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偽善者と生命最強決定戦 十三月目

偽善者と一回戦第二試合 後篇

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「お父さん、頑張ってるわよ」
「がんばってー!」

 観客席の一席。
 普人の女性とその娘が、ティルエとアーチの試合を見つめる。

 娘の耳は母親とは異なり、父親であるアーチのようにやや尖っていた。

≪家族からの声援を受け、アーチ選手力を振るいます! 吹き荒れる嵐を消されようと、家族のため諦めません!≫

≪あれは……精霊ですね≫

 解説を行うアンが言う通り、風は止んだのではなく止まっただけだった。

 アーチの隣、そこで漂う一体の精霊。
 そこに風は集束され、球のような形に抑え付けられていた。

≪えっと、つまり今のは作戦……ということですか?≫

≪そうなりますね。ティル様の剣がどれほどのものか、それは闘わずとも理解していたでしょう。なので、それを利用することでより力を得ようとした……具体的には、剣に籠められたエネルギーを集めようとしたのかと≫

≪そんなことができるのですか!?≫

≪普通の精霊では難しいでしょう。……ですが、アーチ選手が使役なされているのは、ただの精霊──下級精霊ではなく上級精霊。不可能ではございません≫

 第四世界──迷宮が世界の大半を侵蝕するその世界には、精霊たちの楽園とも呼べるようなダンジョンが存在した。
 アーチはそこで精霊たちと契約を交わし、強くなろうと修練を重ねる。

 そして得た、新たな力。
 他者の放出したエネルギーを取り込み、精霊たちに運用させる。

 複雑な制御が必要なため人間には行えないことだが、そうした繊細な制御に長けた精霊の上位種だからこそできた技術であった。

「悪いけど、妻と娘が観ているのでね。負けるわけにはいかないんだ」

「あらそう。けど、私も負けるわけにはいかないのよ」

「お互い、苦労しますね」

「ええ、まったくよ」

 苦笑を交え……それは終わる。
 風は再び場に吹き荒れ、再戦を告げた、

「先ほどの無造作なモノと違い、今度は暴風が意志を持って貴女を襲います。いくら風を斬り裂こうと、策はありますよ」

「なら、かかってきなさい。この獣聖剣に誓い、全力で迎え撃つわ」

 彼女の握る剣が、眩い聖光を纏う。
 迸る白光は巨大な猛獣の形を作り、見る者に吼える姿を錯覚させた。

 アーチはその威圧に臆することなく、精霊と意思疎通を交わし行動を伝える。
 精霊もまたそれを了承し──動く。

「……■■■■■■──“暴虐嵐舞バーサークテンペスト”」

 天まで届く、巨大な風の渦が生まれた。
 先ほど使われた“竜巻サイクロン”など比べるまでもなく、まさに暴虐の名を冠するに相応しい猛烈な風が吹き荒れる。

≪観客席には結界が張られているため、皆様に影響が及ぶことはございません。ですが、見ただけで分かる凄まじさです!≫

≪目に居る発動者には影響を及ばさず、外部の者の攻撃を防ぐ壁となる。──まさに攻防一体の魔法です。ですが、その分制御が難しい魔法なので使いこなす者はそう多くありません、どれだけ修練を重ねたのでしょう≫

 精霊との契約により、魔法の制御能力は格段に向上していた。
 それでもアーチの処理能力のほぼすべてを使わなければ、この魔法を扱いきれない。

「ふーん、たしかに大変・・ね」

 ──『大変』。
 その一言だけで、ティルエはアーチ渾身の魔法を評した。

 反論することはできない、だが意志を伝えることはできる。
 精霊はそれを汲み取り、ゆっくりと嵐を彼女の元へ近づけていく。

「これだと次元まで斬れちゃうわね。……なら、これを使おうかしら」

 自身の腕に嵌めた腕輪を操作し、何もない場所から彼女は一振りの剣を取りだす。
 片側にしか無い刃、逸れた剣身、鮮やかに波打つ波紋──刀であった。

「『妖刀雪凪』。まあ、これで構わないわ」

 刀を収めたまま、ティルエは構えた。
 膝を緩め、踵を浮かせ、親指と人差し指で鯉口を少し上げる。

 また、腰に携えた獣聖剣の光が刀に纏わりついていく。
 金属の冷たい輝きは、白い光と重なり合ってよりいっそう場を包む。

「一撃、それで終わらせましょう」

「…………」

「そう、感謝するわ」

 アーチの心を読み取り、返答を知る。
 ティルエは爪先にグッと力を籠め、訪れるであろう瞬間を待つ。



 息を呑む客席。
 声援は止み、沈黙だけが続いていく。

 だが、いつまでもそれは続かない。
 アーチは“暴虐嵐舞”の維持に魔力を回すことを止め──突貫する。

「“突進突きフレッシュ”!」

 同時に精霊が荒れ狂う嵐を制御し、アーチの持つ剣に纏わせていく。
 剣身を中心に渦巻く台風、それは突く勢いに加わり高まり、ティルエへと向けられた。

「──“雪凪”」

 気づいた時、ティルエはアーチの背後で変わらぬ姿勢を取っていた。
 静まり返った会場に、小さな音が響く。

「ありがとう、良い経験になったわ」

「そうですか、それは何よりです」

 他愛無い会話をする両者。
 だが、先ほどまでとは明確に異なる違いがあった。

「……気づかぬ間に斬られて、それを知覚することもできないなんて。恐ろしいですね」

「文句は製作者に言ってちょうだい」

 斬撃が血を零すことなく、アーチの肉体に深く刻まれていた。
 体が燐光を纏ったことに疑念を抱いたアーチだったが、それを見て納得する。

≪──試合終了! 勝者、ティルエ選手!≫

「では、そうします」

 そう言って舞台から消えるアーチ。
 彼はその後、ある場所へ向かったという。

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