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偽善者と生命最強決定戦 十三月目
偽善者と一回戦第一試合 その03
しおりを挟む「ほら、ルミン! ウィーゼルとアイツの戦いが始まるぞ」
「兄さん! ウィーゼル『様』だよ。それにあの人もメルス様だって……」
「……アイツはアイツだ。それ以上でもそれ以下でもない。そうだろう、オウシュ?」
「ボクはそうは思わないかな? だって、メルスさんがいなかったら、ナーラをボクの手で救うことはできなかったんだから」
「そうかもしれないわね。まっ、私が感謝するのは……オ、オウシュであってアイツじゃないんだけどね!」
会場の片隅に、男女二組で観戦を行う者たちがいた。
彼らは、メルスが直接赤色の世界より招いた者たち──ある因子を宿し、のちに重要な鍵となることが決まった者とそれを守る騎士たちだ。
≪──準備ができたようですね? それでは一回戦第一試合……開始です!≫
彼らがメルスについて愚痴などを零していると、試合は幕を開く。
開始早々黄金の剣と国宝の剣が斬撃をぶつけ合い、強力な余波が観客席に飛ぶ。
≪さぁ、いきなり強烈な一撃同士が相手へ向かって飛びましたね! あ、闘いの実況も進行役である私が担当します。ですが、眷属の方でなければあれらを完璧に把握することはできません。なので、今回は──≫
≪どうも、メルス様の眷属が一人。今回の解説担当アンでございます。普段は主に、情報の解析などを務めております≫
彼女たちは運営席に置かれたマイクを使って、メルスたちの動きを観客たちに分かりやすく伝えていく。
一般の目から見た疑問をホウライが、その答えをアンが教えることで観客もある程度状況が呑み込めるようになる。
「ねえ、ライア君。ボクたちに、あんな動きができると思う?」
アナウンスを聞かずとも、状況が把握できる稀有な存在。
その一人でもあるオウシュは、同じく見えているであろうライアにそう問いかける。
メルスが自分たちを庇護しないならば、誰がナーラを守るか……自分しかいない。
だがそのとき、自分以上に強い相手が現れることを彼は察していた。
(ボクはナーラのおまけとして、メルスさんに力を目覚めさせてもらった。けど、これからも邪神の眷属を名乗る魔物たちが現れ続けて……ボクは、ナーラを守り抜けるのか?)
平凡だった実力は、メルスによってその器が満たされるまで強化を行われた。
裏を返せば──才能という点において、もうすでに限界へ至っているということだ。
そうして苦悩するオウシュを見て、ライアは自分の解を答える。
「できないし、する必要もない。ぼくたちはぼくたちで、あんな変態染みた動きをすることはない」
「……どうして?」
「忘れたのか? ぼくはルミンを守るためだけに、ここにいる。試合観戦だって、ルミンが行きたいと言ったから来ただけだ。別にアイツがどこで何をしていようがどうでもいいだろう。──守るべき者は、お前のすぐ近くにいるんだろう? それを守るためなら、たとえアイツを裏切ってでも……痛っ」
語りが途中で止まったのは、ポスンと弱い力で後頭部を叩かれたからだ。
他人にそのようなことをされれば怒るライアだが、相手が誰だか分かっているのでそんなことはしない。
「兄さん、変なことを言わないの。オウシュ君、ごめんね。兄さんが変なことを言って」
「そ、それは大丈夫なんだけど……あ、そうだ。ルミンちゃんはどう思う? ぼくやライア君がメルスさんやウィーゼルさんのように強くなることは」
「兄さんやオウシュ君が? ……これはナーラちゃんも同じだと思うけど、あんまり強くなりすぎるのも嫌かな」
「私もそう思うわよ。だって、そんなのオウシュじゃないもの」
言葉の意味が理解できず、首を思わず傾げるオウシュ。
ライアもまた疑問に思ったが、彼の場合は口にそれを出した。
「強い方が、アイツをルミンから遠ざけられると思うんだが。違うのか?」
「アンタがシスコンなのは分かってるけど、今は黙ってて。……最強の力を得たら、その先に何があると思う?」
「えっ? ……分からない」
「簡単よ。最強の力を超えようとする人たちが、オウシュを狙うはずよ。最強は一番力があるってだけで、無敵──敵が誰もいないわけじゃない。アイツはそれを分かっているから、最強として振舞うことをしないで無敵になろうとしている。……敵がいなきゃ、自分たちを傷つける存在が現れないから」
それがメルスの本意なのか、オウシュが知ることはできない。
だが、たしかに戦い抜いてナーラを守るよりは、戦わずにいっしょに過ごせる方がいいと思った。
「兄さんもだよ。兄さんはわたしだけどうにかできればいいと思ってるから、自分の命も捨てる気でしょ」
「ルミンを守れるなら、ぼくの命ぐらいどうとでも──」
「ダメ。兄さんが先に死んだら、わたしはメルス様にどんなことをしてでも生き返らせてもらう。……兄さんはそれが嫌でしょ? なら、ちゃんと生きてわたしを救って?」
「……分かった」
この兄にして妹あり。
やっぱり兄妹って似るんだな、とオウシュとナーラは心の中で思う。
≪──おっとここで! メルス様が武技の連続使用を始めたぞ!≫
≪あれは合成武技の一つ、“斬々舞”ですね。メルス様の意思で、自由に剣の武技を組み替えられるコンボのような技です。一つだけデメリットがあるとすれば、行動に合った武技でなければ使えないということですね≫
≪! そういうことですね。だからこそ、今ウィーゼル選手は前に進み出たと!≫
≪行動範囲を狭め、使用可能な武技の数を減らそうとしたのでしょう≫
ぶつかり合う剣たち。
円舞曲でも踊るかのように、剣を絡め合っていくメルスとウィーゼル。
鳴り響くその歌を聴き、観客たちはこの場所を武闘場ではなく舞踏場だと錯覚してしまうほどだ。
≪……たしかに、攻撃の種類は減ります。しかし、手数を増やす方法はいくらでもございます。例えば──あのように≫
≪メルス様の手に、新たな剣が!≫
≪聖魔剣アロンダイトです。元は聖剣でありましたが、持ち主が戦友の兄弟を殺したことで魔剣となった……そんな伝承があったそうです。まあ、今は聖剣であり魔剣である凄い剣を、メルス様が二刀流の一本として使いだしたと理解してください≫
音は加速する。
曲も終盤を迎えていく。
そして勝者も──
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