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偽善者と閉じた世界 十二月目

偽善者と赤ずきん その07

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「花畑なんて、どこにもないじゃない」

 赤ずきんは、共にいた女性・・に言われてそのことに気づきました。
 青年が指差した先に見えた花畑、それは魔法によって生みだされた幻覚だったのです。

「……なんのことでしょうか。ほら、もう一度しっかりと見てみれば──」

「────、────」

「ほら、────もこう言ってるのよ。どうしてこんなことをしようとしたか、しっかり吐きなさい!」

 青年に近づいて、問い詰める赤ずきん。
 ニコニコと笑顔を浮かべていた青年でしたが、だんだんと顔色を変えて──

「チッ、まあいいか」

「えっ……」

「つまみ喰いはマナー違反だが、たまにやるのも乙なもんだしな」

 剥き出しの牙、そして口の中に切れた手を頬張った見せてそう言います。

「あぁぁ──!」

 突然悲鳴を上げる赤ずきん。
 その右手は──まるで、食べられたかのように無残に喰い千切られていました。

「────“────”!」

「おっ、肉体を再生できるのか。いいねぇいいねぇ、踊り喰いし放題じゃねぇか!」

 慌てて赤ずきんに駆け寄り、回復魔法をかけて苦痛を取り除きました。
 同時に肉体再生の魔法を行使して、食べられた腕を再び生やします。

「……って、加工してねぇと生えるじゃなくて戻るのかよ。まあ、そっちの方が食材側は楽だよな。次は焼いて喰べようか」

 もう正体を隠す気などありません。
 狼の耳を頭部から生やし、舌なめずりをして二人の元へ迫りました。

  ◆   □   ◆   □   ◆

「メル君!」

「あ、姫様。お疲れ様です」

「大丈夫、けがはない?」

 おばあさんの家の周辺は煙に包まれる。
 屋根の上からそれを見ていた少年の元へ、精霊の力を借りた赤ずきんがやってくる。

「はい、時間を稼いでいただけですから」

「作戦通り、上手くいったね」

 少年が狼人の前に現れ、隙を作る。

 それを狙って赤ずきんが、精霊たちにお願いして魔法で一掃する──それが彼らの考えた作戦であった。

「……でも、おばあさんの家が」

「大切なのは、住む家そのものじゃなくて済む人です。おばあさんは先に町へ転移させましたので、家は後でもう一度建てましょう」

 精霊たちの魔法によって、彼らが足場にしている家にも衝撃が入った。

 そもそも、ここを戦闘の舞台として選んだ時点である程度覚悟はしていたのだ。

「それに──まだ戦いは終わってません」

「ま、まだ倒せないの!?」

「相手はなんでも食べられると言ってましたので、おそらく魔法も食べられますね」

 そういった途端、強烈な風が彼らの方に放たれる。

 たなびいていた煙もそれに引っ張られるように飛んでくるため、一瞬視界が奪われる。

「……っ。姫様、失礼します!」

「う、うん!」

 赤ずきんの手を引き、少年は自身の持つ転移スキルを発動する。

 地上に着地した次の瞬間──先ほどまでいたおばあさんの家が、激しい音を立てて崩壊していく。

「テメェら、やってくれんじゃねぇかぁ!」

「まずは前菜、精霊たちの魔法です。お気に召しましたか?」

「あぁ、最高だ! 精霊士になんてなかなか会えねぇからな、旨ェじゃねぇか!」

 崩壊し、土埃が巻き上がる建物の中心でそう叫ぶ狼人。

 そこにいっさいの汚れはなく、ただただ至福の表情を浮かべて礼を言う。

「次はスープだぞ、テメェらはどんな一品を出してくれんだ? ……やらねぇなら、代わりに俺がやるぞ」

「そちらのスープは?」

「今の予定だと……テメェらの生き血を混ぜたもんだな。転移スキルの持ち主と精霊士の血……魔力が豊富そうだぜ」

 メニューを語るだけで、涎が滝のように溢れ出る狼人。

 その狂気性にゾッとする赤ずきんだが、隣にいる少年の冷静さを見て、どうにか気を取り直しビシッと立つ。

「そうですか──なら、こちらなどいかがでしょうか?」

 指を鳴らす少年、赤ずきんもまたその合図に祈りを捧げる。

 精霊たちに望むのは、瀑布のように注がれる洪水。

「精霊たちの魔力で作られた水、そこに隠し味としてボクの魔力を混ぜ込んだ拘束魔法でございます」

「そんなもん、喰らえば充ぶ──っ!?」

「なお、若干生きが良いのでご注意を。無遠慮に手を出すと、食材に食べられてしまいますからご注意を」

 自身のスキルで魔法を喰らおうとした狼人だが、上から降り注ぐ水が意志を持ったかのように狼人の掌を避ける。

 そして一つに纏まると、四肢を繋ぐ関節より内側を包んでいった。

「お前のスキルは全身を使っているわけじゃない。おそらく発動には掌か口が必要だ。ならそこを縛れば、動けなくなる」

「考えたな前菜。──だが甘ェよ!」

「メル君、水が!」

 動けなくされていた狼人だが、ただ意味もなく拘束されていたわけではなかった。

 他者から喰らったスキルを駆使し、どうにか顔を水面に近づけて──

「んぐっ、んぐっ…………カァアアアア! やっぱ旨ェじゃねぇか!」

「く、首が……伸びた?」

「関節を弄ればそれぐれぇできるだろ。それよりこの水、どんだけ旨ェんだよ! おい、お代わりはあるか!?」

「残念ながら、一品限りです。ですがご安心ください──フルコースはまだあります」

「そうだよな! 次は魚料理ポワソンだ! ほれ、殺されたくなきゃとっとと出せ!」

 狂暴そうな牙を見せ、脅しにかかる狼人。
 二人はそれに負けじとジッと狼人を見て、次の作業に取りかかった。

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