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偽善者と閉じた世界 十二月目

偽善者と赤ずきん その06

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「────!」

「……ぁあん? 俺が狼男だと?」

 赤ずきんが、おばあさんの家へ向かった直後のことです。

 それをこっそり見ていた青年を、一人の少女が捕まえて尋ねました。
 ……貴方が狼男なのか、と。

「知らねぇな、俺は見て分かるように普人だぞ。どうして狼人族と間違えられなきゃいけねぇんだ」

「────、────」

「はんっ、そんなの俺じゃなくたって良いことじゃねぇか」

 男はそれをあっさりと否定しました。
 少女が狼男と言った根拠はなく、青年の頭には狼の耳など生えていなかったからです。

 しかし少女は諦めません。
 それは魔法で隠しているからだ、と言って幻影破りの魔法を使いました。

「……──」

「だから言ったじゃねぇか。魔法を使ってまで人を疑い、しかも人違いだったんだ、謝るだけじゃ済まねぇよな?」

「──、────」

「ああ、だから詫びなんて要らねぇよ──俺が勝手に貰っていくからよ」

 次の瞬間、少女は姿を消します。

 キラキラと綺麗な光の粒が代わりに降りだし、幻想的な光景を生みだしました。

「チッ、分身系のスキルか? たしかに本体のはずだったんだが……自動発動の身代わりでも喰えたはずだがな。実際入ってきたって感覚がねぇ……どういうことだ?」

 口をクチャクチャと動かす青年は、悪態を吐いて先ほどまでいた少女を罵ります。

 少女がどこへ行ったのか、青年が何をしたのかは分かりません。

 ただ一つ言えたのは──この後、赤ずきんの消息が絶たれたことだけです。

  ◆   □   ◆   □   ◆

「……ここが、あのガキのババアが住む家」

 赤ずきんの言う通り、三本の大きな樫の木の下にその家はありました。
 小さいけれど、綺麗に掃除が行き届いている──皿が汚れていないことに、まず狼人は感心します。

「汚ぇ場所で飯を喰うのも嫌だしな、まぁ及第点ってところか」

 傲慢不遜にそう語り、ゆっくりと家に近づきますが──急に立ち止まります。

「おっと、いけねぇ。このままじゃさすがにバレちまうな」

 そういった途端、辺りに狼人の体内でミシミシバキバキと音が鳴り始めました。
 骨盤が破壊と再生を繰り返し、筋肉の繊維も何度か千切れては繋がる作業を行います。

「あ、あぁ……よし、こんな感じか」

 先ほどまでの男の姿は無く、その場にいるのは少女──それも赤ずきんと同じような年頃の──でした。

 作り変わった自らの声帯を試し、先ほど見つけた獲物と同じような声にしてから……家の戸を叩きます。

 すると、中から掠れた声で尋ねられます。

「そこにいるのは誰?」

「赤ずきんよ」

 と少女は答え、「ケーキとワインを持ってきたの、ここを開けてちょうだい」と重ねて伝えました。

 すると数秒して、答えが返ってきます。

「私は弱っていて起きられないわ。今鍵は開けるから、入ってきてちょうだい」

 魔法で閉じられた鍵がカチャッと鳴り、外されました。

 少女はゆっくりと開いた戸から侵入し、おばあさんの元へ近づきます。

「……イタダキマス」

 小さな声でそう呟き、体からもう一度音を鳴らすとおばあさんに駆け寄り──鋭い爪と牙で一撃。

「──あ゛?」

 と、狼人は考えていた。

 しかし、現実は異なる。
 自慢の牙も爪も何かに遮られるように、前菜であるベッドの上で横たわるおばあさんの元へは届いていない。

 真っ赤な血飛沫も声にも出せない絶叫もなく、代わりにあったのは──血が滴りながら折れた自分の牙と爪が、床にカッカッと落ちる音だけだった。

「ぐぉおおお!」

 危険を感じた狼人は、後方に下がり一度家から脱出する。

 自分がヘマをした覚えもなく、自慢の耳におばあさんが何かをした音も入らなかった。

 だが実際、ことは起きた──

「なんだ、何が起きたんだよ!」

「──それは、お前の目論見が最初からバレていたってだけだよ!」

「誰だ! ……って、お前は!」

 家の屋根の辺りから声がした。

 即座にその声の主を探すと、そこには一人の少年がいた。
 白黒交じりの髪を伸ばし、腰に木の棒を携えた小さな少年だ。

「もう諦めろ、狼男! おばあさんはとっくに逃がしたし、あの娘がここに来ることは無いんだ!」

「テメェ、どうやってここに来た。確かに幻覚に落としたはずだ!」

「遅れた分、空間魔法で来ただけ。幻覚には最初からかかってなかったんだよ!」

 狼人は思いだす。
 一度殺そうとした少年が、なんらかのスキルによって自らの一撃を回避したことに。

(それが転移系のスキルなら納得だ。今の発言からして、複数人での使用にも耐えられるみてぇだ……欲しいな、そのスキル)

 思いがけないレアスキルの存在に、口元から涎をジュルリと垂らして啜る狼人。

 少年は冷やかな目でそれを見つめ、蔑みながら話す。

「やっぱり、姫様を逃がしてよかった。お前みたいな化け物を知らないままでいられる」

「ハッ、なんとでもいいやがれ。お前を喰えばどこに行ったかも分かる。調味料の予定は変更だ、前菜オードブルぐらいにはしてやるぜ」

「……捕食による記憶の詮索。それがお前の能力みたいだね」

「そうだとも! 俺の胃袋は無限大! あらゆる物を貪欲に喰らう!」

 狼人の持つスキル──【貪食】。
 喰らった対象のすべてを奪う能力だった。

「それを使って、姫様のおばあさんを騙ろうとでもしたのか」

「よく分かったな、前菜! 解析系のスキルでも持ってんのか? ならなおさらテメェを喰いたくなってきたぜ!」

「いいえ、遠慮しておきます」

 そう言って首を振ると、少年は続ける。

「──代わりと言ってはなんですが、せっかくボクたち・・が用意したフルコース……ご堪能ください」

「ボク……たち?」

 疑念が生まれた瞬間──四方八方から魔法が発射された。

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