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偽善者と生命最強決定戦 十三月目
偽善者と二回戦第三試合 その07
しおりを挟む本来であれば、決着はすぐにつく。
ソウがシガンを攻撃することを止め、代わりに黒点へ向けて息吹を送るだけだ。
しかしそれはせず、あくまで従来の方法で勝利を得ようとしていた。
なんのため、それを知るのは本人だけだ。
「空間魔法か……じゃが、速度を上げればすぐに追いつく」
「逃げるに決まってるでしょ!」
煙魔法を再度解放、目眩ましを行う。
ただ視覚を遮るだけでなく、魔力による感知を阻害する魔法の煙。
同時に、煙を足元へ敷き詰め足音が鳴らないよう細工を施す。
翼が生みだす風で吹き飛ばそうとするソウだったが、不思議と煙は動いていかない。
「攻撃性のあるものでなければ、増幅はしないはず……溜め込んでおったか」
「ええ、少しだけどね」
「まだ何か隠しておるのか──“禍通風”」
「……4、3、2、1、0!」
風属性の魔法と武技を重ねて発動し、妖しき斬撃と相殺させる。
内側と外側から風の爆発が起きたため、煙は少し開けてしまう。
「居場所が分かればこれぐらいのことも、調整ができよう……フッ」
軽くため息を吐くように、ソウは吐息をシガンの元へ吹いた。
ゆっくりと、だが勢いを衰えさせることなくそこへ辿り着いた吐息は──暴風をそこに生みだす。
「っ……!」
危険を察知して回避をしていたシガンは、その光景を見て背筋がゾッとなる。
荒れ狂う風は相殺された先で起こした風の勢いをはるかに上回り、すべての煙をその気流へ呑み込んで舞い上がっていった。
「ふむ……これぐらいであれば、影響もなく使えるか」
「……7、6、5、4、3、2、1、0!」
「“飛龍閃”」
龍気を籠めた斬撃、オーラがドラゴンを模り泳ぐようにシガンの攻撃を喰らっていく。
九割の攻撃が今度は防がれ、一割しか黒点まで到達できなかった。
「それでもここまでの変化があるとは……うむ、まだ隠しておるのか」
「……さあ、どうかしらね?」
一度より二度、二度より三度……重ねれば重ねるほど増幅の効果は高められる。
一秒より二秒、二秒より三秒……重ねれば重ねるほど【未来先撃】は攻撃を強化する。
シガンは自身が殺されない限り、延々と一撃の重さを高めることができる。
イアリングによって自動カウントも可能となった今、魔力が続けばシガンを止める者など存在しなくなった。
「けど、そろそろ溜まったわ」
「やはりそうであったか……そして、それをこの瞬間に告げるということは……」
「ええ、貴女が私を生かしてくれていたお蔭で見えてきたわ──勝利の可能性が!」
場を埋め尽くす勢いで、魔力反応が至る所から突如出現する。
自分の周りもそれが発生したことに驚くソウだったが……それよりも気にしなければならないことがあった。
「……だから空間属性は厄介なのだ」
散らばっていた魔力反応が、いっせいに一瞬だけ消える。
そしてそれらが再び、黒点のすぐ近くを囲むように出現していく。
その現象がシガンの引き起こした事象であると、ソウは見抜いている。
黒点の吸引力はすでに風前の灯。
自身のプライドを捻じ曲げ、息吹を吹きかければ一発で崩壊させられるほどに弱り切っていることも知っていた。
「『時戻しの鈴』と『時飛ばしの鈴』。メルスに貰った物だけど、便利すぎて唖然としか言えないわよね」
「その名称からして、今回は時戻しか」
「ええ──今回の試合で使った【未来先撃】の事象すべて、それを戻したわ」
「……主様、儂を虐めるのが好きじゃのう」
ただし復元した事象は、カウントがリセットされる。
それでも増幅の特殊ルールがあるので、今回は使用に問題は無かった。
「儂が取るべき選択は、お主が時を動かす前に黒点を終わらせる……またはお主を先に終わらせるかのどちらかじゃ」
「どちらも間に合わないわよ。もう手遅れ、私の勝ち……っ!」
「──全力が出せぬ故、一つ一つ対処していくかのう」
留まったいた時間ごと、ソウは刀で斬り始めていく。
魔力が事象改変を促し、斬り裂く現象を刀がより確実な形で引き起こす……黒点を守るように、ソウは武器を振るい続ける。
「で、デタラメじゃない! まだ進めてないわよ!」
「お主は何も悪くない。ただ、まだまだ異常ではなく普通なのだ。主様であれば、時を止めるでなく時空間を固定する。だが、この数ではそれも無理であろう……人の身で儂や主様を超えるというのであれば、やはりティルのように何かを極めることを薦めるぞ」
やがて事象はすべて斬り刻まれ、黒点の元には何も残っていない。
ソウはため息を吐くと、黒点の方を向いて刀を構える。
「そこで見ておれ。次元を裂き、この現象を生みだしたのは儂の責任じゃ。なればこれを終わらせるのも、儂の仕事であろう」
「……不意打ちするわよ」
「そう告げる威勢があれば充分じゃよ。あえて一度も受けずにおったが、チャルと異なり儂の鱗は溜めた一撃でも容易くは通らん。先のものでは不可能であろう」
「……ハァ、見ていることにするわ」
剣を仕舞い両手を挙げ、降参するシガン。
その様子を見て満足げに頷くと、ソウは再び刀へ息吹を籠める。
──先ほどよりも、魔力を練り上げて。
「銘は無いが、この一太刀……力尽くで終わらせて魅せよう」
そして振り下ろされた一太刀。
大気が振るえ、結界が悲鳴を上げる。
黒点は一瞬で消え去るが、吸収されずに進み続けるエネルギーすべてを結界が処理しなければならなくなった。
どこかで怨嗟の声が上がるが、それはどこに届くこともなく消えていく。
──大歓声が客席から上がり、その小さな声を掻き消したからだ。
≪試合終了! 勝者──ソウ選手!≫
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