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偽善者と生命最強決定戦 十三月目
偽善者と二回戦第一試合 その05
しおりを挟む偽物の聖剣を振るう凡人と、獣聖剣を振るう剣聖の闘いは佳境に向かっていた。
体に纏ったすべての聖剣を使ってもなお、メルスはティルエに届かない。
「……うん、やっぱり剣聖はティルにしかなれないんだな」
「それを言っちゃうと、これまでの闘い全部が無駄になるんだけど……」
もっともなツッコミであったが、何やら集中を行い始めたメルスには届かない。
勘に頼った防御に切り替え、戦闘に向けていた思考を別のことへ回していた。
「剣聖なんて大層な仕事、本当に剣だけを使うティルだけで充分だ。……まあ、今じゃプレイヤーにも【剣聖】が居るけど、そこは置いておくとして」
「私、【獣剣聖姫】よ。いちおう言っておくけど、剣聖で纏めないでちょうだい」
「そこはこだわるところか? そういえば、【炎魔剣聖】なんてのもあったな……とにかく俺に、剣聖は無理ってことで」
そう言うと、すべての聖剣が異空間の中へ収納されていく。
そして伸ばされた右手──そこに膨大な魔力が渦巻き始める。
「それ……何かしら?」
「剣聖が無理なら、別のものになって超えるしかないだろう。剣聖の上なんて、もう一つしかないもんな──剣神になってみるわ」
「まったく意味が分からないわ」
もっともなツッコミで(ry。
淡く煌めく粒子が集まり、剣を模った形状へ化す。
それはかつて、一人の英雄が試練の果てに手に入れた神授の剣。
「──『煌雪神之魂剣』。神気で作った模造品だけど、存在感が半端ないな」
一度はその消費する神気量に複製を断念した代物だが、この土壇場で生みだすことを決断したメルス。
その選択を祝福するように、天から泡雪が舞い落ちてくる。
煌雪神の力を物質に留めたその剣には、その現象を無意識に引き起こすだけの膨大なエネルギーが内包されていた。
「──“限界踏破”、“全能強化・不明”」
「……“物理加速”、“身体強化”」
凡人は限界を超え、未知へ手を伸ばす。
剣聖は肉体を強め、人智を超えていく。
互いに世界の法則を超えた動きを行うために、体を強化した。
「……それじゃあ、最後の闘いだな」
「ええ、何度このやり取りをしたか分からないけどね」
「シリアス感が削がれるな……まっ、それの方が俺らしいか」
今、彼らの認識では、時間はゆっくりと流れる物となっている。
それは泥のように体を引っ張り、少しでも動こうとすれば体を縛っていく。
「俺は剣神、ティルは剣聖。俺の方が上になれば、あっちの問題も解決だな」
「……もう、口で語らう必要もないわね。剣士は剣士らしく、剣で語り合いましょう」
ほぼ同時に、彼らは時間という柵から抜けだし相手の元へ向かいだす。
求めたのは決着か会話か……剣は彼らの想いを伝えるため、互いを求め合った。
淡雪が舞台の一面を埋め尽くす中、静寂ではなく剣戟が木霊しその場を支配する。
武技による軌跡は、あれから一度も輝いていない。
武技に意識を回すぐらいなら、手元を動かして剣舞を舞った方が早いからだ。
言葉を交わす必要もなく、ただひたすらに剣を打ち合っていく。
端から端へ一瞬で動き、時に宙をも蹴りだして相手の元へ向かい剣を絡める。
甲高い音だけが、彼らが踊り合っていることを教えてくれた。
一回戦で行われた剣戟よりも、目まぐるしく音の質が変化する。
それはまるで剣のオーケストラ。
幾度と重なる音が旋律を奏で、聴く者すべての心を奪う美しい曲を演奏していた。
「「疾ッ──!」」
漏らした息の音も、踏み込んだ地面を蹴った音も、物理限界を超えた移動音も、すべて雪が吸収していく。
邪魔する音など存在せず、ただ剣を振るためだけに世界は静寂を彼らに与える。
紛い物の神剣と祝福された本物の獣聖剣。
聖獣の力を授かった聖剣が、これまでは偽りの聖剣の担い手を襲う一方だった。
だが神剣を握ることで、その状況は大きく変化した。
対等に打ち合えるどころか、反撃に出ることが多くなっていく。
「そりゃあ!」
「っ……!」
彼らの大きな違いは、制限された能力値の振れ幅である。
強大すぎる能力値を三割しか使えていないメルスに対して、ティルエは獣聖剣の補正が無ければ少し優れた獣人種でしかない。
……単純な強化だったからこそ、大きな差がここで生まれてしまう。
未来視と天性の剣の腕を振るい、メルスを苦しめたティルエ。
だが現在、その剣はすべてメルスに捉えられ──未来眼の発動を許してしまった。
無限に派生する剣の軌跡は読み取られ、逆にティルエの視界には無数の剣線が浮かぶ。
自身の経験がそのうちの一本をなぞらせるが、ことごとくそこへ剣が向かい噛み合う。
そして、舞台の幕が閉じる。
最後に両者が選んだのは、互いの剣線に浮かばない己が信じた一撃。
剣を打ち上げるように下から上へ、放たれた神速の太刀が──剣を弾く。
「これで、お仕舞いね」
「……ああ、残念だ」
突き刺さった神の剣。
雪は止み、争いの終息を告げる。
「──獣聖剣に、罅ができるなんて」
ティルエの握る獣聖剣は、これまでの闘いの影響で小さな罅ができていた。
それはとても小さく、すぐに研げば直るような小さなもの。
だがそれが、これ以上の戦闘を重ねればどうなるかは彼女が一番理解していた。
「どうする、まだ闘うか? ──俺は、まだ闘えるぞ」
「……止めておくわ。こっちにだけ罅を入れる神剣が、何度も何度も振るわれるなんて悪夢そのものよ。あの英雄、どうしてネロに負けたのかしら」
「その神様の神威が足りなかったんだろう」
突き刺さった神剣は粉雪のように舞い散ると、再びメルスの手の中で剣と成る。
神剣は一種の概念。
その形すら定まらず、神の威光を現世に伝えるために力を振るう。
煌雪神の力を振るった神剣は──光の元で雪を生みだし、雪があれば自在に形を変えることができるのだ。
≪──試合終了! 勝者、メルス選手!≫
アナウンスがそう言い、ここに最強の剣士の誕生を告げた。
偽りの神剣の担い手は、本物の剣聖を超えるまでに剣を振るったのだ。
「……いっしょに来なさい、メルス」
「はいはい、分かりましたよ」
会場が盛り上がる中、二人はそう言ってこの場から消える。
そして、その先では──
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