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偽善者と閉じた世界 十二月目

偽善者とダブルデート

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 俺たちは軽く屋根を蹴ると、宙を舞って再度別の屋根に辿り着く。
 その際に瓦が揺れることはいっさいなく、ピクリとも動かない。


「それにしてもメルス、こんな場所でデートだなんて新鮮だね──っと」

「町並みを見て人を見て、空を仰いで歩けるのがオススメポイントだ。何も考えずに移動していても、誰にぶつかるわけでもないことも利点だな」

「ふむふむ、なるほど。アリィにはよく分からないけど、こんな風に自由な歩き方をするのは新鮮だよ」

「ま、普通は屋根の上なんておっかなくて歩きはしないさ。だからこそ、それを無視して行うことに意味と価値と楽しさがある。だって、面白いんだから」


 ほぼ完全な形で隠れているので、他者に見つかることはほぼ無いだろう。
 五感も魔力も偽装を施しているが、最後に勘を持ってこられてはどうしようもない。

 索敵は全力で行いつつ、アリィの安全は完全に整えている。


「……アリス的には、皮膜みたいな結界も止めてほしいけど。メルスはそれが無いと不安なのよね?」

「そうだな。{多重存在}で用意した分体とは言え、相手がどんな力があるかどうかすら分からないんだ。仮想上の敵とはいえ、備えておくに越したことはないぞ」

「メルスは心配性だな~。アリィたちならたとえどんな敵が来ようと大丈夫だよ」

「そうだろうか?」


 その通りよ、と一人の少女の口で二人が話すようにして、俺たちの会話は行われる。

 アリィとアリス。
 切っても切れない関係である彼女たちは、二重人格とも呼べる状態だ。
 カグとカカとは違い、本人が生みだした別の人格というだけ。
 そこに大きな違いなど無く、二人は互いを意識した上で体を共有し合っている。


「あら? もしかして、ダブルデートの方がよかったのかしら?」

「……それでもいいけどさ、それはまた別の機会にしておこうぜ」

「アリィたちと二回目の約束ですか。ほうほう、メルスは策士だね~」


 そういう考え方もあるのか。
 リア充たちの思考は複雑怪奇だから、そういうことは創作物でしか知らないし……。
 だが、ダブルデートは二組のカップルが共にデートをするんじゃなかったっけ?


「誰が策士だ。俺程度で認められるなら、世の中のモテモテリア充共は、全員揃って策士であると同じだぞ」

「まあ、どちらでもいいのだしね。今日は一人で二人、それを楽しみましょう。たしか言うわよね──『一粒で二度美味しい』って。だから、メルスもアリィたちとのデートで二回分楽しもうよ」


 活発なアリィと小悪魔なアリス。
 二人は交互に体を動かして俺を翻弄しようとする。

 体は{多重存在}で用意した分体。
 だが、その肌触りなどは同じだし、なんだか女の子した感触が俺の全神経を刺激する。


(へ、ヘルプミー! 夜の王に最近慣れた気がしたけど、すいません。無理です!)


 俺がそんなに女性関係に強くなれるのは、あくまで【色欲】に染まったときだけ。
 それ以外はただのモブであり、女性耐性などいっさいなく──むしろ脆弱なのだ。


「そ、それにしてもまあ、屋根に居るだけだと買い物とかができないから不便だよな。不可視状態にしてリーンの人に屋根の上で店をやってもらってもいいけど、さすがに問題が多いからな」

「そこまでして、屋根の上でデートの体裁を保とうとするのは……アリスもどうかと思うわよ。アリィ的には、メルスが頑張ってくれているのが嬉しいけどね」


 器用に半分はジト目、もう半分で瞳を輝かせる二人。
 表情がコロコロ変わるその様子に、なぜかほっこりとしてしまう自分がいる。


「──絡まれるの覚悟で行くか。アリィ、アリス、二人はどこに行きたいとかあるか?」

「うーん……アリィは甘くて美味しい物が食べてみたいかな? アリスはそうね、メルスがドキドキする場所に行きたいわ」

「アリィの要求は簡単なんだが……アリス、そんな場所に連れていくと思うか」

「あら、連れてってくれないのかしら? メルス、たぶん怖いんだよ。アリィたちにそこが知られるのが。ああ、納得ね」


 これぞまさに自問自答。
 アリスたちは勝手に話を進め、違う場所に答えを持っていった。


「ドキドキの定義が分からん。とりあえず、好い意味なのか悪い意味なのかは先に教えてくれ」

「必要以上に追い立てると怒られそうだし、今回は好い意味でお願いするわ。えー、悪い意味のは? それはアリィ自身がお願いすることね」

「はいはい、その話は別の機会に。とりあえずアリィの望んだ物──甘くて美味しい物を食べにいこうか」

「おー!」



 そして、俺たちは隣り合う席でクレープを食べていた。
 俺はチョコバナナ風、アリィはバニライチゴ風の味付けとなっている。

 俺がいつクリームを顔に付けるのか、目聡く狙っているんだが……。
 いちおうでも(礼儀作法)を身に着けている俺が、雑な食べ方をすると思うのだろうか。


「むぅ。地球の文献的に、ここはクリームを付けて取ってあげるのがベストなのに……」

「こんな公共の場でやるわけないだろ。……そういうのは、夢現空間でな」


 こういっておけば、これ以上注視されることはなくなるだろう。
 片肘張った食事よりも、ただのモブらしい適当な齧り付きををしたいのだ。


「にしてもこれ、風なのね。素材はこの世界産の物だけど、分かりやすいように地球の物と同じ名前にしていると」

「イベントで素材はあったからな。バレンタインでチョコしかり、バニラしかり。こっちの世界産も物はどこにあるか不明だし」


 現在調査中だが、スキルや魔力の概念により環境破壊が容易いこの世界で、自然物を見つけるのは難しいだろうな。


「──あ、逆ならできるからな。ほら、ほっぺにアイスが付いてるぞ」

「ひやぁっ! ……って、なんでその透明な手で取るのさ」

「だから言っただろ、公共の場でそういうことはしないって」

「アリィ、これはもう少し考える必要があるわよ。うん、分かってる」


 妖しいことを考えている二人。
 俺は再度注意を払いながら、デートを楽しむのだった。


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