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偽善者と閉じた世界 十二月目

偽善者と赤ずきん その17

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 夢現空間 居間


「……今回も疲れたな」

「お疲れ、メルス」

「お前の時よりも疲れたよ。あの頃は救えないと割り切れてたから良かったけど、今回はそれができた。可能性が増えたからこそ、強引に手を差し出した……【傲慢】だったな」


 あれから少しして、本から抜け出して夢現空間に帰還した。

 侵入した際に使った媒介の魔本は、以降俺の所有化に入り、俺の許可した者以外が入ることは不可能となる。

 時の流れをリーンと同期させ、これからの予定をお偉い様方へ決めさせるところまではどうにか上手くできた。
 これからあの町がどうなるか、それは主に赤ずきんと狼男の二人に任せられるだろう。


「そうでもないさ。君は自分のできる範囲で動いている。時々領分を超えて動くこともあるけど……それでも、ただ傲慢な人に君のようなことはできないよ」

「そうかな? 人間なら、聖人だろうと悪人だろうとできることだろ?」

「まずはその考えから正した方がいいよ。聖人は徳の無い人は救わないし、悪人は使える奴しか救わない。君のように、世界から見て無価値と判断される人を救う人はそう多くはないさ」


 そう言ってリアは、ニコリと俺に微笑む。

 相も変わらずその笑顔に思わず赤くなりそうなので、スキルで顔を誤魔化しながら話を続けていく。


「本当に無価値な人間がいるかどうか、それは答えが出せないからな。犯罪者でも悔い改めて零からやり直したり、聖人でも堕落して欲に溺れるんだし……直接会わないと、どんな奴かなんて分からないだろう」


 資料の上から『こんな奴です』などと知っても、それが正しいとは確信できない。
 だが己の眼で確かめた事実は、ある意味で確信できる。

 その結果が偽りだろうと、それが自分の判断ならば納得がいく。
 要するに、俺の中でその決定を呑み込めるかが大切なんだ。


「自然発生した魔物を除いて、ほとんど全ての生き物は何かと関わっている。その時点でソイツは、無価値じゃなくなってるんだろ。誰か一人でもソイツを知り、意識の中に留めておけば、ソイツに変化が生じた時に頭のどこかで意識されるんだからさ」

「君の話は、いつも極論だ。そうじゃない人もいるかもしれないじゃないか」

「かもな。けど、俺はそれを知らない。加えて偽善者的なことを言えば──ソイツと俺が関われば、俺がソイツを気にするんだよ」

「……やれやれ、そんなことだから被害者が増えていくんだよ」


 どういった意味での被害者かはよく分からないが、皮肉めいた口振りからして、あまり好い意味ではないだろう。

 まあ、被害者ならここにもいるからな。
 ずっと寝ようとしていたのに、無理に叩き起こされたお姫様とかな。



「しかしまあ、今回は予想が大きく外れた偽善だったな。てっきり俺は、狼男を殺せば即終了になると思ったんだが……」

「ぼくも童話はいくつか読ませてもらったけど、『茨姫』も少し違っていたしね」


 童話の主人公が自分の童話を読むなんて、かなりありえない光景だろうな。

 童話マニアではなかったので、地球版で用意できたのはグリム童話としての『茨姫』だけだが。


「しかし、まさか王子様は偽善者を謳う変な人で、キス一つなかなかしてくれない恥ずかしがり屋だとは思ってもいなかったさ。ここは物語のように、眠っているぼくに甘くおはようのキスでもしてみないかい?」

「恥ずかしがり屋だから、それは無理だ。あと言っておくが、たしか別の話だと姫様は寝ている間に、やってきた王子様に襲われるんだぞ……性的に」

「地球のお姫様は大変そうだね。でも、ぼくの王子様は君だ。他の娘たちも膜があると嘆いているくらいだし、むしろ率先して動いた方がいいんじゃないかい?」

「ヤらねぇよ!」


 いや、夢だから。
 きっとそれも、眷属たちが体験したことも夢だから。

 ここだけはまだ絶対に拒むし、確実に抗うことにする。
 体を取り戻し、{感情}に関するすべてが解決したら……ロマンティックにヤりたいな。


「ま、夢の中でだけど」

「王子様はチキンでもあったね」

「誰がチキンだ。それなら夢だろうと、ヤることは一生なかっただろうよ」

「それは危なかった。先に君を説得してくれたみんなに感謝しないと」

「……そう、だな」


 魔導も少しずつ修練を積み、少しずつ回復までにかかる時間が減っている。

 少し前まで騒がしかったネロも、いろいろとあって落ち着かせることに成功した。
 ……本当、いろいろとあったな。


「ところで、ぼくもその本の中に行ってみてもいいのかい?」

「ん? まあ、特に問題はないけど……会ってみたいのか?」

「そうさ。ぼくも道が違っていれば、同じ状況になっていたと考えると……少し、興味が湧いてきてね」

「俺としてはそういうコラボを見てみたいところだし、狼男ヴァーイにだけ気を付けてくれれば問題ない」

「大丈夫だよ。襲ってきても、ぼくの茨で一発だからね」


 茨を喰べて、狼男が突然変異を起こさなければいいけど……。

 あ、『ヴァーイ』というのがあの後聞いた狼男の名前だぞ。
 赤ずきんの名前も分かったけど、それはまた別の機会に。

 今は、少し疲れたからな。


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