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偽善者と閉じた世界 十二月目

偽善者と赤ずきん その13

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『何度でも、貴方が満たされる瞬間まで時が遡ります。例え死のうと、貴方がそれを満ちたと感じるまでは死にません。ただ貴方は、自分が満たされる運命にあるのです。それを待つことが、今の天命です』

 女神様は、狼人にそう教えてあげました。

 ですが、狼人は訝しげな表情を浮かべ、女神様に続けて尋ねます。

「死ぬってぇのは、どういうことだ?」

『プレイヤーは強き力を身に宿しています。あらゆる可能性を秘め、できないことを見つける方が難しい程の全能性を持つ存在。貴方も並大抵のプレイヤーにならば喰らいつくことができるでしょうが……恐らく、全てを相手にすることは不可能です』

「じゃあ、死ぬってのは」

『はい、いつかプレイヤーに殺されることになるでしょう。しかし、安心してください。私の力で、貴方はプレイヤーに殺されても蘇ることができます。何度でも、何度でも』

 狼人は疑念を感じました。
『ぷれいやー』になら殺されても大丈夫? そんな旨い話、あるわけねぇだろ──と。

 しかし、本能はすぐにでもそれを引き受けてようとしています。

 赤ずきんの周辺は雑魚ばかり、自分がその『ぷれいやー』とやら以外に殺されることは絶対にありえない……そう理性も本能も認識しているからです。

 だが少しずつ暴れ出す本能を、自傷行為を行うことで抑え付けて最後の質問をします。

「俺が死んでも蘇れるんだな?」

『はい、リセット──つまりある時点に回帰しての復活です』

「なら俺はそのとき、ちゃんと死ぬ前の意識が残ってんだよな?」

  ◆   □   ◆   □   ◆

「クソ! おいガキ、テメェ何をした!」

「えー、よく分からないよー。ただ、なんとなくできそうかな? って、思ったことをしてるだけー」

 狼人同士の闘いは、意外にも拮抗し続けていた。

 狼人が豪雨のような猛打を放とうと、少年はそれをスルスルと回避していく。
 逆に少年が技術も何もない、強烈な一撃を放てば、狼人は巧みにそれを避ける。

 両者ともに、拳を合わせてはいない。
 本能的に、肉体的接触が起きた場合どうなるかを理解しているからだ。

 攻撃は全力で回避し、自分の攻撃だけを当てようとする。

 相打ち覚悟、などという思考はいっさい存在しない。

 触れた方が勝ち、触れられた方が負けというのがこの闘いであった。

「チッ──“落穴ピットフォール”!」

「うわっぷ!」

 狼人は、喰らった者から手に入れた魔法を行使し、少年を落とし穴に入れる。

 狼人は魔法の適性が低い、幼少期からそのことを常識として捉えていた少年はそのまま地面の中に落ちていく。

「それが違ぇって気づくのは、森を出たもっと後のこと……ハ? どうして今さら、そんな記憶が……」

 自身の口から出た言葉に困惑する狼人。
 それはたしかに彼自身の記憶、しかしそれはこれまで一度も思い返すことのなかった過去でもあった。

 だが、そんな事情を少年は知らない。
 穴の底から苦悩する狼人の姿を見て、油断だらけだということを察する。

「隙ありー!」

「なっ、しま──」

「とりゃぁあ!」

 少年は狼人に触れると、ペロリと舌舐めずりを行い始める。

 とっさに反撃をする狼人だったが、少年の動きがこれまでとは一転したため振り払うことができない。

「凄い! 色んな動きが頭の中に入った! これならボクは、もっと食事ができるようになるんだ!」

「テメェ……俺の記憶を」

【貪食】が持つ能力の一つ、喰らった対象の記憶を奪う力。
 本来なら、狼人はそれに気づくことすらできないのだが……。

(アイツが何かしたのか? それとも、同じ俺だからか?)

 奪われたはずの記憶を、狼人は正しく認識していた。

 少年が記憶を喰らったことは事実、だがそれでも覚えていることも事実である。

「まあいい、喰われて困るもんなんて俺にはなんもねぇよ。忘れねぇってんなら、好きなだけ持ってけ! ──俺は代わりに、テメェの命を喰らってやる!!」

「わーい、食事だ食事~! たしかこうだったかな? ──イタダキマス!!」

 掌を合わせた少年の元へ、狼人は急速に近づき拳を交わす。

 同時に記憶を喰われ、少年の戦闘技術が向上していく。

「最初に喰えるのはな、記憶だけでスキルは無理なんだよ!」

「知ったよー。けど、それと喰べることは関係ないもん!」

 ゾッとする悪寒を感じ、慌てて後方に下がる狼人。

 次の瞬間には、少年が大気ごと先ほどまでいた場所を喰らう。

「悪食か、テメェは……」

「もー、お腹が空いて空いて仕方ないの! 食べ物はどんどん喰べられて、ボクの体の一部になってよ!」

「誰がそんなこと好き好んでやるかよ。弱肉強食それこそ真理、俺が喰らうことはあっても、逆は絶対にありえねぇ。俺こそが強者でお前が弱者。なら、テメェがさっさと終わることが真実なんだよ!」

 互いに暴論をぶつけ合い、戦闘をより苛烈なものへと高め合う。
 空間が揺れる音が辺りに響き、周辺の家屋が倒壊していく。

 二人は何度も何度も拳を重ねる。
 その度に少年は記憶を喰らい……目から一筋の涙を流す。

「お前はボクだ! 記憶を観て分かった! だからこれだけははっきり言ってやる──」

 戦闘の最中、少年がそんなことを始める。
 その言葉に一瞬硬直してしまった狼人に腹に蹴りを入れ、こう叫んだ。

「忘れるな! 逃げるな! 全部が全部周りのせいだって思って、過去から逃れようとするなよ!!」

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