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偽善者と閉じた世界 十二月目
偽善者と初心者殺し 後篇
しおりを挟む『…………GUUR』
四足歩行の獣は、唸り声を上げる。
爪を立て、牙を鳴らし、尾を叩き。
「しばらくは、さっきまでの同じ方法で戦えばいいのでしょうか?」
「うむ。つまり私の出番と言うことか」
そんな獣の前に、ディオンが立ち向かう。
大きな盾を構え、仲間たちを庇うような場所へ移動した。
「これまでは場所が分からなかった故、何もできずにいたが……姿が分かればこちらのものだ!」
『GUUGAAA!』
吼えたてると、勢いのままに吶喊を行っていく『初心者殺し』。
だがディオンはそれを、あっさりと捌く。
「受けたダメージから推測していたが、やはり一つ一つの威力は弱いようだな。これならば──勝てる!」
『GUGYAAAA!』
切り裂いた一撃が、『初心者殺し』の体内に食い込む。
肉を切り骨を断ち、体の奥深くまでズブリと突き立つ。
「本当に初心者向けなのね。これなら、イケるわよっ!」
「ええ。攻撃も効くようになりましたし、全力でサポートしますよ」
正体を暴かれ、一時的に先ほどまでの無敵状態から解除された『初心者殺し』。
唸りながらも、少しずつ後方へ下がって逃げ惑い始める。
「ふふふっ、まだまだこれからだよー」
そんな様子を、メル(ス)はただ一人楽しみながら見ていた。
──まるで、まだ何か変化が起きることを知っているかのように。
「それにしても……人型ですか」
「魔物でも、容赦しちゃいけないという戒めも兼ねているのかもしれないわね。例えば、アレの容姿に紛れ込んだだけのプレイヤーだと無理に考えて殺されるとか」
あれから何度も攻撃を重ねた彼女たち。
数回不可視の状態へ戻るが、すべて同様の方法で強制的に姿を出現させることになる。
そして、『初心者殺し』の生命力が危険を示す赤色に変化すると……異変が起きた。
『初心者殺し』の体躯が、顔の整った小さな子供の姿をした魔物の姿へ変化していく。
少し傷ついた体は痛ましく、つい手を刺し延ばしたくなる保護欲をそそる。
だが、その実態は容赦無き殺戮マシーン。
首をコテンと傾げた状態で、『月の乙女』たちに近づいていく。
「いろいろと嫌ですが……わたしたちは、変態で慣れていますから」
「本当に~、嫌だね~」
「そう言わないの。それに──ほら、姿ってのは一つだけじゃないようよ」
自分に対する殺気がなお変化しないことへ気づくと、再び姿を変える『初心者殺し』。
青年、少女、赤子、媼、少年、美女、翁、彼女たちと同じ姿……。
どれだけ姿を変えようと、彼女たちに変化は起きない。
「変身できる能力……これが初めてだったら油断していたかもね」
「ですが、残念なことにすでに経験済みですから。そこの変態のせいで」
彼女たちは全員、後方をチラリと見る。
「──ひどいな。私はみんなを傷つけるために変身したことなんて一度もないよ」
メル(ス)はそう言うと、傍観の姿勢を取り続ける。
「メル、まだ何かありますよね。初心者のよくやってしまうミスと言えば、油断ですし」
「ささ、さーて、どうだろうねー」
「……その反応で、バレバレじゃない」
目を高速で縦横無尽に動かし、音の出ない口笛で息を漏らす。
わざとらしく行われた下手な誤魔化しこそが、その真実を物語っていた。
『GURRRR……GUYAAA!』
それを聞いてか聞かずか、ついに変身を止めた『初心者殺し』が動く。
体を四足歩行の獣の姿へ戻すと、大きく吠えると──体を分裂させたのだ。
「これが、例の分身ですか」
「これまでの現象が魔法なら、これは幻影の類いじゃないの? たぶんだけど、コパンの能力で分身は一撃よ」
「そっかー、やってみる!」
すぐに冷静さを取り戻すと、巨大な槌を握り締めた少女がダッシュで幻影の一つに近づいていく。
「壊れろ──“破現一撃”!」
魔力を籠めた一撃は、幻影に当たり──その姿を掻き消す。
「おっととと……やった!」
「緊急時はコパンに頼めば消せるわね。それじゃあ、最後の足掻きを終わらせるわよ!」
『オォーー!』
そして彼女たちは、全員で『初心者殺し』へ挑んでいくのだった。
◆ □ ◆ □ ◆
戦いを終わらせた彼女たちを褒め称えるように、拍手を行う。
片手は添えただけ、もう片方の手でゆっくりと音を鳴らしていく。
「……なんですか、そのお偉い様がやっていそうな妙に腹が立つ拍手のやり方は」
「いやー、なかなか面白いやり方だったね。ますたーたちの機転には驚いたよ」
「機転……他に倒し方があったんですか?」
すでに『初心者殺し』は解体され、素材はすべて“空間収納”の中へ収納してある。
しかし、これでようやくご帰還かと思ってみれば……あれれ? ジト目になってるや。
「そりゃあ……ますたーが全力で状態異常を快復させたあと、一時的に弱くなるんだからそこを滅多打ちにするんだよ。状態異常を快復させたときの成功率が、そのまま弱体化のレベルを変えるからね」
俺が全力全開で快復させれば、息を吹きかけただけで死ぬ虚弱スペックだ。
初心者でも時間をかければ圧勝できるような強さなため、まあ仕方ないんだが。
「……なんだか、損した気分です」
「まっ、これも良い授業だったね」
そう纏めておいて、今回は終了だ。
素材を回収しながら、特殊フィールドを出ていくのだった。
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