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偽善者と閉じた世界 十二月目
偽善者と頭脳酷使
しおりを挟む第一世界 天空の城
甘い花の香りが鼻腔を擽り、俺の瞼を自然な形で閉じようとする。
その衝動に抗うことなく、大きく息を吸って体の力を抜く。
「あー、頭脳労働しすぎた~!」
糖分が足りない! 甘い物が欲しい!
黄金の飴を取り出し、口に含む。
すると口内で甘さが弾け、疲れ切った頭を癒してくれる。
「ふひ~、やりすぎは禁物だな」
思考が正常に動くことを確認してから、ため息を吐く。
……そもそも、天才に頭脳で挑むなんてのが間違っていたんだ。
「けどいつか、やらなければいけないと思っていたんだ。今回は無しにできたが、いずれそうせざる負えなくなるんだ……眷属や国民たちから、命を預けられて行う戦争を」
それが嫌だからこそ、何重にも策を編んで拒んでいる。
しかしだからといって、いつまでも逃れられることでもない。
決断しなければならない──来たるべきその刻までに。
「──って、カッコ良く言えたら、俺もまだまだやっていけるんだけどな」
はい、茶番に付き合って頂きありがとうございます。
俺にシリアスは似合いませんし、これからも似合わせる予定はございません。
軍師を呼んだのは、俺に足りない力を補うためだ。
召喚獣を出すだけ出しといて、後から重ねて命ずるのは面倒臭い。
「そんな貴方にお薦め──いつでも働く軍師タイプの英霊様! 皆様ご家庭に一軍師! いかがですか?」
気分は某テレビ通販の社長さん。
声帯を弄って高めの声で発声する。
面倒事を押し付けるため、頭をフル回転させてスカウトに挑んだというわけだ。
結果的には、召喚した魔物の知識を豊富に有していたのでギリギリ勝てたが、もし互いに人を使ってアレをやっていたら……まあ、俺が負けていただろうな。
「俺に王の器なんてないし、そもそも人を動かすだけのカリスマも無い」
恐怖政治による圧政なら、いつでも好きな時に一度だけできるんだけどな。
国民にそんなことさせるわけにもいかないので、やる気はまったくないんだが。
「……さて、そろそろ頭も回ってきたし、活動を始めるとするか!」
マーキングをした対象の位置座標を読み取り、時空魔法で移動を行う。
さて、今日は何があるのやら。
◆ □ ◆ □ ◆
スロート
「次の町に行くの?」
移動した先はギルドの中。
隠れている真っ最中だった、ギルド『月の乙女』の皆様方の所であった。
何をするかが決まったタイミングで、どうやら来たようだ。
「ここから南に向かった所にある、サルワスという港町です」
{夢現記憶}にアクセスし、すぐさま情報を確認して視る。
……ふむふむ、海道を通った先にある場所で、海産物がいっぱい食べられると。
俺、魚より肉派なんだけど。
「また、海道の無料券が貰えたんだっけ?」
「はい、取り逃がしたことも含めて全て報告したんですけど、貰えました」
「レイドボスを追い払うってだけで、こっちの人から見ればありがたいことよ」
死に戻りが無い。
一度きりに人生を歩む自由民たちには、プレイヤーほどレベルの高い者は多くない。
今回彼女たちは、高レベルの者が大量に必要になる戦いを勝手にやってくれた上、追い払ってくれたというのだ。
呼ぶための金やアイテムを大量に用意する分の金を考えれば……まあ、無料券を渡すのは妥当なところだろう。
「まあ、それなら納得だね。今すぐに行く予定なの?」
「いえ、もう少しだけこの町を観光してからですね。メルもいっしょにどうですか?」
「うーん、もう結構行ってるからねー」
実はレミルとのデート以外にも、結構な頻度で町を歩かされた。
俺としては楽しかったが、別の場所でも良かったでは? というのが感想である。
「……そういえば、気になっているのだけれど。一つ、訊いてもいいかしら?」
「どうしたの、シガンお姉さん?」
「『赤ずきん』の本が行方不明になったって情報が掲示板にあったんだけど……メル、何か知ってるわよね」
「なんで、確定済みで話してるのかな?」
「私たちが失敗した後、そしてユウさんに渡した後で無くなったからよ」
そりゃあバレるよな。
ユウには自慢したんだが、外部に情報を漏らしていなかったようだ。
ナックルには連絡するように言ったので、まあアイツが火消しに回るだろう。
「あの本は、『ユニーク』のメンバーの一人が終わらせたから、今はそこのギルドハウスに置かれているよ」
「あれを……クリアしたんですね」
「具体的に誰か、訊いてない?」
「それは分からないよ。ユウに訊いてみれば分かるんじゃないの?」
俺も、本当に誰がもっとも活躍したお蔭でクリアしたかは分からない。
自身の才に気づいた赤ずきんの少女か、自らの餓えに抗った狼人の男か、いろいろな場所で暴れ回った愚鈍な偽善者か。
一番の要因が誰か、と訊かれても回答できないからな。
「ま、今度見にいきなよ。ユウの許可があれば、ギルドに入れるんでしょ?」
「い、行っていいんですか?」
「それを決めるのは、私じゃなくてユウだけどね。連絡は取れるんだし、自分たちでやってみなよ」
そう教えると、なんだかやる気に溢れたクラーレの瞳が、キラキラと光るエフェクトを放ちだした気がする。
周りを見れば、全員が似たような感じで高揚しているんだが……『ユニーク』のギルドハウスってそんなに凄い所か?
前にユウが『師匠を用意してくれた建物の方が、居心地いい! ギルドハウスも今度は師匠が造ってよ!』とか言ってけど……。
ま、別にいっか。
困る案件は全部、便利屋任せにしておくのが正しいし。
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