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偽善者と生命最強決定戦 十三月目
偽善者と一回戦第一試合 その05
しおりを挟む「──俺の切り札の一つ、種族変更だ。そっちの世界で使うことは少なかったが……ってどうした? 急に反撃が減ったが」
「ひゃ!? ……こ、こほん。なんでもない、少し驚いただけだ」
「? まあ、それなら別にいいが」
月読森人となったメルスは、月光を浴びることで能力値を急激に高められる。
そしてそれは、月そのものが無くとも可能なことであった。
「武技──“月光斬”」
月の光を己の精神エネルギーを糧として、寸刻のみ生みだす。
そしてそれはメルスの力となり、剣に籠める力がより加わるようになる。
「さすがにルール違反になりそうだが……この変化も、観客が了承すれば問題なく通るだろう。だからこそ、このタイミングで出すのがベストってわけさ」
「……考えたな」
この大会の反則は、あくまで観客が反則だと認めたものだけだ。
エンターテーメントとして観客に認めさせてしまえば、たとえどれだけ愚かな行為であろうと認証されてしまう。
「そっちの鞘だって、なかなか面白いギミックじゃないか。まあ、オークションで競り落としたときに知ったけど」
「貴公がなぜ、これを使わないかが疑問でもあったが……そのような剣を持つ者であれば不要であったか」
「お手製の紛い物だけどな。だからかな? そっちの宝剣が代々継がれてきたってのは、少し羨ましいと思ったよ。俺の剣も、そうして使い手が継いでくれるのか気になってさ」
激しい打ち合いの中でも、彼らは息を切らすことなく会話を行う。
滾るような熱を体に秘めつつも、凍えるような冷静さで相手の出方を窺っていた。
「俺は武具を創るだけ創って、あんまり使わないタイプだからな。だから眷属が好きに使えるように武具庫と繋がる腕輪を渡してあるわけだ……使ったことあるか?」
「無いな。私にはこれがあり、これ一つで戦場を駆け抜くと誓ったのだ」
「まあ、無理強いはしないさ。ただ、そうしているのは……遠回しにでも、眷属を守るサポートがしたいと思ったからなんだよ」
言動とは裏腹に、剣を振る速度が上がる。
それが作戦なのか……ただ恥ずかしいだけなのかは、武人であるウィーゼルには理解できないことあった。
ただ速度が上がった事実にだけ向き合い、彼女は剣を捌き続ける。
「武具には攻めるための武器だけじゃなく、守るための鎧や盾も含まれる。あと、少し変なものとして遠隔攻撃兵器なんて物もある。それらを使えば、俺がいなくともピンチを乗り越えられるかもしれない。……眷属が一人でも欠けたら、俺はどんな手を使ってでもそれを取り戻そうとする。そのための策は、すでに用意してあるからな」
「そういうものか」
「……つまらない例えだが、ウィーが邪神の眷属と戦い抜いて気絶したって話。あれだって、運が悪ければ死んでいただろう。そういう小さな可能性も、俺は根絶させたいんだ」
メルスは人間らしく欲望に忠実だ。
己のものだと定義したものを、絶対にその身から離すことはない。
あらゆる干渉を拒み、いつまでも固執して手放さない……傲慢で強欲な感情故に。
「死なせない、傷つけさせない、近づけさせない……な? お前が主と認めた奴は、歪んだ生き方をしているもんさ。しかもそれが、自分の意志なのかどうかでも悩んでいることもある。最終的には、お前らは最高だと思うからどうでもよくなるんだけどな」
「いや、やはり貴公が私の上に立つことに異論はない。私は救われ、貴公は救った。その事実に変わりはないのだから」
「……あれ? だんだん速度が上がっている気がする。おーい、この流れ的に、ウィーがギブアップしてくれるとかじゃないのか?」
「──なぜ、そのようなことを?」
ジリジリとメルスは後ろへ押されていく。
月光の光を受けた恩恵は一瞬で終わったため、互角であった剣戟は少しずつウィーゼルが有利な状況へ変化する。
「え、えっと……せっかくのトークで心も温まったわけだし、フッと笑みでも浮かべて降りてくれるかな~、なーんて──」
「だから、なぜ、そのような、ことを?」
速度はさらに増していく。
メルスはすでに追い込まれ、後ろにはもう何も残されていない。
「私が負ける必要はない。メルス、貴公は安心して舞台から降りると良い。あとのことは私に任せ、存分に応援をしているといい」
「……うーん、それでもいいんだけどさ。まだ個人に負けるのは、俺の狭義に反するんだよな。だから──“月光斬”」
「まだ諦めないか。ならば、私も全力でそれに応えよう!」
「いや、応えなくてもいいんだけどね!」
互いに武技を使い、より苛烈な舞踏を繰り広げる。
何度も同じ動きを……などと飽きる者は会場のどこにもいない。
むしろそれがいつまでも続くことを、会場中が望んでいた。
──しかし、終わりは唐突に訪れる。
「あっ、うわ!」
足元が何もなかったことを失念していたメルスは、体勢を崩してしまう。
虚をつく演技を疑ったが、『大将軍』はそれを隙と判断する。
そのためウィーゼルは、即座にトドメを刺そうと一撃を放つ。
「──なーんちゃって」
「っ……!」
しかし、その予測を超えた動きが起こる。
異空間から数本の剣を取りだすと、それを即座に射出してウィーゼルに放つ。
慌てて回避しようとするが……回避しきれなかった剣の一本が右足に刺さってしまう。
一方のメルスは舞台に剣を突き刺し、即席の足場を作ると舞台の中央に戻っていた。
「……悪いな。俺は優勝する。絶対的な力を誇示しないと、俺という存在が無敵だと示さなきゃならない」
「そうか……できれば私がその役を、務めたかったな」
「まだ早いさ。いつかまた、場は用意する」
「そうか──降参しよう!」
その一言に、歓声を上げる観客たち。
こうして、第一試合は幕を閉じた。
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