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偽善者と閉じた世界 十二月目
偽善者と回復剣
しおりを挟む「……ごめんなさい」
「わ、分かって……もらえれば……いい、んだ。疲れた……」
ズタボロになった結界。
さすがにそれを見たティルは、反省してくれたようだ。
──いくらなんでも、照れ隠しに世界崩壊級の斬撃は不味かったと。
そんな恐怖体験をどうにか乗り切った俺だが、全力で回避行動を取っていたため疲労がなかなか取れない。
汗はかいていないのだが、肺から空気がすべて抜け出してしまっていたからだ。
どうせ(酸素不要)スキルがあるので生きていられるのだが、体のベースは俺なので、落ち着かない感覚がある。
すぐに科学魔法で酸素を生成すると、酸素マスクの要領で取り込んで補っていく。
「はふぅ……。まあ、特に死んだわけじゃないし、ティルの斬撃を間近で見られたから良しとしようじゃないか。それより、せっかくだから練習しようぜ」
「練習、何を?」
「さっき見せた回復付きの剣だよ。昔の適性なんて、眷属になった時点でほぼ関係ない。フェニが水魔法でヒャッハーしてたし、ネロが聖属性で癒されたりするぐらいだしな」
うん、実に懐かしい。
フェニは指輪として使っていく内に、いつの間にか適正を得ていた。
ネロもまた、ミシェルに習って聖と邪の両方が使えるように努力していたし。
ならばティルも、魔法系の適性を後天的に得ることができるだろう。
「本当にできるかしら?」
「そこは確定事項。問題は、どういう形での貸与にしておくかだ」
「指輪はもう貰っているしね」
いっさいの説明を省いていたが、ユラル以降の眷属にもしっかり創り上げた指輪のプレゼントはしている(アマルたちは別の物)。
ただ、そのときに求めている物が具体的に理解できなかったので、後付けで能力が付与できるような仕組みにしてあった。
たぶん、礼拝堂で作業を行えば祝福が貰えそうだしな。
「魔具としてやるのも捨てがたいんだ。握ればそれだけで理解できるだろ?」
「嫌なギミックが仕込まれてない限りはね。刀剣の類いなら、どうにかなるわ」
「だから気にするんだよ。一々指輪に籠めずとも、ティルならやれちゃいそうで」
天性の剣の才を有する猫耳の剣聖。
それこそが、こちらに御座しまするティル様なのでございます。
剣という形さえ取っていれば、それがどんな代物であれ容易く使いこなしてしまう。
まさに剣を愛し、剣に愛されし者なのだ。
「……物凄く恥ずかしいことを考えている気がするわ。思考を隠していても、メルスのその邪な考えはなんとなく分かるのよ」
「…………ナンノコトカナ?」
「まあいいわ。それより、一度魔具として試させてくれない? えっと、『案ずるより産むが易し』って言うじゃない」
意味は意外とやってみれば簡単、というものだ……自信満々だな。
「それもそうか。──ほい、これだ」
「随分準備がいいわね。この話を持ちかける前から、用意自体はしてたでしょ」
「剣型だけじゃないぞ。武具の形に合わせた物はもちろんのこと、回復に関する物は考えられる限り一通りだ」
眷属の命に関することなので、これは本当に思考を凝らしたと言っても過言ではない。
あくまで応急処置に過ぎないものばかりだが、そのひと手間で救われる者が現れるかもしれない。
魔具が発動した直後に、【救恤】の魔武具で射抜けば──ほぼ確実に死の淵からでも、死者を復活させられるだろう。
「ティルの柔肌を傷つけるのは嫌なんだが、どうせそれこそ嫌がられるから何も言わん。とりあえず、試してみてくれ」
「……理解した。やってみるわ」
剣を握り、目を瞑っていたティル。
それだけで使い方を理解して、魔力を剣身に通して腕に当てる。
「どうだ? 痛覚は必要だからそのまま取っておいてあるが」
「……ええ、回復魔法の感覚がたしかにあるわね。これを自分の手で使えるようになったら、そのときは習得していると」
「補正も入るだろうし、習得はすぐだろ。とりあえず、ゆっくりと──!」
「なら、一気にやるわよ」
繊細な剣捌きで全身に傷を付けるティル。
ただし出血などはいっさいしておらず、薄皮一枚がペラッと捲れていく。
それらもまた、回復魔法の温かな光がティルの全身を包むと元に戻っていった。
「……この感覚ね。あと、もう二、三回やれば習得も──」
「この馬鹿ちんが!」
手加減をしてポカリとティルの頭に拳骨を落とす。
痛くしたつもりはないのだが……頭を抱えて蹲る。
「イタッ! 何するのよ、メルス」
「自傷行為に本気を出すんじゃない! 不完全だったらどうするんだ!」
魔具の精度はかなり高めたつもりだが、それでも百パーセント求めた性能を出せているわけじゃない。
もし眷属に何かあったら……俺は、自分を恨んで怨みぬくだろうな。
「……馬鹿ね。それは私たちがいつも考えていることよ」
「あれ? 思考のプロテクトが──」
「顔で分かるわよ。いつもいつも、どこかしら壊して帰ってくる貴方を心配しないとでも思っているの? 誤魔化せてると思うなら、考えを改めなさい」
あれ? 俺が怒られてるんですけど。
形勢逆転と言わんばかりに、魔具の剣先を俺に向けてくる。
「あの、今はティルがやったことに関する話の最中だったん──」
「問答無用よ。ちょうど傷を付けても平気な魔具があるんだし、今度は自分以外に使った場合を試してみましょうか」
「……あとで覚えてろよ」
「ええ、回復魔法を覚えた頃にでもね」
それはすぐのことで、罰と称したご褒美を堪能するのだった。
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