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偽善者と閉じた世界 十二月目

偽善者と赤色のスカウト その07

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 街は災禍の中へ呑まれていく。
 人々は慌てふためき逃げ惑い、巣穴を荒らされた蟻のように暴れ狂う。

『クハハハハッ! どうだ、どうなんだよクソガキ、この景色の感想はよ!』

「……止、めろ……」

『無駄無駄無駄ぁあああ! 体一つ満足に動かせねぇテメェに、何ができるってんだ! ゆっくり見物してやがれ!』

「くそぉぉぉぉっ!」

 少年の身体は、獣の巨大の獣毛によって雁字搦めに縛られていた。
 もがけばもがくほど強く締まり、力尽くで足掻こうが抜けだすことは不可能。

 獣はそうして、文字通りの自縄自縛となる少年を嘲って告げる。

『──見つけたぜ、テメェの大切なもの』

「! ……手を、出すんじゃない」

『説得に応じるような奴が、街を滅ぼすなんてことすると思ってんのかよ! こりゃ傑作じゃねぇか! クヒャヒャヒャヒャヒャ!』

 少年の言葉へ耳を貸さず、獣は悠々と崩壊していく街中をズシンズシンと歩み続ける。
 悲鳴は絶えることなく鳴り続け、少年の中で渦巻いていく。

(ぼくが……ぼくが、止められれば)

 自己犠牲とも言える少年の想い。
 大切なものを守るため、かつて誓った強き願いは今──完膚なきまでに砕かれようとしていた。



 しばらくして、獣の動きが止まる。
 獣毛の中から見えた景色は、とても見覚えのある場所とも言えた。

「い、家が……」

『人間の家ってのは、どうしてこうもちっぽけなんだろうな。そんなんだから、俺様たちにすぐ壊されるって分かってんのによ』

 そこは、少年が大切なものと二人で住んでいた小さな家屋だった。
 時に笑い時に泣き、苦楽を共にしてきたその場所は──紅蓮の劫火に包まれている。

「や、止めろ……何も、するんじゃない」

『ああ、分かってるさ。俺は何にもしねぇって言ってんだろ──テメェの大切にしようとしていたものは、テメェ自身が生かそうとした奴らに壊されるんだよ!』

「ああ……ああっ! ああ──グブッ!」

『おいおい、まだ壊れんじゃねぇよ。安心しろって、テメェの大切なものってのはまだ生きてる。テメェのお仲間さんが、しっかりと回収していったみてぇだからよ』

 発狂しかける少年の首を絞め、現実へ引き戻す獣。
 もちろんこれは善意ではなく、惨劇を見せようとするための悪意であった。

「る、『ルミン』……」

 少年は痛みと苦しみの中で、一人の人物の名を呟く。
 それこそが、彼が守ろうとした者。
 虚弱で寝込んでいた、少女の名だった。

『……そろそろ追いつきそうだな。ゆっくりとテメェの街が滅んだ姿を見せたけどよぉ、感想はどうだ?』

「……まだ、まだやれる……」

『おっ? なんか言ったか?』

「守るためなら……ぼくは、何度だって立ち上がってみせる。お前の……絶望になんか負けないんだ」

『……クヒッ』

 少年の言葉に、一瞬キョトンとした獣。
 だがその意図を理解すると──歪んだ哂いがつい漏れてしまう。

『そうかよそうかよ! まだ足掻くかテメェはよ! やっぱりこうでねぇと! 愚鈍で無恥な人間ってのは、身の程も知らねぇ! どうせ叶わねぇ言葉を、恥ずかしげもなく言いやがる! 馬鹿じゃねぇの!』

「な、にを……」

 ゆっくりと解かれていく獣毛に、不信と疑念を抱く少年。

『簡単さ。絶望なんてどこでも、誰でも見せられる。俺様が直接手を出さずとも、テメェの悲劇は、惨劇は、残酷な現実は、目の前で起きてんだよ! さぁ、眼を逸らさずに見届けろよ! 体を動かせず、口で語りかけるしかできねぇ弱さを知ろ!!』

 少年を縛っていた獣毛は、関節部分を残してすべてが外された。 
 そして、少年をソッと爪で掴むと──次の瞬間、少年は宙に居た。

「う、うわあぁぁぁぁぁっ!」

 上下左右がグルグルと回っていき、どちらが天か地か曖昧になっていく。
 必死に喉から込み上げる胃酸に耐え、少年は空の旅を続ける。



 ズドンッと少年はどこかへ落ちていった。
 そこは閉めきられた建物の中で、外が炎で包まれていてもなお昏かった。

「カハッ──!」

 肺に溜め込んだ空気は一気に抜け、ひどく激しい痛みに目の裏がチカチカとする。

「う、うぐぐ……ごぼっ」

 口の中から赤と黄色に塗れた吐瀉物を吐きだして、限界を超えた苦しみを外へ流す。
 持ち前の回復力もすでに底を尽き、少年は荒い息しか吐くことができなくなっていた。

「──『ライア』、まだ生きてやがったか」

 そんな少年に、どこからか声をかけるものがどこからか現れる。
 闇の中からひどく重々しく、それでいて喜ぶような声だった。

 ──まるで、忘れた玩具オモチャを見つけた子供のように。

「ちょうど良かったぜ。本当ならお前も呼ぼうとしていたんだ。なのに俺たちを庇ってあそこに残るからよ、ちょっと困ってたんだ」

「……困る?」

「俺たちだけだとどうしても味が足りなくてさ、お前からも言ってやってくれよ……もう少し啼いてくれってさ」

 どこからかナニカの音が聞える。
 同時に、少しずつ闇に眼が慣れていく。
 しかし、慣れたくないと言うように、無意識が拒否反応を起こし始める。

「何を、しているんだ? あの邪神の眷属が暴れて、外は……ひどい状態なんだぞ」

「やっぱり駄目だったか。お前一人で倒せるような魔物なら、そこまでボロボロの状態で落ちてくるわけないよな。……街がお蔭で壊れちまったじゃないか、責任は──お前の家族にとってもらうことにしたよ」

 まさか、そう頭を過ぎる。
 信じたくはない、しかし可能性は高い。
 未だに見ることを拒む少年の無意識を、彼自身で捻じ伏せる。
 ゆっくりと闇は見えるようになり、小さな音がする場所が見えるようになっていく。

 その先では──

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