828 / 2,519
偽善者と生命最強決定戦 十三月目
偽善者と一回戦第六試合 その04
しおりを挟む次の瞬間、シガンは空を飛んだ。
ふわりと舞うのではなく、凄まじい勢いで吹き飛ぶように。
「! “無球”!」
詠唱を必要としない無属性魔法“無球”を使い、それを緊急の足場とする。
一度だけでは耐えられなかったが、何度も“無球”を行使することでどうにか踏み止まることに成功した。
その後は把握している自身の起こした現象の上を渡り、舞台の床へ戻っていく。
「魔法? 使えないはずじゃ……」
「知っているだろう、常識を非常識に塗り替える自称偽善者を?」
「……そういうことね」
自分が先ほどまで居た場所で、チャルがシガンに向けてそう問いかける。
同時に、魔力感知を行ってチャルの周囲がどうなっているかを調べる。
そして、どうして機人に属するチャルが空間魔法である“空間転移”を使用したか……そのことを理解した。
(種族の設定を逸脱してるじゃないの。魔法が使える機人? それだけでもレイドモンスター級の価値がある!)
魔法が使えない代わりに、魔術と呼ばれる理に辿り着いた機人族。
彼らは高い演算処理能力でそれらを実行するが、その分使用中は処理能力が落ちるため通常戦闘に支障が出る。
だが魔法であれば……頭を空っぽにしたアホなプレイヤーですら、魔法を行使することで環境を破壊する規模の現象を引き起こすことができる。
ならばそれを、優秀で秀才な機人族が身に着けてしまえば……この世界は機人族一強の世界と化してしまうかもしれない。
「──なんてこと、考えているかもしれねぇから補足しておくぞ。魔力を通す回路の製作がメルスにしかできないから無理だ。これは技術云々の問題じゃなくて、アイツが生産に関して異常だからってこと……理解しているはずだよな?」
「ええ、このカラダが知っているわ」
視覚で捉えた宝石のような見た目。
嗅覚で捉えた甘く蕩ける匂い。
聴覚で捉えたさまざまな食事音。
触覚で捉えた快感すら覚える口当たり。
味覚で捉えた味わったことのない旨味。
そのすべてをメルスに掴まれた彼女……いや、彼女たち『月の乙女』のメンバーは、彼の作る料理を素晴らしさを知っていた。
──そして記憶の片隅に、それ以外の生産技術もなんだか凄いと記憶している。
メルスはかつて、具現化魔法で創造したドラゴンたちにいくつか魔法を重ねることで新たなドラゴンを生みだしたことがある。
その結果【種族創造士】に選ばれる功績をこの世界のシステムに認められ、その権能を授かることもできた。
だがそれに就かずとも、魔法を使わずとも彼はさらに種族を創造した。
──『機巧乙女』、己が生みだした聖武具と魔武具の依り代とするために創造した新たな種族……【種族創造士】で非ずとも、彼は種族のシステムに干渉することを可能としていたのだ。
本人はそれを知らず、ただ己の小さな意志のままに機人の理すら塗り替えた。
魔法が使えない、そのことで起きていた差別もかつて存在する。
「自分たちとは見た目が違う、色が違う、持つ能力が違う……同じ人である『地球人』ですら、差別を行う。なのにメルスは、知らぬ間に差別問題を解消する手を用意した。……アンタたち『プレイヤー』が種族を選べるのは知っているけど、機人族を選ぶのはお勧めしないよ。創造主には逆らえないからね」
「……やっぱり」
「ここは疑問が来ると思ったんだが、さすがメルスが遊びに行くギルドのリーダー様だ。絶対命令権ってのを握られれば、ソイツが自分のご主人様ってわけさ」
まあ、私は握られてないけど、と上空で哂うチャル。
絶対命令権とは、機人族の隠しスキルに記載された呪いのようなもの。
命令を受諾してしまえば、己の意思は関係なく体が命令を果たそうと自動的に動く。
そして損害を度外視して命令を遂行するまで、決して元に戻ることはない。
「どうでもいいさ、こんなこと」
「ど、どうでもいいって、そんな!」
「嫌なら種族を変えられるんだろう? ならすればいい。こっちの機人族はそうあるべきというのが常識で、むしろ『プレイヤー』の考え方の方が異常さ。『知らぬが仏』、覚悟が無いなら関わらない方がいいよ」
話は終わり、と言わんばかりに拳を固定された煙に向けて振り下ろす。
すると罅のような物が生まれ、高速でそれが全体まで増殖し……甲高い音と共に魔法が強制的に破壊された。
「それよりも、私はアンタと闘いたい。根っからの戦闘狂とでも思えば良いさ。理由なんてもう忘れた。ただ勝つことだけを考えてきたからね」
「だから、私は弱いんですって」
「弱い、それがどうした? アンタたちがレイドボスとやらを倒してきたのは、アンタたちが強いからかい? 弱いなりに知恵を絞って、力を合わせて勝ったからだろ? なら、そうやって知恵を絞って私に挑みな!」
何を言っても無駄である。
そう結論付けたシガンは、仕方なく話をしている最中に再補填しておいた魔法の数々を認識しておく。
(魔力がそう多くはない。武技はまだ隠してあるけど……いける? いや、やるしかないのか。本当、どうして引き受けちゃったのかしら……過去に戻って殴りたいわ!)
自分を、ではなく主催者をではあるが。
そんな決意と共に、シガンは再度魔法の雨でチャルへ仕掛けていく。
0
お気に入りに追加
516
あなたにおすすめの小説
World of Fantasia
神代 コウ
ファンタジー
ゲームでファンタジーをするのではなく、人がファンタジーできる世界、それがWorld of Fantasia(ワールド オブ ファンタジア)通称WoF。
世界のアクティブユーザー数が3000万人を超える人気VR MMO RPG。
圧倒的な自由度と多彩なクラス、そして成長し続けるNPC達のAI技術。
そこにはまるでファンタジーの世界で、新たな人生を送っているかのような感覚にすらなる魅力がある。
現実の世界で迷い・躓き・無駄な時間を過ごしてきた慎(しん)はゲーム中、あるバグに遭遇し気絶してしまう。彼はゲームの世界と現実の世界を行き来できるようになっていた。
2つの世界を行き来できる人物を狙う者。現実の世界に現れるゲームのモンスター。
世界的人気作WoFに起きている問題を探る、ユーザー達のファンタジア、ここに開演。
パーティ追放が進化の条件?! チートジョブ『道化師』からの成り上がり。
荒井竜馬
ファンタジー
『第16回ファンタジー小説大賞』奨励賞受賞作品
あらすじ
勢いが凄いと話題のS級パーティ『黒龍の牙』。そのパーティに所属していた『道化師見習い』のアイクは突然パーティを追放されてしまう。
しかし、『道化師見習い』の進化条件がパーティから独立をすることだったアイクは、『道化師見習い』から『道化師』に進化する。
道化師としてのジョブを手に入れたアイクは、高いステータスと新たなスキルも手に入れた。
そして、見習いから独立したアイクの元には助手という女の子が現れたり、使い魔と契約をしたりして多くのクエストをこなしていくことに。
追放されて良かった。思わずそう思ってしまうような世界がアイクを待っていた。
成り上がりとざまぁ、後は異世界で少しゆっくりと。そんなファンタジー小説。
ヒロインは6話から登場します。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
虚弱生産士は今日も死ぬ ―遊戯の世界で満喫中―
山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。
Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。
最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!?
ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。
はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切)
1話約1000文字です
01章――バトル無し・下準備回
02章――冒険の始まり・死に続ける
03章――『超越者』・騎士の国へ
04章――森の守護獣・イベント参加
05章――ダンジョン・未知との遭遇
06章──仙人の街・帝国の進撃
07章──強さを求めて・錬金の王
08章──魔族の侵略・魔王との邂逅
09章──匠天の証明・眠る機械龍
10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女
11章──アンヤク・封じられし人形
12章──獣人の都・蔓延る闘争
13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者
14章──天の集い・北の果て
15章──刀の王様・眠れる妖精
16章──腕輪祭り・悪鬼騒動
17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕
18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王
19章──剋服の試練・ギルド問題
20章──五州騒動・迷宮イベント
21章──VS戦乙女・就職活動
22章──休日開放・家族冒険
23章──千■万■・■■の主(予定)
タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。
VRMMO~鍛治師で最強になってみた!?
ナイム
ファンタジー
ある日、友人から進められ最新フルダイブゲーム『アンリミテッド・ワールド』を始めた進藤 渚
そんな彼が友人たちや、ゲーム内で知り合った人たちと協力しながら自由気ままに過ごしていると…気がつくと最強と呼ばれるうちの一人になっていた!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる