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偽善者と閉じた世界 十二月目
偽善者と赤色のスカウト その16
しおりを挟む痛かった、辛かった、苦しかった。
でもそれ以上に、見たくなかった。
『兄さん……』
妹の目はとても冷たく、ぼくの中で渦巻く篤い想いなんて一瞬で掻き消す。
胸を絞めつけられる感覚が、その度にぼくは激しく揺さぶられる。
『兄さん……』
たった一人の家族を守る。
そのためなら、なんだってやれると思えたときもあった。
圧倒的な力の前に、ぼくはその誓いもあっさりと折られる。
道化のように足掻きに足掻き、結局その先に何があったんだろう。
『兄さん……』
妹のためと嘯こうと、自分のためとほざこうと、現実はぼくに選択を強いる。
殺されるかもがき続けるか、どちらを選んでも苦しみしか待っていない。
けど、どちらの道にも妹はいた。
ボクを待ってくれていた……そのことが、とても嬉しかった。
『兄さん……』
分っていた、妹への想いが歪だと。
解っていた、ぼくは少し壊れていると。
判っていた、この選択は不正解だったと。
そこに何が待ち受けていようと、妹がいるならやっていけるなんて……愚かだった。
妹はそれを拒絶した。
獣はそれを軽蔑した。
男はそれを……何をした。
奴はぼくに期待なんてしていない。
本当に奴が期待しているのは、妹だった。
ぼくという道具を有効的に使用するため、もっとも扱いに長けた者──それが妹だ。
妹のためならなんでもしていた、それがぼくだったから。
『兄さん……』
結局のところ、ぼくはこの想いを止めることはできない。
誰になんと言われようと、守るべき妹がそれを拒絶しようと守り続ける。
だって、ぼくは家族なんだから。
血や魂なんてものはどうでもいい、ぼくを兄と呼んでくれる限り、兄としていつまでも守り続けよう。
拒絶しようと、あの娘はぼくを『兄さん』と呼んでくれている。
だからぼくは、想うことができる。
『兄さん……』
嗚呼、体を焦げつくような炎が焼く。
これがあの男の選択だった。
初めから気づいていたんだろう、ぼくの独り踊りなんて。
だから与える力も、こんな力だったんだ。
独り善がりでいつまでも、何度でも挑み続けるための力。
それは心をすり減らし、やがては魂を摩耗させるものだ。
けどぼくにとって、そんなことはどうでもいいし関係ない。
『兄さん……』
さぁ、戦いを始めよう。
何度死んだかなんて数え切れない。
どうせ覚えていたって無駄なんだから。
ぼくの生き甲斐はたった一つ──妹と共に居ることだけなんだから。
◆ □ ◆ □ ◆
「ヤバッ、思ったより壊れてた」
邪神の眷属である獣は、なんだかぶっ壊れたシスコンにイジメられている。
未来視と過去視のコンボで、兄がどんな奴なのかは把握していたんだが……俺が介入したことで、『兄さんシスコン拗らせ√』が新たに生まれてしまったようだ。
いやまあ、別にいいんだけどね。
最悪の未来の一つなんて、妹がゲスに犯されるぐらいならぼくが……なんてものだし。
「オウシュが正統派の道を歩んでくれたのに対して、この兄はサイコになったな。妹が関わらなきゃ正常な思考だし、あくまで優先が妹ってだけなんだけどさ」
簡単に言えば──妹に絶対の安全が保障されない限り、延々と保守的な行動を取り続けるといったところだ。
一に妹の安全、二に妹の頼み事、三からようやく彼自身の思考を元に優先事項を加えることができる。
……お兄様より危険じゃないか?
「ステータスは邪神の眷属を越え、もしかしたらこの世界でもトップクラスのものになったわけだ。初めは自壊で死んでたが……とうとうここまで辿り着いた」
与えた剣にも役割はあったが……意味を成したのも最初だけだったな。
途中から暴走する力がその役割を果たし、正直素手だろうと勝つ可能性が視えた。
『ふざけんな! 俺様は邪神の眷属! こんな『勇者』にも『守護者』にも選ばれねぇような奴に殺されてたまるか!』
「…………」
『こんなの、傀儡じゃねぇか! クソが、俺様を馬鹿にすんじゃねぇよ!』
「……ルミンは、お前を倒せばぼくを褒めてくれる。だから、死んでくれ」
少年が振るう『紅焔』は、尋常じゃない量で炎を生みだす。
天をも焦がすその業火は、遠くに逃れようとする獣の足を丸々一本焼き切っていく。
『クソガァァァァァッ!』
すでに脚は二本切られ──これが三本目。
ズシンと鈍い音を上げ、獣は地に伏せる。
すでに再生力なんて尽きている、それほどまでに少年は獣の脚を切り落としていた。
「…………」
少年は、昆虫を観察するような無機質な瞳で獣を眺める。
すでに勝利は決まっている……いや、今の彼にとっては勝利という未来は約束されたものでしかない。
妹が願ったのならば、兄はそれを叶える。
そう、想っているのだから。
「俺はあくまで、【希望】に満ちたを歩んでほしかったんだが……これもまた、一つの幸せの形か」
人間、幸せの形は人それぞれだ。
俺がそれを強要するのもアレだし、彼がそれを望むのならば否定するわけにもいかないよな。
遠くで喚く獣の声を、風魔法を使って遮っておく。
アレを聞き入れるのは少年の仕事だし、どうせ眷属の誰かしらが把握している。
知りたくなったら聞けばいい。
「さて、契約の履行をしないとな。今のアイツに殺されそうだ」
予め(保存)しておいた死体を取りだし、蘇生の儀式を始めておく……反応早ッ!
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