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偽善者と閉じた世界 十二月目
偽善者と赤色のスカウト その11
しおりを挟むコンコン
それは、街が崩壊する数時間前の出来事であった。
「……?」
いつも通り、ベッドの中で兄の帰りを待っていたルミンは、戸を叩く音を耳にした。
(兄さん? なら、戸は叩かないよね? 誰なんだろう?)
兄であるライアは、いつも日が沈むまで依頼をこなしてお金を稼いでいる。
忘れ物で戻ってくることもなく、いつも自分のためだと言って働きに向かっていた。
コンコン
「は、はーい」
重たい体を引き摺り、戸の前まで向かうと閉めていた施錠の魔道具を外す(これはライアが妹のため、高額だが用意した)。
「……どなた、ですか?」
「……お前が、そうなのか」
そこに居たのは、兄よりも一回り大きい少年だった。
赤い司祭服に身を包み、首から不思議な方陣の装身具を下げている。
「何が……ですか」
「なんでもない。それよりこの後、お前の兄は死ぬことになる」
「……冗談はやめてください。御用が無いなら、これで失礼します」
兄は死ぬ、そう告げる男をルミンは見たくなかった。
兄が危険なことをして、お金を稼いでいることは知っている。
だからこそ、少しでもその可能性を信じた自分を消すように。
だが男は、戸の隙間から足を入れて閉めさせようとしなかった。
非力なルミンではそれに抗うことはできないまま、時間だけが過ぎていく。
そして、男は口を開く。
「このままだと、お前も兄も死ぬ。兄はお前が死に、その死に復讐をして死ぬんだ」
「! どういう、ことですか。貴方は、未来でも視えるとでも」
「似たようなものだ。俺はそれを変えたい、しかし……お前の死は止められない。だが、兄だけならば救える。──どうする」
兄だけでなく、自分も死ぬ。
さらに、自分は助からないのに兄を助ける手伝いをさせようとする男。
だが──
「なんでもします。兄さんを助けられるというなら、なんだって」
ルミンに迷いなど存在していなかった。
元より、兄がいたからこそこれまで生き続けてきたこの命。
兄を救うために使うのならば、これまでの人生に価値を見出すことができる。
「……そうか。詳しく説明しよう」
「分かりました。中へお入りください」
ルミンは男を招き入れると、詳細を訊くことになる。
◆ □ ◆ □ ◆
「…………」
『に、兄さん?』
「……あ、ああ。それで、その野郎から何を訊いたのかな?」
『う、うん。兄さんが邪神の眷属である大きい獣に会うこと、封印が壊れて街が滅ぼされること……あと、わたしが死ぬこと』
兄から『野郎』といった単語が出たことに少々驚きながらも、少女は説明を行う。
(本当に、兄さんの言葉が荒くなってる)
ただ、驚いたのはそこである。
いくつか兄が変質する可能性を、予めその男はルミンに告げていた。
妹というかけがえのない守るべき存在を失い、何かしら枷が外れるとのことだった。
自分が原因で、そこまで兄が変わるものなのか疑っていたのだが……現実は、目の前に存在している。
『その人からいろいろと聞いた後、少ししたら男の人たちが無理矢理入ってきた』
「……アイツらか」
『わたしは何もできないまま、眠らされてどこかに運ばれた。目が覚めたら、周りから悲鳴が聞こえた』
思いだすことに忌避感があるのか、少し身震いをするルミン。
ライアは強く抱きしめ、ただ背中を摩り続けた。
『ありがとう、兄さん』
「言いたくなかったら、言わなくてもいい。もう、終わったことだからね」
『ううん、ちゃんと言う。そうじゃないと、兄さんは誤解したままだろうから』
「誤解?」
『うん──わたしは、本当の意味で死んだわけじゃないの』
そういって、彼女は説明を男と会った頃に戻し始める。
◆ □ ◆ □ ◆
「──ということだ。お前は男たちの虚しい私怨のために、傷つけられる運命だ。一番これが起きやすいが、他はもっと残酷だな。兄の前で獣がお前を見せしめで……」
「言葉は濁さなくて結構です」
「そうではないが……まあいい。仮定の未来は変えられる、そこだけ覚えておけば問題ない。死ぬ未来は変えられなくとも、そこ以外はすべて自由だ」
男は小さく笑みを零すと、何もない場所へ手を伸ばす。
すると、空間が歪み──そこから箱のような物が現れる。
「空間魔法……」
「貴重らしいが、今はどうでもいいだろう。それより、お前には今死んでもらう」
「? ……どういうことですか?」
ルミンには意味が分からなかった。
それが目的なら、会った当初に殺せばいいと理解していたからだ。
「お前には一度死んでもらい、魂だけを安全な場所へ確保しておく。体は複製したものを使って操ればいいだろう。……簡単な話、お前と兄を生かすために一芝居してもらう」
「できるのですか、そんなことが!?」
「できるかできないかだけを訊かれれば……答えはできる、だ。ただ、それを実行するかどうかはお前次第だ。……生きていた方が、そのあと兄を正気に戻すのも簡単だが」
それを言われるまでもなく、ルミンはそのアイデアを受け入れる。
兄の迷惑にならないなら、できるだけ傍に居たかった。
それが叶うなら……一時兄を欺くことになろうと、共に生きる道を選ぶ。
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