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偽善者と閉じた世界 十二月目
偽善者と失われし声
しおりを挟む夢現空間 居間
お国問題も一段落ついたので再び余裕のある日々が送れるようになった。
炬燵に入ってまったりと、ミカンを食べてゆったりとするだけのグータラライフ。
別にする必要がないといえばないのだが、それでもなんだか心から気が抜けるのは──偉大なる炬燵様を覆っているのが、『堕落の寝具』だからだろうか。
「回復効果が半端ないからなー。癒しに癒されて心身ともに満たされていくよー」
[うん、ほんとだね]
「ああー、まったくだー」
炬燵の住民は二人、一人は俺でもう一人がカグである。
机の上に教材を置いて、お勉強中だ。
[ところでおにーちゃん]
「ん、どうかしたか?」
[わたしはどうやったら、みんなとおしゃべりできるのかな?]
「……どうだろうな。俺が強引に魔法で治すのもいいけど、これはカグ自身が頑張ることだからな。療法と発声練習は毎日やってるんだろ?」
[うん、カカおねーちゃんといっしょにやってるよ]
彼女の抱えた問題──失声症のことだ。
赤色の世界で邪炎神の転生体となったカグは、ある日凶悪な魔力を外に出す者として当時のお偉い様方によって封印が選択される。
力を持とうとただの少女、抗うこともできず勇者や英雄という選ばれし者たちによって世界から追放された。
それが間接的な原因なんだろう。
以来カグは声が出せなくなり、俺の用意したボードを介してでしか会話ができなくなっているのだ。
「夢の中だと声は出せるんだよな?」
[うん、リアおねーちゃんがてつだってくれたらこえがでたよ]
「うーん……必要なのは強い暗示か? 夢と現世は別の場所だと意識しているからこそ声が出たとなると……夢の住民に協力させて、ひっくり返せばどうにかなるのか?」
[どういうこと?]
俺の独り言をしっかりと耳にしていたカグはコテンと首を傾げる……可愛いな!
「カグが夢の中で声が出せるなら、夢のような現実でも声が出せるかなって思ったんだ。リアって現実の奴が居る夢の中でも声が出せたんだから、あんまり間違ってないと思う」
要は“夢現返し”の要領でパパッと弄ってみるだけだ。
カグへの悪影響も少ないだろうから、安全に行える。
「それじゃあ今日の夢はリアといっしょに見て意識を保っておいてくれ。そしたら俺が迎えに行って、現実でも話せるか試してみるからな」
[うん!]
可能性はゼロじゃない、ならばやってみるだけの価値があるはずだ。
念のため、夢でも使えるアイテムを揃えながら作戦を練り上げていく。
◆ □ ◆ □ ◆
カグの夢の中
「あ、おにーちゃん!」
「やあ、意外と早かったみたいだね」
「おふっ、カグは可愛いなー。声が出てるといつもの数十倍可愛いよー。ほれほれ、ナデナデしてやろうじゃないか」
「あはははっ! くすぐったいから止めてよおにーちゃん!」
「ほれほれほ──でぶぅ!」
「……ぼくを無視してカグに接触したのはまだ分かるよ。ぼくもカグが可愛いことには納得しているからね。だけど、眼中にも納めていないのはどういった了見かな?」
茨からアッパーカットを放たれ、俺は天高く舞い上げられる。
嗚呼、空ってこんなにも青かったんだ。
そして重力の法則に従い、勢いよく地面に叩き付けられた。
「ガフッ!」
「お、おにーちゃん!」
「これがツンデレというタイプのヒロインがよくやる、横槍というヤツだね」
「ツンデレじゃねぇよ、それ。もうツンデルヤツだよ」
デレてない、病んでるんだよ。
だから『ツンデレ』+『病んでる』でツンデルだ。
「おにーちゃん、だいじょうぶ!?」
「あ、ああ……カグが叩かれた部分を摩ってくれれば治りそうだ」
「わ、わかった!」
うんしょ、うんしょと甲斐甲斐しく茨に叩かれた部分を摩り始めるカグ。
その健気な様子に俺の精神パロメーターは一瞬でカンストし、元気を取り戻す。
「ふっかーつ! カグのお蔭で元気百倍だ。ありがとうな」
「えへへ、どういたしまして」
「ほら見たかリア! これが真の可愛さというものだ」
「分かっているとも。カグの可愛さは普通の子供よりも上で、メルスは幼女の守護者だということがね」
「失礼なことを。俺は紳士の掟なんてどうでもいいけど、相手に望まないことを強要するなんてことはしないんだよ」
「それもそうか。カグはメルスをどうにかしたかった、だからメルスの要求に従って行動した。それだけだね」
幼女最高だが触れるな、この掟を忘れた者には厳しい罰が与えられるという。
しかし、【傲慢】で【強欲】な俺がわざわざそんな掟に従う必要などまったくない……いや、別にどうこうしたいというわけじゃないけどな。
接せられるときに接しておく、これが一番大切だと思うわけよ。
閑話休題
まあ、何はともあれ本題だ。
カグが今声を出せているのは確認しているので、あとは“夢現返し”でこの夢の世界を修練場の端っこにでもコピペして再配置すれば成立するだろう。
「それじゃあ、さっそく始めるか」
「──何をだい?」
「いや、だからカグが現実でも話せるようにするんだって説明しただろ?」
「いやいや、まだ君にはやることがあるじゃないか……ほらっ」
「…………はっ? なにあれ……」
そこには紛れもない俺のような者がいた。
カグと会ったばかりの格好をした、なんだか無駄に顔が美化された俺である。
……エッ、ドウイウコトデスカ?
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