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偽善者と閉じた世界 十二月目

偽善者と赤色のスカウト その10

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「──うーん、第一フェイズは順調っと」

『つまんねぇ、つまんねぇよ! なんだよその茶番はよぉ!』

「あまり気に召さなかったようだな。けど、世の中ハッピーエンドの方がいいだろ、わざわざ悲劇を描く奴なんて必要ないさ。俺の描く物語は、すべてが救われるありふれた話で充分。そこでは救われるべき者が救われ、救われない奴が救われる……それだけで、俺は良かったんだよ」


 けど、現実はひどく残酷で。
 子供の夢なんて簡単に壊していく。
 それでも足掻き続けた結果、元の夢からはかけ離れてしまう。

 ……けど、諦めきれなかった。
 だからこそ、何度でも挑み続ける。


「救ってやるよ、お前が悲劇の主演に選んだあの少年を。こちとらすでに、準備の方は整えてあったんだ。主役ってのはいつでも、ヒロインの叫びで目覚めるもんだからな」


 殺す殺されるなんて、自然界じゃ普通のことなんだしよ……もっと大切なものが、お前にはあるはずだろ?


  ◆   □   ◆   □   ◆

 何もない場所だった。
 そもそも、何があるか分からなかった。

 黒く塗りつぶされたその場所は、上下左右もいっさい不明な闇の世界。
 自分がどこにいるかも分からず、ただふわふわとした感覚に包まれるだけ。

(……これが、虹の環なのか? いや、ぼくは堕ちたから常夜に落ちたのか)

 この世界において、死者は『虹の環』と呼ばれる場所に招かれ、そこで来世の姿が決められるとされる。
 だが、一部の者だけは何もない『常夜』と呼ばれる闇の世界に招かれ、そこで未来永劫彷徨い続けると語られていた。

(当然かな。ぼくは、復讐という形だけ取り繕った憂さ晴らしをしていたんだ。救いようもない──どうしようもない兄だ)

 どこまでも続く闇が、本当に存在しているかどうかも分からない。
 光源がいっさい存在しないそこで、自分という存在を保ち続けることもやがてはできなくなってしまう。

(でも、ぼくはあのときたしかに……誰かの声を聞いたんだ。大切な…………あれ? 大切ななんだっけ?)

 まず、自分以外の何かを失う。
 繋がりは断ち切られ、思い出はすべて無に帰っていく。

(ぼく……そもそもぼくは誰だ? 本当にぼくという存在はいたのか? ぼくはこれまで何をしてきたんだ?)

 次に、自分を失っていく。
 強い執念は意志から生まれるが、それすらも奪われた者は少しずつ魂を消される。

(……誰でもいい。もう、いいや。それに、どうでもいい。この場所なら、何もしなくてもどうにかなる。……もう、終わりだ)

 そして、すべてを失っていく。
 虚無感に浸り、この場所と一体化する。
 こうなった者の末路は、きっとソレの周りにいくつも浮いているはずだろう。

  □   ◆   □   ◆   □

『………ん』

 けど、なぜだろう。
 なんだか終わっちゃ駄目な気がする。

『……さん』

 ぼく・・は、何かを忘れている?
 でも、それがなんなのか分からない。

『…いさん』

 守るべき人が、居たはずなんだ。
 けどそれを守れなくて……ぼくは、この場所にやってきた。

『兄さん!』

 ……嗚呼、思いだした。
 思いだしてしまった。

 ぼくの妹、ルミンはもう帰ってこない。
 だからこうして、諦めたかったのに。

 ──まだ、諦めさせてくれないんだね。

  □   ◆   □   ◆   □

「こ、ここは……」

 目を覚ました場所は、元居た場所でも黒い闇の世界でも無かった。

「ぼくたちの……家?」

 目立つ装飾品があるわけでも、広い敷地を誇るわけでもない。
 ごくありふれた、小さな家の中。

『兄さん、やっと起きてくれた』

「……ル、ミン……」

『ん? ──うわぁ! どうしたの? 急に抱き着いてきて』

「生きてる、ルミンが生きてる!」

 声のする場所には、いつも通りベッドの住民となった自身の妹が寝ていた。
 少年はすぐに動き、彼女の元へ向かい──強く抱擁する。

「夢だったんだ、すべて! ルミンが外に居たことも、ぼくがやってことも全部!」

『──ううん、それは本当だよ。兄さん』

「……えっ?」

 ピタリと動きが止まる少年を見ると、少女はうんと頷いて話を続ける。
 まるですべてを知っている、そう言わんばかりに慈しむ表情をしていた。

『兄さんは人を殺めたし……わたしは、魔力切れを応用して死んだ。それは絶対に変わらない事実』

「あ、ああ……!」

『兄さん、泣いていいよ。ほら──』

「あ、ああ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 妹に抱き着いたまま、号泣する少年。
 彼女はそれを受け入れ、『よしよし』と言いながら背中を摩り続ける。

 少年の心はひどく傷ついており、『常夜』にいてはすぐに溶け込んでしまいそうなほどにボロボロだった。

 だがそれは、自身の想いを吐きだすことで少しずつ、僅かではあるが癒えていく。
 大切なものが目の前にあり、自身の弱さを受け入れてくれると知っているから。





 いつまでそうしていただろうか。
 思いの丈をぶつけ、涙は一生分流した。
 少女はただそれを聞き入れ、共に涙を流して感情を静めていく。

『……もう、大丈夫?』

「……ありがとう。お蔭で少しだけ、よくなれた気がする」

『そうなんだ。なら、良かった。これで次の話ができそうだよ』

「! そうだ、ぼくはどうしてルミンと会えているんだ? たしかぼくは、常夜の世界に入ったはずじゃ……」

『ゆっくりと話そう。兄さん、時間はたっぷりあるからね』

「あ、ああ……」

 妹に促されるがまま、少年は彼女のベッドの上に座る。

『それじゃあ、兄さんが依頼を受けた後の話だね……えっと、その後変な人がわたしたちの家に──』

「誰だ。ルミン、早く教えるんだ」

 少しだけ、彼の妹に対する依存度は上がっていた。

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