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偽善者と閉じた世界 十二月目

偽善者と赤色のスカウト その08

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「チッ、もう壊れたか」

「ま、さか……」

 零れる息。
 止めようとするが、もう遅い。
 それは意外に大きな声で、闇の奥に居た者たちへ聞こえていた。

「おおっ、ライアじゃねぇか!」

「……な、んで……」

「ったく、来るのが遅すぎんだよ。お前が待たせるからよぉ──」

 言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うなイウナイウナイウナイウナイウナイウナイウナイウナイウナイウナイウナイウナイウナいうないうないうないうないうないうないうないうないうないうないうないうないうな……

「ぶっ壊しちまったよ。お前の妹をよぉ」

「…………ぁっ」

 慣れた眼が恨めしかった。
 知ることがなければ、希望を抱くこともできたはずなのに。

「最期まで頑なに口を閉じやがって。無理矢理ヤらせようにも、魔力を使って拒否してきやがった。馬鹿な奴だぜ、大人しく言うことさえ聞いていれば……お前が来るまでは生かしてやったのによ」

「ルミン……」

「まあ、運命の再会ってヤツだな。ほら、兄さんも見てやれよ──死んだ妹の顔をよ」

「ルミィィィィィィィィィィィィィィン!」

 全身に痣を作った少女が、死んだように横たわっていた。
 鮮やかな朱色の髪は汚れ、纏っていた衣服も布切れのようにボロボロとなっている。

 彼女の名は『ルミン』。
 叫ぶ少年──『ライア』の妹だ。



 妹の惨状に喚く少年を、かつて彼の仲間として活動していた者たちは嘲い続けた。
 そして、ヤツもまたそれを嗤う。

『いやー、ハッハ! 傑作傑作! クソガキの守ろうとした奴は知らぬ前に死んでた! ついでに言えば、ヤっといてくれればなおのこと面白かったんだけどよぉ……テメェらにそこまで期待すんのは俺様が悪かったか』

「ば、化け物……なんでここに!」

『そこのクソガキが俺を倒せるはずもねぇんだし、俺様がどこに居ようと勝手だろ。悲劇は中途半端だし、俺様好みの展開になかなかならねぇよなー』

 巨大な獣は、少年が落ちた屋根の穴から様子を覗いていた。
 臭いで少年の仲間を見つけ、少年をこの場へ送り込んだのだから場所は分かっている。

『おい、そこのテメェら』

「は、はいっ!」

『これからあのクソガキに、何をしようとしていたんだ? 言ってみろよ』

「こ、殺そうとしていました!」

 圧倒的な威圧感に、全身から吹きだす汗。
 しどろもどろになりながらも、男たちはどうにか言葉を紡いでいく。

『……つまんねぇな。ただ殺すってより、効果的なもんがあんじゃねぇのかよ』

「…………へっ?」

『ああ、人間じゃ思いつかねぇか。そりゃあそうだよな、俺様の失態だ』

 グルルと唸り声を上げながら、そう呟いていく。
 そして、失意に沈む少年に話しかける。

『おい、クソガキ! テメェはどうしたいんだよ! 何もしないで諦めるのか、それとも大好きだった妹のために復讐を果たすのかをよ! 辛かっただろう、苦しかっただろう。その無念を、テメェが晴らしてやるんだ!』

「ルミンの……無念……」

『そうさ! テメェを呼んだんだ! 兄貴が応えてやらなくてどうすんだよ!』

「…………そうだ、そうだった。ぼくは、ルミンの、兄さんだ。なら、苦しめた奴らを、殺す、殺す……殺す──殺す!」

 少年は、自身と共に落ちてきた剣を握り締めると──近くに居た男を切り裂いた。
 知覚できず、意識することもできずに……男の首がコロコロと転がっていく。

「や、やりやがった!」

『クハハハハハ! やっぱり人間ってのは、どいつもこいつも馬鹿丸出しだ! そこのクソガキもテメェも、そこで勝手におっちんだメスもよ!』

「お、おい! どういうつもりだよ!」

『一々俺がテメェらを殺す必要なんて、始めからねぇんだよ。下等生物は下等生物同士、楽しくやってろよ! ……ほら、テメェの後ろにも』

「え? いぎゃアグゥウ!」

「殺す、コロス、ころす……」

 少年の表情は完全に死んでいた。
 無機質に、機械的に剣を振るい続ける。

『……ショックが強すぎたか。あんまり面白くねぇな。どうせなら感情剥き出しで、暴れ回る姿を見たかった──ッ!』

 バッと後方を向く獣。
 突然何かがこの場へ現れた……それを本能が察知し、死を宣告されたからだ。

『この俺様が、負ける? 誰かに言われるでもなく、俺様自身が思っている? ……ふざけやがって、そんなはずあるか!』

 つまらない劇などすぐに放置し、獣は反応のあった場所へ猛ダッシュで向かう。
 途中の道にある家屋は気にせず、破壊の限りを尽くしながら。



 そこは、何もない草原だった。
 チロチロと燐火が灯る草木が揺れ、獣へ不快感を与える。

『どこだ! 出てこいよ! ウザってぇ挑発なんかしやがってよ!』

 あえて威力を弱めた、広範囲に届く魔力の放出。
 それは強者にとって、弱者をおびき寄せるための挑発として使われる技術だ。
 故に獣は激しく苛立ち、現れるであろう者へ殺意を抱いている。

 ──そう、現れた一人の男に。

「……おっ、意外と早く来るもんだな。馬鹿な獣は力量も測れないって言うし、てっきりお前もその類いだと思ってたんだけどな」

『……殺すぞ、クソガキ』

 全力で魔力を放ち、獣はそう告げた。

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