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偽善者と生命最強決定戦 十三月目
偽善者と一回戦第三試合 後篇
しおりを挟む「不味いな、ミシェルの奴……」
「やはり、リスクのある代物か……」
会話を訊き、首を傾げる王子と王女。
ジークさんは優勢に見えるミシェルの危うさが、どうやら理解できているようだ。
「劉の力は人の身にあまる。たとえ勇者と魔王の娘だろうと、あの娘は生命としての限界には達していない。本来なら、耐え難い激痛で倒れているはずなんだが……」
「それに耐えうる、経験をしてしまっているというわけか」
「強すぎる肉体が、終わることを否定している。おまけにあの剣には、劉の血で力を得る効果もあるからな……」
中には劉眼を与える能力もあるのだが……実際、ミシェルの瞳は縦に収縮している。
すでにそこまで親和性を上げ、劉の力を引きだしていた。
「まだ勇者としても魔王としても未覚醒のまま使えるのは、想定外だったな。因子を取り込むことはできないだろうけど、魔力の吸われすぎになりそうだ。あれ、かなり吸われるからな」
「そんなにか? お主たちを見ていると、その程度では驚けぬ儂が居るのだが……」
「例えるなら──あれを一秒使うだけで、従来の宮廷魔法士数十人単位の魔力が減る」
「……なぜ耐えられるのじゃろうか」
それは俺が訊きたいよ。
眷属たちが秘めた可能性の力は、凡人たる俺にはまったく理解できないんだから。
俺は与えられた力を、その力が振るえる限界までしか使うことができない。
だが才ある者たちは、その限界すら超えて力を振るうことができる。
──ミシェルに起きている現象もまた、そうしたことと同じなのだろう。
本人の意志と剣の機能が魔力を爆発的に増幅させ、シュリュから血や魔力を奪おうと苛烈な攻撃を行っている。
吸う度にミシェルは劉の力を理解し、肉体の強化へ理解した力を回す。
……無限連鎖の類いだろうか。
「さっきも言ったが、それには限界がある。流血だけじゃシュリュは止まらないし、重ねれば持たなくなる。いつまで持つか……そこが勝敗を決めるだろう」
◆ □ ◆ □ ◆
「朕の眼、翼、血……よくもまあ、耐えておる。未完の品とはいえ、朕の力がふんだんに揃えられた一品。其方も限界であろう? 降参するがよい」
「まダ、マだヤレる!」
激しい頭痛がミシェルを襲っていた。
減りすぎた魔力を劉の力で補い、劉の力を用いてシュリュから魔力を奪う。
処理能力が落ちた思考は限界を迎え、舌も回らなくなっていた。
「……その覚悟は良し。しかし、このままでは堕ちるぞ」
「?」
「ドラゴンの血は人を酔わす。朕の覇道を阻む者には、そうして血に酔って狂う者もいたものだ……奴らもまた、今の其方のような言動をしていた」
古来より人間たちは、さまざまな理由でそれを求めた。
不老不死、魔力増量、錬金触媒……用途はバラバラだが、常に求められている。
ドラゴンたちの血には、膨大な量の魔力が籠もっている。
時にその血を流すドラゴンたちですら、身の丈にあまる行動を起こしてしまう程、所有者に多大な幸悦感を与える代物。
そして、驕った果てに……悲劇を生む。
死を以ってそれを知るまで、酔った者たちは止まらない。
「“劉の脈動”」
「……心臓まで、まだ止まらぬか」
擬似的に劉の心臓を生みだし、さらなる魔力強化と回復を促すミシェル。
すでに思考は放棄した……意志はとっくに定めていたから。
「──カたナキゃ、勝たナキャ……」
「面妖な……運営よ、試合はどうなる!」
シュリュは大声を上げ、ミシェルの異常を訴えかける。
何もしなければ、今後の生活に支障が起きる可能性があった。
≪──えっと、主催者様からのご連絡ですけど……≫
≪『任せた』、だそうです≫
劉の血のことは劉に任せるべき。
傍観を決め込んだメルスは、ただ一言だけシュリュにメッセージを送る。
「其方が生みだした剣であろうに……」
呆れるように、ため息を吐く。
だが、その言動とは裏腹にシュリュは自身の口角を吊り上げていた。
「任せるがよい。朕が成すべき覇道に、狂う道化など必要ない」
ミシミシと姿を変え始めるシュリュ。
人としての形は崩壊し、巨大な獣がその場に現れる。
──劉。
この世界にたった一匹。
理から外れた孤独なドラゴンが、紛い物の劉を救うために現界した。
『一撃で終わらせる。観客よ、縛りをルールへ入れるでないぞ』
口内に膨大な量の魔力が集まる。
ミシェルが心臓を手に入れ、集めた魔力など比べることもできない。
圧倒的な真の劉の力、永久機関に近しい精製速度で魔力が生みだされていく。
『一度やってみかったのだ。結界があれば壊れはせんだろう──“劉神雀火”』
放たれたのは、紅蓮の炎。
煉獄を生みだし、世界を終わらせる破滅の息吹。
あらゆる概念を喰らい、炎はどこまでも広がろうとする。
「“聖劉迅翼”、“邪劉迅翼”」
ミシェルは本能的に危険を察知し、二種類の翼を広げて炎から逃れようとする。
劉の力によって強化された翼は、光に近い速度での移動を可能とした。
『無駄だ。朕の炎から逃れることは決して許されぬ』
炎がうねり、どこまで伸びていく。
やがて、逃げきれなくなったミシェルの翼へ炎が接触し──魔力を燃やす。
翼に籠めた力の分、『燃える』という現象から逃れようと粘る。
その間に翼を切り離し、対応策を練る。
「──“聖劉迅盾”、“邪劉迅盾”!」
盾を球体状に生成し、自身を包み込む。
翼が一時的にとはいえ抵抗できたことで、勝機を見出したミシェル。
盾で時間を稼ぎ、魔力を溜めこむと──再び動きだす。
「“聖劉迅剣”、“邪劉迅盾”」
剣に聖気と劉気を籠め、会場の至る所に足場となる盾を展開する。
炎が盾を燃やすことも計算に入れ、踏める箇所を踏んではシュリュの元へ向かう。
「“聖劉迅盾”、“邪劉迅盾”……」
『二発目だ──“劉神雀火”』
「……“邪劉迅剣”、“聖劉迅盾”」
自身の横に盾を生みだし、立体的な機動を行いさらなる炎を避けていく。
翼はすべて燃え尽き、二発目の炎で盾もすべて消え去った。
宙を舞うミシェルの眼前には、漆黒のドラゴンが咢を開いて待ち構えている。
『よくやったぞ、誇るがいい。其方は立派な劉殺しである。安らかに眠r──』
「“擬似劉帝化”」
シュリュの言葉を遮るようにして、ミシェルの体からオーラが噴きだす。
メルスの干渉で剣に宿った、仮初の劉帝となる力。
劉とは別に、帝王の能力を使用者に与えるそれは──
「……諦めない。私は、まだ闘える」
『余計な仕掛けを入れおって』
長としての正しい判断を使用者に齎す。
暴走した思考も冷静になり、ミシェルは正常な判断を行い始める。
“擬似劉帝化”を行うことで読み込めた、剣に秘められた最後の力。
「──“劉気解放”」
ミシェルの中から、すべての劉の力が抜けていった。
そしてそれは……剣へ纏わりつく。
「終わり!」
『そうはさせん!』
三度目の炎が、振るわれた剣とぶつかる。
瞬間、世界は眩い光に包まれる。
光を失い、音だけが残った世界。
激しい爆発音がその中で木霊し、沈黙が訪れる。
そして、両者共に立っていた。
ミシェルは剣を杖にしながら、どうにか。
シュリュは人化した姿で、片膝を突いて。
≪──勝者、シュリュ選手! この激しい試合を勝したのは彼女だ!≫
だが、明確な差が存在する。
ミシェルの立っている場所は、舞台の外であった。
「……負けちゃった」
「朕もここまで苦戦したのは初めてだ。好き試合であった」
「……苦戦は、初めて?」
「メルスを入れるでない。アレは一種の理不尽であろう」
「ぷっ……そうだね」
笑いあい、楽しげに語り合う。
こうして第三試合の幕は閉じたのだった。
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