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偽善者と閉じた世界 十二月目
偽善者と赤ずきん その04
しおりを挟む「おばあさん、どうしてそんなに……口から涎が零れているの?」
花を持ってやって来た赤ずきんは、おばあさんに問いました。
赤ずきんの指摘通り、ベットの上で滝のような涎を垂らすおばあさんはこう答えます。
「それはね、今から美味しいご馳走を食べられるからだよ」
「え? ご馳走?」
「それはね──テメェだよ!」
ガバッと大きく口を開いたおばあさん──いえ、狼人は、驚く赤ずきんの一瞬の内にパクリと呑み込んでいきました。
慌てふためく赤ずきんですが、何もできないままゆっくりと嚥下されていきます。
「ふひゃひゃひゃひゃひゃ! 馬鹿な小娘だぜ、たった独りでノコノコと食べられに来るとはな!」
自身のスキルで胃袋に赤ずきんを収め終えると、狼人は被っていたおばあさんの皮を体に吸収していきます。
残ったのは頭部から耳を生やした狼人。
おばあさんを示す物は、身に着けていた服しかありません。
「別の意味で食ってやるのもよかったかもしれねぇが……やっぱり噂通りの力だな! 体から力が込み上げてきやがる!」
赤ずきんに隠された膨大な魔力。
狼人はそれを喰らうため、おばあさんに化けて到着を待っていました。
それに気づくことなく赤ずきんは、まんまと食べられてしまったのです。
「──ぁん? なんだテメェは、何か文句でもあんのか?」
「────!」
そこに現れたのは、独りの少年。
腰に剣を携えた、勇敢な戦士です。
赤ずきんと共にこの場所までやって来た少年は、たった今赤ずきんが食べられる瞬間を目撃しました。
今腹を切り裂けば助けられる、そう信じて狼人に闘いを挑もうとしています。
「……テメェ程度が、俺と戦う? おい、馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ」
「────!」
「『ぷれいやー』ね……なんのことだかさっぱり分からねぇが、ここのババアはもともと優れた魔法使いだったらしぃぜ」
狼人が手を掲げると、大量の魔法がその場に展開されます。
「メインディッシュは喰い終えた──テメェはそれにつり合う飯なのか?」
複数の炸裂音が鳴り終えた時──そこには何も残っていませんでした。
◆ □ ◆ □ ◆
「姫様、契約はできましたか?」
「ううん、必要ないの。お願いをすれば、助けてくれるって」
「さすが姫様、精霊士をはるかに超えたお方です」
少年が独りでに納得する。
その様子に首を傾げる赤ずきんだが、少年の次の言葉にそうも言っていられなくなる。
「これならば、きっとおばあさんを救うこともできるでしょう」
「え? おばあさんが?」
「精霊と心を通わせてください。そして、おばあさんの様子を見たいと伝えてください」
少年の言う通りに、赤ずきんは精霊たちにそれを伝える。
精霊たちはそれに応じ、すぐさま赤ずきんへおばあさんの家の様子を見せた。
そして、次にそこへ向かう男の姿を。
「あれは……さっきの人? でも、獣人じゃなかったはず」
「姿はスキルで隠していたみたいです。目的はおばあさんの肉を喰らい、姫様の油断を誘うことです」
スラスラと状況を説明する少年。
精霊にいくつかの願い事を伝えてから、赤ずきんは少年に向き合う。
「急ぎましょう、姫様。このままではおばあさんが食べられてしまいます」
「うん、これが終わったらね」
瞬間、少年の身体は精霊たちと同じ色の鎖で縛られる。
「…………ど、どういうことですか、姫様。ボクを拘束するなんて」
精霊に少年の動きを止めてもらえるよう、赤ずきんは願った。
すべてを知る得る、不思議な少年を。
「メル君、どうして君はそこまでいろいろなことを知っているのかな? 精霊のことだって、どうしてワタシが視ることができるとメル君が知っているの? ワタシ以外、誰も知らないはずなのに」
「…………」
「それに、さっきの花畑。メル君が作った物だって精霊たちが言っている。あの通った人が見せたのは幻惑、本当なら何もなかったのに君はここまでの道に、本物の花を咲かせていたんだよね。──どうして?」
「……ヒントは、多い方がいいですから」
心裡を見抜かれたと理解した少年は、すぐにそれを明かす。
そして、こう続ける。
「姫様、どうしてボクが姫様のことを姫様と言っているか分かりますか?」
「どうして?」
「姫様が本当に、姫様だからですよ。けどそれは、普人種のものではなく──精霊たちの姫様ですが」
「やっぱり、そうなんだ」
精霊たちの自分への親切さ。
普人であるはずの自分が、どうして精霊たちとここまでできるのか……その理由を明確に知る赤ずきん。
「そして精霊たちを従える姫様には、膨大な量の魔力が宿ります。精霊たちと同様に甘露のような蕩ける味、それをあの狼人は狙っているのです」
「それをどうしてメル君が知っているの?」
「簡単です、知っているからですよ。これから起き得る未来を、そして悲劇を。それを食い止めたいがために抗ってきた者たちを、加速させてきた愚者たちを」
少年の瞳は再び変色し、目まぐるしい勢いで変化を続けていく。
金や銀、紅色に瞳孔が変化することがあれば、瞳の形が変化する時もあった。
メルは少年の皮を被ったナニカだ。
そう心のどこかで怯えだし、ゆっくりと後退する赤ずきんに──メルがじわじわと近づいていてくる。
「口で言っても理解はできませんよね? 姫様は、自分の目で見たことは理解してくれますが、それ以外はなかなか信じてくれない。ですから教えて差し上げましょう。──直接魂に刻み込むことで」
触れられた掌はゾッとするほど冷たく、そして不思議な温かみを感じさせた。
次の瞬間意識が断絶し、赤ずきんは精霊の踊る泉の中へ沈んでいった。
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