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偽善者と閉じた世界 十二月目
偽善者と生産への期待
しおりを挟むシーエが作ったのは、桃兎の肉を調理したステーキ。
ただ血を抜いて焼いただけではなく、しっかりと味付けがされているため、その香りが手を付ける前から鼻腔をくすぐっている。
熱された彼女手作りのソースが湯気を伴って、早く食べろと俺に告げているのだ。
すぐさまナイフとフォークを魔法で生みだし、一口サイズにカットしていく。
中に溜め込まれた肉汁が零れ出て、皿の上に滝のごとく溢れ出ている。
「では、頂きます」
「め、召し上がれ」
日本人らしく掌を合わせ、料理人である彼女に感謝をしてからステーキを口に含む。
「んぐっ……!」
噛めば噛むほど肉汁が溢れ出るのだが、下味の調味料とソースが絡まり所々で味の変化が起きている。
まさに味のルーレット、どこを狙おうとドキドキワクワクだ……って、やはり語彙力が無さすぎる。
俺……料理の感想、向いてないな。
「──とても美味しいですね。これだけの物が作れれば、もうレベルはカンストしていると思いますよ」
「え? ……ほ、本当だ」
「一口どうですか? と、私が訊くのもおかしいですね。──ナイフとフォークです。全員分ありますので、このまま別の生産職に変えられた人に分けてみては?」
「わ、わたしの料理を!?」
「みんな喜んでくれますよ。質問の回答はそのあとに」
「わ、分かりました……」
複数本のナイフとフォーク、それにトレイの上に乗せた彼女の料理を差しだす。
おずおずとそれを受け取ったシーエは、水晶の元へ向かった同期の者たちを追いかけていった。
「ふぅ……(クラーレ、聞こえるか?)」
《はい、バッチリです》
特訓もあってか、『月の乙女』の全員が念話スキルを習得している。
戻って来るまでの暇な時間に、提示報告を行っておく。
「(全員、第一希望の生産職が終わった。とりあえず一次職六つは、今日中に終わらせておくからな)」
《速すぎませんか!?》
「(カンストさせれば、マスタリーボーナスとして職業補正が残る。それを何度も重ねていれば、その分作れるアイテムの質も向上するからな)」
《な、なるほど……》
生産活動をほとんど行わない彼女ならば、この説明で納得してくれると思っていた。
実際には、種族レベルが生産時に上がるのでスキルの成長率は下がることを知らないからだな。
スキルを持てば持つほど、それでも成長率が下がってしまう。
それが六職分……最初と最後では、本来かなりの差が生まれる。
「(おっと、転職が終わったみたいだ。また連絡するからな)」
《は、はい。待ってます》
「ノゾムさん、全員終わりました!」
念話を切るのと同時に、彼女たち六人が俺の元へ集まってくる。
口元からソースの香りが仄かに漂うので、全員シーエのステーキを食べたのだろう。
「では、皆さんが就いた生産職の場所へ向かう……その前に、シーエの質問に答えましょう。とは言っても、私も正答を知っているわけじゃないんですけどね」
前振りをしておいてから、話を続ける。
「どうして『月の乙女』の皆さんが、これだけの環境を貴女がたへ用意しているのか……誰か、分かる人はいますか?」
「えっと……あとで役に立つからです」
「たしかにそうですね。ですが、それは誰にとって役に立ちますか? 貴女がたが加入するまで、誰も生産活動をしていませんよ」
「私たちのため……なんですか」
「そうだとも思えますね。そしてこれは、貴女方への先行投資でもあります」
無駄に溜めを作ってから──口を動かす。
「ただ貴女がたをギルド専属の生産職にしたいならば、ギルドの生産スペースでレアアイテムを使わせるでも構いませんし、ここまでの設備を整える必要もありません。これらはすべて、用意するだけの価値が貴女がたにあるという証明なんです」
「証明……ですか?」
まあ、いきなりそんなことを言われてもさすがにわけが分からないだろう。
だが実際、これを用意した奴は本当に期待してますので。
「一人もいないプレイヤーの生産職。外部に頼める者がいようと、時には素材の加工をいらいできないこともあるでしょう」
「レアアイテムのことか……あ、です」
「そういうことです。秘密を貫き通したいならば、自分たちの中だけでそれを処理する必要があります。──そして貴方がたは、選ばれました。秘密を守ることができる、金で動く職人としての資質以外で」
「秘密……。なら、もし誰かがそれをバラしちゃったら──」
「さぁ、私は『月の乙女』のメンバーではありませんので……ただ、一度彼女たちに隠し事をしたら酷い目に遭いましたよ」
嘘は言っていない、むしろ完全な事実だ。
それをどう受け取るかは、彼女たち次第である。
「本来なら一次職とはいえ、生産職はなかなかレベルが上がらない……それを瞬時に上げさせてくれるこのギルド。早く成長して、自分たちといっしょにこの世界を楽しんでいきたいということでしょう。皆さんはメンバーの方に誘われているわけですし、そのことは理解しているともいます」
『(コクコク)』
「できるなら、根を上げることなくみんなでこのギルドの一員として頑張っていってもらいたいですね。そのために、私はある程度貴女がたが成長するまでの教師役を行っているのですから」
『はい!』
少し誘導してしまったが、これでギルドを抜けようとする可能性は減ったはずだ。
さてさて、少しペースを上げますかな。
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