上 下
815 / 2,518
偽善者と生命最強決定戦 十三月目

偽善者と一回戦第三試合 後篇

しおりを挟む


「不味いな、ミシェルの奴……」

「やはり、リスクのある代物か……」


 会話を訊き、首を傾げる王子と王女。
 ジークさんは優勢に見えるミシェルの危うさが、どうやら理解できているようだ。


「劉の力は人の身にあまる。たとえ勇者と魔王の娘だろうと、あの娘は生命としての限界には達していない。本来なら、耐え難い激痛で倒れているはずなんだが……」

「それに耐えうる、経験をしてしまっているというわけか」

「強すぎる肉体が、終わることを否定している。おまけにあの剣には、劉の血で力を得る効果もあるからな……」


 中には劉眼を与える能力もあるのだが……実際、ミシェルの瞳は縦に収縮している。
 すでにそこまで親和性を上げ、劉の力を引きだしていた。


「まだ勇者としても魔王としても未覚醒のまま使えるのは、想定外だったな。因子を取り込むことはできないだろうけど、魔力の吸われすぎになりそうだ。あれ、かなり吸われるからな」

「そんなにか? お主たちを見ていると、その程度では驚けぬ儂が居るのだが……」

「例えるなら──あれを一秒使うだけで、従来の宮廷魔法士数十人単位の魔力が減る」

「……なぜ耐えられるのじゃろうか」


 それは俺が訊きたいよ。
 眷属たちが秘めた可能性の力は、凡人たる俺にはまったく理解できないんだから。

 俺は与えられた力を、その力が振るえる限界までしか使うことができない。
 だが才ある者たちは、その限界すら超えて力を振るうことができる。

 ──ミシェルに起きている現象もまた、そうしたことと同じなのだろう。

 本人の意志と剣の機能が魔力を爆発的に増幅させ、シュリュから血や魔力を奪おうと苛烈な攻撃を行っている。
 吸う度にミシェルは劉の力を理解し、肉体の強化へ理解した力を回す。
 ……無限連鎖の類いだろうか。


「さっきも言ったが、それには限界がある。流血だけじゃシュリュは止まらないし、重ねれば持たなくなる。いつまで持つか……そこが勝敗を決めるだろう」


  ◆   □   ◆   □   ◆

「朕の眼、翼、血……よくもまあ、耐えておる。未完の品とはいえ、朕の力がふんだんに揃えられた一品。其方も限界であろう? 降参するがよい」

「まダ、マだヤレる!」

 激しい頭痛がミシェルを襲っていた。

 減りすぎた魔力を劉の力で補い、劉の力を用いてシュリュから魔力を奪う。
 処理能力が落ちた思考は限界を迎え、舌も回らなくなっていた。

「……その覚悟は良し。しかし、このままでは堕ちるぞ」

「?」

「ドラゴンの血は人を酔わす。朕の覇道を阻む者には、そうして血に酔って狂う者もいたものだ……奴らもまた、今の其方のような言動をしていた」

 古来より人間たちは、さまざまな理由でそれを求めた。
 不老不死、魔力増量、錬金触媒……用途はバラバラだが、常に求められている。

 ドラゴンたちの血には、膨大な量の魔力が籠もっている。
 時にその血を流すドラゴンたちですら、身の丈にあまる行動を起こしてしまう程、所有者に多大な幸悦感を与える代物。

 そして、驕った果てに……悲劇を生む。
 死を以ってそれを知るまで、酔った者たちは止まらない。

「“劉の脈動”」

「……心臓まで、まだ止まらぬか」

 擬似的に劉の心臓を生みだし、さらなる魔力強化と回復を促すミシェル。
 すでに思考は放棄した……意志はとっくに定めていたから。

「──カたナキゃ、勝たナキャ……」

「面妖な……運営よ、試合はどうなる!」

 シュリュは大声を上げ、ミシェルの異常を訴えかける。
 何もしなければ、今後の生活に支障が起きる可能性があった。

≪──えっと、主催者様からのご連絡ですけど……≫

≪『任せた』、だそうです≫

 劉の血のことは劉に任せるべき。
 傍観を決め込んだメルスは、ただ一言だけシュリュにメッセージを送る。

「其方が生みだした剣であろうに……」

 呆れるように、ため息を吐く。
 だが、その言動とは裏腹にシュリュは自身の口角を吊り上げていた。

「任せるがよい。朕が成すべき覇道に、狂う道化など必要ない」

 ミシミシと姿を変え始めるシュリュ。
 人としての形は崩壊し、巨大な獣がその場に現れる。

 ──劉。

 この世界にたった一匹。
 理から外れた孤独なドラゴンが、紛い物の劉を救うために現界した。

『一撃で終わらせる。観客よ、縛りをルールへ入れるでないぞ』

 口内に膨大な量の魔力が集まる。
 ミシェルが心臓を手に入れ、集めた魔力など比べることもできない。

 圧倒的な真の劉の力、永久機関に近しい精製速度で魔力が生みだされていく。

『一度やってみかったのだ。結界があれば壊れはせんだろう──“劉神雀火”』

 放たれたのは、紅蓮の炎。
 煉獄を生みだし、世界を終わらせる破滅の息吹。
 あらゆる概念を喰らい、炎はどこまでも広がろうとする。

「“聖劉迅翼”、“邪劉迅翼”」

 ミシェルは本能的に危険を察知し、二種類の翼を広げて炎から逃れようとする。
 劉の力によって強化された翼は、光に近い速度での移動を可能とした。

『無駄だ。朕の炎から逃れることは決して許されぬ』

 炎がうねり、どこまで伸びていく。
 やがて、逃げきれなくなったミシェルの翼へ炎が接触し──魔力を燃やす。

 翼に籠めた力の分、『燃える』という現象から逃れようと粘る。
 その間に翼を切り離し、対応策を練る。

「──“聖劉迅盾”、“邪劉迅盾”!」

 盾を球体状に生成し、自身を包み込む。
 翼が一時的にとはいえ抵抗できたことで、勝機を見出したミシェル。

 盾で時間を稼ぎ、魔力を溜めこむと──再び動きだす。

「“聖劉迅剣”、“邪劉迅盾”」

 剣に聖気と劉気を籠め、会場の至る所に足場となる盾を展開する。
 炎が盾を燃やすことも計算に入れ、踏める箇所を踏んではシュリュの元へ向かう。

「“聖劉迅盾”、“邪劉迅盾”……」

『二発目だ──“劉神雀火”』

「……“邪劉迅剣”、“聖劉迅盾”」

 自身の横に盾を生みだし、立体的な機動を行いさらなる炎を避けていく。
 翼はすべて燃え尽き、二発目の炎で盾もすべて消え去った。

 宙を舞うミシェルの眼前には、漆黒のドラゴンが咢を開いて待ち構えている。

『よくやったぞ、誇るがいい。其方は立派な劉殺しである。安らかに眠r──』

「“擬似劉帝化”」

 シュリュの言葉を遮るようにして、ミシェルの体からオーラが噴きだす。
 メルスの干渉で剣に宿った、仮初の劉帝となる力。

 劉とは別に、帝王の能力を使用者に与えるそれは──

「……諦めない。私は、まだ闘える」

『余計な仕掛けを入れおって』

 長としての正しい判断を使用者に齎す。
 暴走した思考も冷静になり、ミシェルは正常な判断を行い始める。

“擬似劉帝化”を行うことで読み込めた、剣に秘められた最後の力。

「──“劉気解放”」

 ミシェルの中から、すべての劉の力が抜けていった。
 そしてそれは……剣へ纏わりつく。

「終わり!」
『そうはさせん!』

 三度目の炎が、振るわれた剣とぶつかる。
 瞬間、世界は眩い光に包まれる。

 光を失い、音だけが残った世界。
 激しい爆発音がその中で木霊し、沈黙が訪れる。



 そして、両者共に立っていた。
 ミシェルは剣を杖にしながら、どうにか。
 シュリュは人化した姿で、片膝を突いて。

≪──勝者、シュリュ選手! この激しい試合を勝したのは彼女だ!≫

 だが、明確な差が存在する。
 ミシェルの立っている場所は、舞台の外であった。

「……負けちゃった」

「朕もここまで苦戦したのは初めてだ。き試合であった」

「……苦戦は、初めて?」

「メルスを入れるでない。アレは一種の理不尽であろう」

「ぷっ……そうだね」

 笑いあい、楽しげに語り合う。
 こうして第三試合の幕は閉じたのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

DPO~拳士は不遇職だけど武術の心得があれば問題ないよね?

破滅
ファンタジー
2180年1月14日DPOドリームポッシビリティーオンラインという完全没入型VRMMORPGが発売された。 そのゲームは五感を完全に再現し広大なフィールドと高度なグラフィック現実としか思えないほどリアルを追求したゲームであった。 無限に存在する職業やスキルそれはキャラクター1人1人が自分に合ったものを選んで始めることができる そんな中、神崎翔は不遇職と言われる拳士を選んでDPOを始めた… 表紙のイラストを書いてくれたそらはさんと イラストのurlになります 作品へのリンク(https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=43088028)

虚弱生産士は今日も死ぬ ―小さな望みは世界を救いました―

山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。 Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。 最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!? ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。 はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切) 1話約1000文字です 01章――バトル無し・下準備回 02章――冒険の始まり・死に続ける 03章――『超越者』・騎士の国へ 04章――森の守護獣・イベント参加 05章――ダンジョン・未知との遭遇 06章──仙人の街・帝国の進撃 07章──強さを求めて・錬金の王 08章──魔族の侵略・魔王との邂逅 09章──匠天の証明・眠る機械龍 10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女 11章──アンヤク・封じられし人形 12章──獣人の都・蔓延る闘争 13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者 14章──天の集い・北の果て 15章──刀の王様・眠れる妖精 16章──腕輪祭り・悪鬼騒動 17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕 18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王 19章──剋服の試練・ギルド問題 20章──五州騒動・迷宮イベント 21章──VS戦乙女・就職活動 22章──休日開放・家族冒険 23章──千■万■・■■の主(予定) タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。

俺と異世界とチャットアプリ

山田 武
ファンタジー
異世界召喚された主人公──朝政は与えられるチートとして異世界でのチャットアプリの使用許可を得た。 右も左も分からない異世界を、友人たち(異世界経験者)の助言を元に乗り越えていく。 頼れるモノはチートなスマホ(チャットアプリ限定)、そして友人から習った技術や知恵のみ。 レベルアップ不可、通常方法でのスキル習得・成長不可、異世界語翻訳スキル剥奪などなど……襲い掛かるはデメリットの数々(ほとんど無自覚)。 絶対不変な業を背負う少年が送る、それ故に異常な異世界ライフの始まりです。

モノ作りに没頭していたら、いつの間にかトッププレイヤーになっていた件

こばやん2号
ファンタジー
高校一年生の夏休み、既に宿題を終えた山田彰(やまだあきら)は、美人で巨乳な幼馴染の森杉保奈美(もりすぎほなみ)にとあるゲームを一緒にやらないかと誘われる。 だが、あるトラウマから彼女と一緒にゲームをすることを断った彰だったが、そのゲームが自分の好きなクラフト系のゲームであることに気付いた。 好きなジャンルのゲームという誘惑に勝てず、保奈美には内緒でゲームを始めてみると、あれよあれよという間にトッププレイヤーとして認知されてしまっていた。 これは、ずっと一人でプレイしてきたクラフト系ゲーマーが、多人数参加型のオンラインゲームに参加した結果どうなるのかと描いた無自覚系やらかしVRMMO物語である。 ※更新頻度は不定期ですが、よければどうぞ

VRMMO~鍛治師で最強になってみた!?

ナイム
ファンタジー
ある日、友人から進められ最新フルダイブゲーム『アンリミテッド・ワールド』を始めた進藤 渚 そんな彼が友人たちや、ゲーム内で知り合った人たちと協力しながら自由気ままに過ごしていると…気がつくと最強と呼ばれるうちの一人になっていた!?

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

女神様から同情された結果こうなった

回復師
ファンタジー
 どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。

処理中です...