729 / 2,519
偽善者と閉じた世界 十二月目
偽善者とサルワス領主
しおりを挟む俺はなぜか、サルワスの領主の家に上がり込んでいた。
町だけど町長、ではなく領主なのがファンタジーというか王政が残るこの世界っぽいというか──
「本当に、どうしてこうなったんだか」
《メルスが救ったあの人、彼女の知り合いにこの町の長の娘がいたからですよ》
「いや、娘さん本人ならまだ分かるけどさ。なんで知り合いのお父さんが出張る事案に至るんだよ。俺、悪いことしたっけ」
町のお掃除はしておいたが、それは偽善事業であって褒められることではない。
それに、どちらかといえば業者さんの方が働いていたしな。
この町において、『青』がどれだけ知られているかをよく知るイベントだった。
最初の方の輩からして、てっきり<正義>の執行対象かと思っていたんだが……実情は異なり、【断罪者】も悪人として『青』の者たちを裁こうとはしなかった。
「──薬物はこっちで安全な形で使う。そうだ、幸せの粉という調味料で売ってみるか」
《幸せが返ってこないじゃないですか》
お菓子に振り撒いて、子供たちに幸せの味とやらを教えようと思ったんだが……この作戦は中断か。
錬金術の産物なだけあって、再錬成すれば安全な物に弄ることも簡単なんだよ。
「おっ、そろそろ来そうだな。何かあったら念話で連絡する」
《……無茶な要求に応えるのは、程々にしてくださいよ》
「前向きに検討することを善処しておくと考えてるかもな」
《なんにも考えてないじゃない!》
ノックをしてから入ってきたのは、先の件の女性と知らない女性、それにダンディなオジ様である。
全員が俺の座っているソファの向かい側に座り、何やら色んな表情を浮かべている。
ある者は俺を避け、ある者は俺を探り、ある者は俺を確かめている。
嫌悪感は三人とも少ないが、好印象は無いみたいだな。
「お二方にとっては、初めましてですね。私はメルス、偽善者でございます」
「偽善者、それを自ら名乗るとは愉快なお方だ。私のことは『ドナード』とでも呼んでくれ。こちらは君が救った『サネラ』。そして彼女が私の娘である──」
「『カラーナ』とお呼びください」
「皆様、よろしくお願いしますね」
いきなり名前を聞いたが、{夢現記憶}に仕舞われたまま忘れてしまいそうだ。
俺の挨拶に朗らかな表情を浮かべているんだけど……目が笑ってないんだよなー。
「えっと、今回私が呼ばれた理由は……どういったものなのでしょうか?」
「最近、怪しい動きが多く見受けられた組織の傘下──『青』に属する非合法ギルドの検挙に協力したそうじゃないか。それも一日、カラーナを救った直後の話。お礼を私直々にするのは、至極真っ当のことだ」
「いえいえ。私がしたことはそちらのサネラさんを見かけ、狼藉を働こうとしていた男たちに拳を振るうことだけです。あとのことはすべて、『青』の代表のお方が自身の組織を綺麗にしただけ……それだけですよ」
「そうなのかい?」
「何もしていませんよ。ですので、礼を述べるならば彼らに」
事実だけを、簡潔に答える。
俺がそう言うと、ドナードさんは少し思案した後──他二人を部屋の外に出す。
「……これで、君も本音で語ってくれるのかな? 私と『青』の代表は古馴染みでね、そこまで綺麗事で動かないことは知っているんだよ」
「それはそれは、まさか裏を牛耳る組織と領主様に繋がりがあるとは。今後は、ドナードさんとも繋がりができてしまうのですね」
「どういうことかな?」
俺の発言に疑念を抱くドナードさん。
友人の組織を話している最中に、そういった言い方──もう想像はついているだろう。
「すぐに連絡が来るとは思いますが……今回の事件の終結、その条件として『青』の支配権を頂きました。実質的なリーダーは彼のままですが、形式上のリーダーと最上命令権は私のものとなります」
「……彼がそこまでの選択をするほど、今回の騒動は危険だったのか」
「祈念者の撒いた『天粉』と呼ばれる薬物。酷い中毒性を持った麻薬なんですが……錬金術を修めた者であれば、誰も作れてしまう代物だったのです」
「ああ、それでか。いったいその知識は、祈念者のどこから生まれてくるのやら」
AFOの錬金術は、成分抽出ができてしまう良くも悪くも優れたスキルである。
魔物の素材から麻薬の主な成分を抽出した後、それを錬成すれば──麻薬の完成だ。
一度作ってしまえば、そのプレイヤーだけに見えるレシピに登録され、素材さえあれば何度でも大量に生産できるようになる。
ちなみに、この先麻薬関連の【固有】スキルが出ない限り、そういった意味で一番恐ろしいのはノロジーが持つ【科学魔法】だ。
魔力と電子配置を理解した頭脳があれば、そもそも麻薬作り放題だからな。
「彼らの恐ろしい点の一つとして、罪の意識が薄いということが挙げられます。『自分はできるからやった、金が無かった』と言って拘束した際は無罪を主張していましたよ」
「ただそれだけのために、か……愚かな」
「リーダーがそれに気づいたのは、傘下が無断でそれを売り始めてからです。責任を自分自身を背負おうとしていたので、私に権限を委譲するという形で自決だけは食い止めておきました」
「彼なら間違いなく、その選択を取るか。ありがとう、友人を救ってくれて」
「初めに言いましたよ──私は偽善者だと。すべては偶然、ドナードさんがそのように感謝を述べる必要などございません」
それからしばらく、この町について熱く語り合った。
これからも、ドナードさんとリーダーさんで町の治安を守っていてもらいたいよ。
0
お気に入りに追加
516
あなたにおすすめの小説
World of Fantasia
神代 コウ
ファンタジー
ゲームでファンタジーをするのではなく、人がファンタジーできる世界、それがWorld of Fantasia(ワールド オブ ファンタジア)通称WoF。
世界のアクティブユーザー数が3000万人を超える人気VR MMO RPG。
圧倒的な自由度と多彩なクラス、そして成長し続けるNPC達のAI技術。
そこにはまるでファンタジーの世界で、新たな人生を送っているかのような感覚にすらなる魅力がある。
現実の世界で迷い・躓き・無駄な時間を過ごしてきた慎(しん)はゲーム中、あるバグに遭遇し気絶してしまう。彼はゲームの世界と現実の世界を行き来できるようになっていた。
2つの世界を行き来できる人物を狙う者。現実の世界に現れるゲームのモンスター。
世界的人気作WoFに起きている問題を探る、ユーザー達のファンタジア、ここに開演。
パーティ追放が進化の条件?! チートジョブ『道化師』からの成り上がり。
荒井竜馬
ファンタジー
『第16回ファンタジー小説大賞』奨励賞受賞作品
あらすじ
勢いが凄いと話題のS級パーティ『黒龍の牙』。そのパーティに所属していた『道化師見習い』のアイクは突然パーティを追放されてしまう。
しかし、『道化師見習い』の進化条件がパーティから独立をすることだったアイクは、『道化師見習い』から『道化師』に進化する。
道化師としてのジョブを手に入れたアイクは、高いステータスと新たなスキルも手に入れた。
そして、見習いから独立したアイクの元には助手という女の子が現れたり、使い魔と契約をしたりして多くのクエストをこなしていくことに。
追放されて良かった。思わずそう思ってしまうような世界がアイクを待っていた。
成り上がりとざまぁ、後は異世界で少しゆっくりと。そんなファンタジー小説。
ヒロインは6話から登場します。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
虚弱生産士は今日も死ぬ ―遊戯の世界で満喫中―
山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。
Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。
最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!?
ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。
はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切)
1話約1000文字です
01章――バトル無し・下準備回
02章――冒険の始まり・死に続ける
03章――『超越者』・騎士の国へ
04章――森の守護獣・イベント参加
05章――ダンジョン・未知との遭遇
06章──仙人の街・帝国の進撃
07章──強さを求めて・錬金の王
08章──魔族の侵略・魔王との邂逅
09章──匠天の証明・眠る機械龍
10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女
11章──アンヤク・封じられし人形
12章──獣人の都・蔓延る闘争
13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者
14章──天の集い・北の果て
15章──刀の王様・眠れる妖精
16章──腕輪祭り・悪鬼騒動
17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕
18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王
19章──剋服の試練・ギルド問題
20章──五州騒動・迷宮イベント
21章──VS戦乙女・就職活動
22章──休日開放・家族冒険
23章──千■万■・■■の主(予定)
タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。
VRMMO~鍛治師で最強になってみた!?
ナイム
ファンタジー
ある日、友人から進められ最新フルダイブゲーム『アンリミテッド・ワールド』を始めた進藤 渚
そんな彼が友人たちや、ゲーム内で知り合った人たちと協力しながら自由気ままに過ごしていると…気がつくと最強と呼ばれるうちの一人になっていた!?
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる