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偽善者と生命最強決定戦 十三月目
偽善者と一回戦第八試合 後篇
しおりを挟む伸ばされた鋭い爪が、首筋を掻き立てるように引き裂いていった。
だがそこに外傷は無い。
飛びだすのは血飛沫ではなく、激しく燃え盛る火の粉であった。
「──砕かせてもらったぜ、アンタのその魔法をよぉ」
「そのようだな」
発動していた“心身燃焦”が齎した炎の衣は、罅割れるようにして砕けていく。
切り裂いたのは体ではなく魔法そのもの。
巻き散らした炎はその一部、これによって一時的に“心身燃焦”が使えなくなった。
フェニはそれでも変わらない態度を取る。
「能力値の上昇はあくまで補正。同じ舞台に上がるための補助装置だ。我はすでにそこまで上がっている……ならば、残りはこの剣だけで乗り越えられる」
「……面白ぇ、やってみろよ!」
「言われなくとも──“形状変化・大剣”!」
纏った炎が形を成し、巨大な大剣となる。
聖炎と邪炎の二つが混ざってできたその剣は、天を焦がすように炎を生みだしていく。
「剣の大きさが変わって、いったいなんになるんだよ」
「そうだな……たとえば──放出できる炎の量が増えるなど、な」
勢いよく振り回された大剣。
先ほどまでの剣が生みだした炎とは段違いの、火山からマグマが噴き出すような凄まじさで熱量が放たれた。
「そしてそこへ──“紅焔龍”!」
巨大なドラゴンが形成されると、口を模した辺りから息吹を吐き出す。
それもまた聖と邪が入り交ざった一撃で、ヴァーイを焦がし尽くそうとする。
だがヴァーイもまた、態度を変えない。
すでに纏った二種類の液体が、炎に対する耐性を高めていたから。
「だから貰うぜ、その一撃を!」
飛んでくるその火炎の渦の中へ、ヴァーイは跳び進む。
そしてその中心、核となる術式がある部分でヴァーイは再度叫ぶ──
「“蝕奪之牙”!」
手の伸ばした先にある術式が、急速に掌へ吸い込まれていく。
【貪食】の能力の一つ“蝕奪之牙”は、触れたものを根こそぎ奪い尽くす能力。
“魔奪掌”や“魔喰らいの牙”などの類似した能力もあるが、こちらの能力は喰らったモノを選別できないというリスクがある。
つまり、自身を害するモノであろうといったん体内に納めなければならない。
「……ガハッ」
「聖炎と邪炎を同時に取り込めば、そうもなるだろう。しかし、やれるのか……」
「これで、頂いたぞ……」
纏っていた粘液は焦がされ、パリパリと剥がれる第二の皮膚のようになっている。
衣服も一部が焦げ落ちている惨状だが、それでも微笑むヴァーイ。
美味かった、そう言わんばかりに。
「行くぜ──“聖邪炎の羽衣”!」
ヴァーイの周囲にフェニの剣から放たれたものと同じ、白と黒の炎が現れる。
それらは渦巻き、衣の形を成す。
背中から延びた一翼、それもまた炎で構成された不死鳥の羽。
力強くはためかせたそれは、地を這う狼に大空を舞う力を与える。
「これで条件は対等だ! こっちも飛べれば俺の勝ちだろうよ!」
「そうか……では、決着をつけよう!」
フェニもまた、自身の背から伸びた羽に聖なる炎と邪なる炎を纏って飛び立つ。
そして大剣を振り回し、ヴァーイの猛攻へ反撃を行う。
レーヴァティンは、とある神話になぞられて生みだされた神話の剣。
レプリカで模造品で劣化品ではあるが、改良と改造を重ねてごく一部の神話現象を再現できるようになっていた。
一振り。
フェニはヴァーイが飛んでくる方へ、その聖魔の神剣を振るう。
「──“界滅劫火”」
そして告げた、災厄の始まりを。
生みだされたのは世界を呑み込む炎。
北欧神話に伝わる炎の巨人が生みだした、九つの世界が地に沈んだその元凶。
「互いに炎の翼があるのだ。これぐらいした方が盛り上がるだろう……ただ、お前にはそうしている時間もないがな」
「チッ……クソがぁぁぁぁっ!」
炎はフェニとヴァーイの両方を燃やしているのだが、これはフェニの攻撃として判定されるため再び再生強化能力が発動する。
対等に闘っていたはずが、フェニの強化が行われることでまた差を生んでいく。
ヴァーイは喰らった存在の知識やスキル、魔法を行使して抗い続けるが──やがて、次元の先から生まれた炎がヴァーイを掴む。
「捕まえたぞ」
「“空間転……は!?」
「逃れることはできない。神々すら蘇らなければ後の世を生きられなかった……神格が無ければ抗うことも不可能だ──燃え尽きろ」
唐突な終わり。
持ち主であるフェニすら燃やすその炎は、敵対者であるヴァーイを焦がしに焦がす。
分身も分体も、今大会では使えない。
生きることはできても敗北してしまう。
「くっ、この……放せ!」
「まだ生きているのか。この炎に焦がされる我でも、それがお前の経験を物語っている」
肉体の限界を超越した再生力が、今も彼の命をその場に維持している。
本来であれば退場する分のダメージを受けているが、ヴァーイはその意志だけで踏み止まっている。
そして、勝ちたいという強い想いが最期の一撃を生みだす。
喰らった魔法使いが覚えていた、使ったことのない禁忌の魔法。
「なあ、一発逆転ってカッコイイよな?」
「何を言っている……たしかに、ご主人のような無双もよいが、ソウとの闘いで魅せたアレもまた素晴らしかった」
「それは知らねぇけど……分かってくれてよかったぜ。安心して使える」
「……まさか」
ニヤリと笑みを浮かべ、返答を告げる。
それを長ったらしい長文ではなく、たった一言の単語であった──
「“新星命爆”」
星が死んだ際に生まれるという大爆発。
天地開闢の一撃は、世界規模を燃やし尽くす炎すら消し飛ばす。
それは命を消費し、支払った対価の分だけ射程距離を増やす凶悪な禁忌魔法。
対象となった範囲に残るものは何もなく、再度何かを生むでもなくすべてを破壊する。
≪勝者──フェニ選手! ……ギリギリな闘いでしたが、勝敗は死ぬ寸前の時間で判断されました!≫
≪捨て身の一撃でしたが、完全に命を消し飛ばしていたためヴァーイ選手が先に敗北となりました≫
舞台の上には誰も存在せず、ただ綺麗な舞台だけが残っている。
すべてが夢の出来事だったかのように、そこには何も無かった。
──そして、一回戦の試合が終了した。
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