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偽善者と閉じた世界 十二月目
偽善者と赤色のスカウト その12
しおりを挟む『──と、いったことがあったの』
一度説明を終えたルミン。
実際、肉体の痛覚は遮断していた。
しかしそれでも、死の恐怖というものは拭えないものだ。
それを乗り越え、兄のためだと我が身を犠牲に尽くす姿に。
兄であるライアは──
「……生きて、いるんだな」
『はい、もちろんです』
「夢じゃ……ないん、だよな」
『兄さんは、わたしの言ったことが嘘だと思うんですか?』
「そうじゃない! そうじゃ、ないんだ。だけど……分からないんだ」
妹が死んだと言われ、復讐心に駆り立ててられ仲間を殺し続けた。
現世を憂い死んだと思えば、死んだはずの妹が現れ実は生きていると言う。
「嘘なのか本当なのか、現実なのか夢なのかが分からない……ぼくは、いったいこれから何をすればいいんだ……」
ひどく混乱していた。
ここまでの激動は、かつて両親が姿を消した時以上に目まぐるしい速度でことが動き続けていた。
いつもなら、それでも対応できているのだが……妹の死、その記憶がいつまでも頭の中にしこりを残している。
『兄さん……』
「ルミン、教えてくれ。ぼくは結局、どうすれば良かったんだ。依頼を受けなきゃいいのか? 冒険者にならなきゃいいのか? それとも……いや、これだけは否定しない」
『兄さん、聞いて』
「ぼくはルミンを、たった一人の家族を守りたかったんだ。ルミンを失ったら、もうボクは天涯孤独の独りぼっちだからね。……初めは、そんな自分の気を紛らわせるだけの理由だったかもしれない。けど! ルミンがいたから、ぼくはここまで──」
『話を聞いて!』
兄の言葉を遮るように、妹はできるだけ大声を張り上げる。
……少し顔が赤かったのは、そのせいかもしれない。
『兄さん、わたしはまだ生きている。けど、それはあの人が生きていればの話』
「……どういうことだ?」
『この考えは、最後にあの人が魂を元に戻さないと意味がない。文字通り、わたしは命を握られている。そうしないと、兄さんを救えないと言われたから』
だがその表情に、後悔はいっさいない。
自ら進んで買ってでた役割、そんなことを考えるぐらいなら最初から行ってなかった。
『だから、兄さんがあの人を助けにいって。そうすれば、わたしはまた兄さんといっしょにいられる』
「こ、ここにいればいいじゃないか──」
『ううん、この場所はもうすぐ無くなる。兄さんはまだ生きてるから、そろそろ目を覚まさなきゃダメ』
「……そんな」
時間が経てば、また妹が死の危機に晒されてしまう。
そのことがひどく、脳裏に焼きつく。
『邪神の眷属とあの人は、今も戦っている。兄さんが起きて戦える状態になるまで、あの人はずっと時間を稼ぐと言っていた』
「ソイツが、倒すってことは……」
『たぶん、できるんだろうね。けど、できないって言ってた。凄い魔法をわたしを助けるときに使ってたし、魔力切れになると思う』
……実際のところ、それはない。
しかし、制限はたしかに存在した。
だからこそ、戦いは今も続いている。
そうしなければならない理由が、その男にはあったから。
『兄さん。わたしは、兄さんを信じたい』
「!」
『わたしの兄さんは最強だって、あの人にも教えてあげて!』
その言葉に、体の髄まで衝撃を受けた。
一度として自分のための頼みごとをしたことがないルミンが、自分に告げた内容に。
体はスクッと立ち上がり、震えていた手は真っすぐに定まる。
もう大丈夫、そう言わんばかりの表情を浮かべて兄は妹に言う。
「うん、任せておけ!」
それだけで、言葉は充分だった。
兄は部屋の扉を開け、光の射すどこかへ向かっていく。
『頑張って、兄さん』
妹はその様子を、いつものようにベッドの上から眺める。
それが、彼らにとっての日常だった。
『──もう、ここには来ないでね』
◆ □ ◆ □ ◆
大地が震え、大気が哭いた。
俺たちの戦いはそう説明するのが、とてもシンプルであろうか。
『ふざけんな! いつまでもチョロチョロとしやがって!』
「……ふむふむ、第二段階クリア。おい、そこで暴れる獣さんや。ようやくお前の対戦相手が目覚めたようだぞ」
『……あのクソガキ、本当に生きてやがったのか』
「そりゃあもう、当然だろ。ここからがクライマックスってところか? 街を破壊した悪い動物さんを、正義のヒーローが滅ぼしに来るんだ……傑作だろ?」
その言葉になおのことキレたのか、これまでは使ってこなかった息吹を吐いてくる。
まあ、使えることは鑑定眼で最初から知っていたからすぐに躱すんだけど。
「主人公君の登場まで、まだもう少しあるんじゃないか? やれやれ、モブの仕事ってのはどこまでもキツいもんだな」
『何がモブだ! テメェがモブなら、世界はとっくに滅んでんだろ! カス程度に、俺はこんなに時間をかけねぇよ!!』
「……どいつもこいつも、俺のことを厄災みたいな扱いにしやがって。結局さ、俺はただの凡人で、神様の玩具としてせっせと観客を楽しませているだけだよ。その点を除けば、本当に弱者でしかない」
始まりがあったからこそ、俺はこっちで自由にやれている。
ただ当たり障りのない冒険の果てに、この未来は存在していなかっただろう。
『……ムカつくな、お前。俺様より強いくせに、空っぽじゃねぇか』
「空っぽで結構。愛する嫁たちに、埋め合わせは頼んでいるからさ──ほら、ヒーローのお出ましさ」
そういったときには、一人の少年が俺たちの戦いの舞台へ入り込んでいた。
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