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偽善者と閉じた世界 十二月目
偽善者とサルワス領主
しおりを挟む俺はなぜか、サルワスの領主の家に上がり込んでいた。
町だけど町長、ではなく領主なのがファンタジーというか王政が残るこの世界っぽいというか──
「本当に、どうしてこうなったんだか」
《メルスが救ったあの人、彼女の知り合いにこの町の長の娘がいたからですよ》
「いや、娘さん本人ならまだ分かるけどさ。なんで知り合いのお父さんが出張る事案に至るんだよ。俺、悪いことしたっけ」
町のお掃除はしておいたが、それは偽善事業であって褒められることではない。
それに、どちらかといえば業者さんの方が働いていたしな。
この町において、『青』がどれだけ知られているかをよく知るイベントだった。
最初の方の輩からして、てっきり<正義>の執行対象かと思っていたんだが……実情は異なり、【断罪者】も悪人として『青』の者たちを裁こうとはしなかった。
「──薬物はこっちで安全な形で使う。そうだ、幸せの粉という調味料で売ってみるか」
《幸せが返ってこないじゃないですか》
お菓子に振り撒いて、子供たちに幸せの味とやらを教えようと思ったんだが……この作戦は中断か。
錬金術の産物なだけあって、再錬成すれば安全な物に弄ることも簡単なんだよ。
「おっ、そろそろ来そうだな。何かあったら念話で連絡する」
《……無茶な要求に応えるのは、程々にしてくださいよ》
「前向きに検討することを善処しておくと考えてるかもな」
《なんにも考えてないじゃない!》
ノックをしてから入ってきたのは、先の件の女性と知らない女性、それにダンディなオジ様である。
全員が俺の座っているソファの向かい側に座り、何やら色んな表情を浮かべている。
ある者は俺を避け、ある者は俺を探り、ある者は俺を確かめている。
嫌悪感は三人とも少ないが、好印象は無いみたいだな。
「お二方にとっては、初めましてですね。私はメルス、偽善者でございます」
「偽善者、それを自ら名乗るとは愉快なお方だ。私のことは『ドナード』とでも呼んでくれ。こちらは君が救った『サネラ』。そして彼女が私の娘である──」
「『カラーナ』とお呼びください」
「皆様、よろしくお願いしますね」
いきなり名前を聞いたが、{夢現記憶}に仕舞われたまま忘れてしまいそうだ。
俺の挨拶に朗らかな表情を浮かべているんだけど……目が笑ってないんだよなー。
「えっと、今回私が呼ばれた理由は……どういったものなのでしょうか?」
「最近、怪しい動きが多く見受けられた組織の傘下──『青』に属する非合法ギルドの検挙に協力したそうじゃないか。それも一日、カラーナを救った直後の話。お礼を私直々にするのは、至極真っ当のことだ」
「いえいえ。私がしたことはそちらのサネラさんを見かけ、狼藉を働こうとしていた男たちに拳を振るうことだけです。あとのことはすべて、『青』の代表のお方が自身の組織を綺麗にしただけ……それだけですよ」
「そうなのかい?」
「何もしていませんよ。ですので、礼を述べるならば彼らに」
事実だけを、簡潔に答える。
俺がそう言うと、ドナードさんは少し思案した後──他二人を部屋の外に出す。
「……これで、君も本音で語ってくれるのかな? 私と『青』の代表は古馴染みでね、そこまで綺麗事で動かないことは知っているんだよ」
「それはそれは、まさか裏を牛耳る組織と領主様に繋がりがあるとは。今後は、ドナードさんとも繋がりができてしまうのですね」
「どういうことかな?」
俺の発言に疑念を抱くドナードさん。
友人の組織を話している最中に、そういった言い方──もう想像はついているだろう。
「すぐに連絡が来るとは思いますが……今回の事件の終結、その条件として『青』の支配権を頂きました。実質的なリーダーは彼のままですが、形式上のリーダーと最上命令権は私のものとなります」
「……彼がそこまでの選択をするほど、今回の騒動は危険だったのか」
「祈念者の撒いた『天粉』と呼ばれる薬物。酷い中毒性を持った麻薬なんですが……錬金術を修めた者であれば、誰も作れてしまう代物だったのです」
「ああ、それでか。いったいその知識は、祈念者のどこから生まれてくるのやら」
AFOの錬金術は、成分抽出ができてしまう良くも悪くも優れたスキルである。
魔物の素材から麻薬の主な成分を抽出した後、それを錬成すれば──麻薬の完成だ。
一度作ってしまえば、そのプレイヤーだけに見えるレシピに登録され、素材さえあれば何度でも大量に生産できるようになる。
ちなみに、この先麻薬関連の【固有】スキルが出ない限り、そういった意味で一番恐ろしいのはノロジーが持つ【科学魔法】だ。
魔力と電子配置を理解した頭脳があれば、そもそも麻薬作り放題だからな。
「彼らの恐ろしい点の一つとして、罪の意識が薄いということが挙げられます。『自分はできるからやった、金が無かった』と言って拘束した際は無罪を主張していましたよ」
「ただそれだけのために、か……愚かな」
「リーダーがそれに気づいたのは、傘下が無断でそれを売り始めてからです。責任を自分自身を背負おうとしていたので、私に権限を委譲するという形で自決だけは食い止めておきました」
「彼なら間違いなく、その選択を取るか。ありがとう、友人を救ってくれて」
「初めに言いましたよ──私は偽善者だと。すべては偶然、ドナードさんがそのように感謝を述べる必要などございません」
それからしばらく、この町について熱く語り合った。
これからも、ドナードさんとリーダーさんで町の治安を守っていてもらいたいよ。
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