや」
──自分たちの主は、とんでもなく理不尽な存在であったと。
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