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偽善者と閉じた世界 十二月目
偽善者と赤ずきん その11
しおりを挟む『貴方の中にあるその無限の飢餓、それは全て【貪食】というスキルの影響です』
「んなこたぁ、最初から知ってんだよ」
『では、これならどうでしょう? ──【貪食】は食欲以外のすべてを喰らい、持ち主に無限の空腹を与える。どれだけ何を食べようとも、決してそれが満たされることはない』
偉大なる女神様は、迷える狼人へ慈母のような心で道を示していきます。
狼人の苦しみを取り除こうと、ある秘密を話しました
『ですが、神の力を喰らうことができたならば……一時的に満たされることが可能です』
「神? テメェを喰っていいってことか?」
『いえいえ、ここからが本題です』
そして女神様は語った──数百年後にこの世界へ降り立つ異界の者たちのことを。
プレイヤーと呼ばれし存在が、神によって創られた肉体を以って彼の地に降り立つと。
「つまりあれか、俺は好きなだけソイツらを喰らっていればいいってことか」
『はい! さぁ、それまでの間、私の力で時間を飛ばしま──』
「けどまぁ、それで本当に満たされるかなんて、確証がねぇんだけどな」
『──っ!?』
嬉々として狼人の幸せの願っていた女神に対し、彼はそんなことを口走ります。
「噂の赤ずきんも、大したことなかった。それなりに魔力があったが、他に味のねぇ淡泊なつまんねぇヤツだ。テメェが運命を司れる神だってんなら、そもそも赤ずきんの味を旨くしておけよ」
遠くで赤ずきんの存在を耳にした際、狼人はある種の期待をしていました。
それは傲慢な願いでした。
しかし、たしかな希望を求めてのです。
それでも現実は、またしても狼人の想いに反して何もしてくれません。
一種の諦念だったのでしょう。
神であらせられる女神様に対して、このような言い振る舞いをしていたのは。
──しかし、女神様は怒ることなどありませんでした。
むしろ、いっそう慈母のような笑みを色濃くしてこう告げます。
『──では、やり直しませんか?』
◆ □ ◆ □ ◆
ごくごくありふれた平凡な村。
唯一人々が考え得る平凡と異なるのは、そこに住む住民に関することだけだろう。
──彼らには、狼の身体的特徴が発露していた。
だが違いはそれだけで、それ以外は本当に変わらないのだ。
子供たちが野を駆け、大人たちが狩りを行い料理を作る。
家屋からは食べ物を煮込む湯気が生じ、村の至る所で美味しそうな匂いが漂う。
明るく活気に溢れた場所──それがこの村であった。
「……これが俺の村、なのか?」
「らしいな。良い村じゃないか」
「……駄目だ、思いだせない。本当にこの場所が、そうなのか?」
「お前の根源に眠る記憶を呼び起こして生みだした光景だ。生き物は記憶を忘れようと、失うことは決してない」
そんな村に、二人の異物が入り込んだ。
一人はこの村の住民、だがそれに関する記憶が欠如した青年。
もう一人は普人の少年、白と黒が混じった髪色以外ごくごくありふれた少年。
彼らは姿が周りの者よりも薄く、そして誰からも気づかれていなかった。
「そしてこれは、あくまで読み取った記憶の再現。史実に干渉することは不可能だ。だが実際にあったことを調べることはできる」
「俺の……記憶」
「ああ、思いだせないんだろう? なら見せてやるよ、何が起きたのか。そしてその理由の先に、何を知って忘れたのかを」
そう少年が告げると、世界に急速な変化が生じていく。
なだらかに進んでいた時が、少年の意志に沿って急速に進んでいくのだ。
この場所は、あくまで狼人の記憶を少年の頭の中で再現した場所。
時間の法則さえも少年の前に傅き、全てが少年の思うがままに動いていく。
「さぁ、始まるぞ──主人公の登場だ」
□ ◆ □ ◆ □
狼人の少年は突然、空腹感を覚える。
朝ごはんは食べてきたはずなのに、お腹がグーグーと鳴っていた。
「あれ、どうしてだろう?」
理由は分からなかったが、涎がポタポタと地面に零れる。
「ルーの実、なんだかいつもよりおいしそうだな……」
少年は、家族のために美味しい物を取ってこようと森に出ていた。
今彼の両腕には、大量のルーの実が抱え込まれている。
平時同様、丸くて艶々した植物の果実である──が、体が反射的に食事を求めた。
「ひ、一つぐらいなら……良いよね?」
小さな誘惑が、少年の心を奪う。
ゴクリと息を呑むと、予想以上の唾液の量に驚く。
だがそれも一瞬のこと、すぐに意識はいつの間にか片手で持ったルーの実に向かう。
「……あれ? ルーの実は?」
そして気づいたとき、腕に抱え込まれていたルーの実は一つ残らず無くなっていた。
自分が食べてしまったのかとも疑ったが、今でもお腹がグーグーと唸っている音を聞いて、それは違うと感じる。
「うーん……また、採りに戻るしかないのかな? でも、お腹も空いたんだよなー」
涎は収まっていたが、体を動かすたびにお腹が鳴ってしまう。
「たしか近くに、お腹を膨らませられる食べ物があったよね?」
狼人族の村には、豊富な食料が存在する。
それは全て大自然からの恩恵であり、日々そこから糧を得ている。
故に子供でもどこに何があるか、それを大人たちから教えられていた。
少年はその中でも、味はそこまでではないが腹持ちが良い食材の元へ向かう。
「──あれ、イナフの実は?」
その実が生える群生地に向かった少年。
だがそこに、彼の求める物は何一つ存在していなかった。
……いや、正確には求める物すらも何一つ存在していなかった。
「ど、どうしてだろう?」
不思議に思う、謎の現象。
一度目は自分の手に持った果実が。
二度目は群生地に生えた木の実全てが。
「……でも、どうでもいいかな? それよりも、お腹が空いてきたー」
腹の音はこれまでよりも大きく、そして獰猛そうな声を上げる。
少年は、フラフラと狼人の敏感な嗅覚を用いて移動を始める。
──その先には、自身が住む村が在った。
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