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偽善者と生命最強決定戦 十三月目
偽善者と二回戦第二試合 その02
しおりを挟む「──“月光の祝福”!」
開始早々、フィレルは天に手をかざして魔法を発動する。
虚像の月が天に現れると、その冷たい光をフィレルに降り注いでいく。
AFOの世界の吸血鬼は、夜に輝く月の光によって身体能力が増幅する。
夜は本来の性能を発揮し、月の満ち欠けや有無によってさらに強化される……まさに夜の支配者として相応しい能力を有していた。
「──“星辰強化”」
シュリュもまた、強化魔法を発動する。
強化されるのは、肉体ではなく──霊体。
英霊は魂だけでの活動ができる存在。
実体化をしていても、その本質が変わることはない。
なので、まず最初に内側から強化を行ってから──
「“身体強化”」
肉体の強化を行う。
二重にかけられた強化魔法によって、シュリュの身体能力は格段に向上する。
「まだ始まったばかりなのに、もう二重で使われますか。わたしもシュリュに警戒されているのね」
「其方……というより、眷属全員が警戒に値するであろう。其方もまた、始祖吸血鬼という厄介な種族を継ぐ者ではないか」
「そうですか? あまり実感はないのですけど……旦那様も月読森人、とやらになれば同じことができるでしょう?」
始まりの吸血鬼にして、すべての吸血鬼の頂点に君臨する王たる存在……それこそが、『始祖吸血鬼』である。
フィレルの父は先祖返りとしてその力に目覚め、妻となる龍との間に子を設けた。
父同様に始祖の力に目覚め、母の龍の力も同時に宿したフィレルに敵はいなかった。
永い時を経てアイリスと出会い、神々との闘いに敗れるまで……その真価を知る前にすべてが終わってしまうからだ。
「其方は能力の向上だけでなく、再生力の強化や他にも付くであろう。あの種族は強化だけである、その点では其方の方が上だ」
……神気が関わらなければ、とシュリュは小さく呟いた。
某自称モブが関わり魔改造を重ねた結果、『月読森人』たちは月光を浴びることで特殊な力を発動できるようになった。
──極狭範囲での神気の使用。
始まりの吸血鬼ですら扱えない神の力を、種族単位で自在に扱えるようになったのだ。
現在彼らは、それを祈祷目的で使用しているが……もし戦いに巻き込まれてでもした場合、その力は武力と化すだろう。
「……まあ、そうであるな。朕は、其方にはこれぐらいせねばならぬと感じた。その期待に、其方は応えてくれるか──フィレル?」
「ええ、応えてみせましょう……まずはその体に、たっぷりと刻んで!」
月光に祝福され、凄まじい身体能力を得たフィレルが地面を蹴りだす。
吸血鬼の力は地面に罅を齎し、そのエネルギーは推進力となる。
そして彼女は、シュリュへ向かう一本の矛として急速な勢いで迫った。
同時に矛を小刻みに振るい、どこが狙いなのかを特定できないようにしている。
本来であれば、対応に間に合わないが──
「甘い!」
巨大な十字架を振り回し、矛の届くすべての範囲を防ぐ。
十字架の上の部分を握り締めると、その面の広さで穂先とぶつけることに成功する。
「あら残念……なら、これはどうかしら?」
「むっ」
血で包まれた劉殺しが内側から光ると、矛に変化が生じる。
穂先の近くに斧頭が生成され、未だに残っていた勢いを加えてシュリュに払われる。
「ならば……こうだ──ふんっ!」
十字架をクルリと一回転させ、斧をそのまま弾き飛ばす。
同時に握る箇所を短い横の部分に持ち替えると、そこへ魔力を集中させ──弾丸のように魔力を放つ。
「くっ……」
血を操作し、斧の形を取っていた部分を広く伸ばして盾のような形状にする。
魔力弾は盾に防がれるものの、その衝撃がフィレルに響いて動きが硬直してしまう。
「では、もう一撃」
持ち手をもっとも長い部分に変えると、槌でも振るうように全力でスイングを行う。
ひどく鈍い音が盾に当たり、さらなる衝撃がフィレルを襲う。
硬直から回復したばかりの体ではそれを受けきることができず、フィレルは凄まじい勢いで吹き飛ばされてしまう。
「っ…………!」
背中から飛膜の付いた黒い翼を広げ、その衝撃を吸収していく。
舞台から落ちる寸前で完全に抑えることに成功し、再び地面に足を着ける。
「それ、鱗で作ったはずですよね? どうしたらそんなに多機能に?」
「朕は特別故にな。魔力の通し方を変えれば性能を変えるよう、先に意志を籠めた。それだけこうなったのだ」
「なるほど……今度から参考にしますね」
あくまで今は、吸血鬼としての力だけで闘おうとするフィレル。
魔力を“劉殺し”に籠めると、血の量が一気に増大する。
そして形状を作り変え、再度ハルバードのような形とした。
「本当なら、新鮮な血を使いたかったんですが……今はこちらで我慢しましょう」
その一部を液体化すると、ペロリと一掬いして舐めるフィレル。
ドクンと内側から脈打つ肉体。
真っ赤に光る瞳はよりいっそう輝き、彼女の変化を表現する。
「吸血鬼と言えば吸血……劉の血を吸ったわたしは、いったいどうなるのでしょうか?」
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