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偽善者と閉じた世界 十二月目
偽善者と赤ずきん その01
しおりを挟むこれは、はるか昔に伝わる物語。
貴方がたがこの世界に来る前、決して邂逅ことの無かった少女の生涯を記した伝記。
予め、それを知ってもらおう。
昔々、可愛い小さな女の子がいました。
とても愛らしい容姿をした少女、その愛らしさを誰もが可愛がりました。
あるとき、その女の子のおばあさんが特別な赤い布で、女の子の被るずきんを作って少女に与えてくれました。
そのずきんが女の子にとても似合い、女の子もまたずっとそれを被るので。みんなは女の子のことを『赤ずきん』と呼ぶようになりました。
──しかし、その赤ずきんにはある秘密がありました。
正確には、『赤ずきん』に秘密が隠されていたのです。
それを狙って平和な国にやって来た、一人の狼人族の逸れ者によって少女は本来死を迎えることになる。
さぁ、冒険者よ。
貴方がたは運命を変える祈念者です。
たしかに存在した史実は、約定に基づき貴方がたの介入を認めます。
決して敵うことのない未来を、誰も知らない新たな物語を──貴方が紡ぐのです。
新『赤ずきん』が今、幕を開きました。
◆ □ ◆ □ ◆
???
「……何、今の自作自演。気持ち悪ッ!」
本の中に入る術式に、予めさっきのセリフが盛り込まれていたのだろう。
まあ、これでハッキリとしたことがある。
「あれがクソ女神、リアの膨大な時を奪った自称運命神」
あえて自分の声を出したのが誤算だった。
たしかに本来、プレイヤーの中にクソ女神の声に気づく奴など一人もいないだろう。
如いて言うなら二回目以降、ただ物語る人として認識されるだろう。
それでも意識される、そんなことだけで神の神格は上昇する。
俺はまだ何も設定していないが、それでもリーンで一部の者が崇拝している影響で微妙に神気が増えることがあったし。
……まあ、どちらにせよ物語を書き換えれば信仰も傾くのか。
「さて、ここはどこですかな?」
広い広い森の中、視界いっぱいに緑だけが映る場所に俺は立っていた。
すぐに音魔法と振動魔法を使い擬似ソナーで索敵を行うと、状況を理解できる。
「これが赤ずきんで、こっちが狼……いや、狼人だったっけ。それでこっちが赤ずきんのお婆ちゃん。ふむ、まだ誰も食われていないのが現状か」
なら話は早い、もう食べられた状態で家に向かうだけなんて状態だと、打てる手の数がかなり減るからな。
どのタイミングで合流するか、入ったプレイヤーによって異なるんだろう。
「まあ、俺が選ぶのは──」
二つの魔法を発動し、俺はある場所へ向かうことにした。
◆ □ ◆ □ ◆
「行ってきまーす!」
一人の少女が家を出る。
腕に美味しいケーキと真紅のワインを入れた籠を下げ、明るい表情で走っていく。
誰もがその愛らしさに頬を緩め、声をかけられることも数十度あった。
その度その度に少女は足を止め、一人一人に丁寧な挨拶を行っていく。
少女は町の者にこう呼ばれていた──
「赤ずきんちゃーん!」
「はーい……? 君は誰? この町の人じゃないよね?」
少女──赤ずきんを呼んだのは、一人の少年だった。
白黒交じりの髪色に、左右で異なる瞳色をした小さな少年。
見たことも会ったこともない少年が、町から出たばかりの彼女の名を呼んでいた。
「初めまして! ボクはメル、貴女を守りたい騎士です!」
少年はそう言って、背中に隠していた少し大きい木の枝を振り回す。
突然現れた少年のことを不思議に思う彼女だったが、その無邪気さにクスリと笑うとこう答える。
「ありがとう、騎士様。けど騎士様、ワタシはこれからお婆ちゃんの元にこれを届けに行くの。森には魔物が現れるし、まだ騎士様には早いわ」
「だ、大丈夫です! 森に現れるスライムを倒したことがあります! お願いします、どうか目的の場所から戻るまでの守護をボクにやらせてください!」
すると少年は赤ずきんに跪き、持っていた木の棒を捧げるようなポーズを取る。
スライムは核に攻撃をすれば子供でも倒せるとされる魔物、なので少年の言葉はほとんど意味はない。
だが跪く少年の意志はとても強そうで、ただ置いておくことはできないと思う赤ずきんは、ある提案をする。
「では騎士様、ワタシと一つ約束してくれませんか? 危なくなったら、必ず町に応援を呼んでくれると。騎士は守る者、独りで無謀なことはしませんよね?」
「わ、分かりました。無謀なことは、決してしません」
少年の持つ枝を預かり、両肩に当ててからこう言う。
「ワタシは赤ずきん、そんなワタシに忠誠を誓う貴方の名をもう一度」
「メルです、ボクの名前はメルです」
「……はい、これでお仕舞い。メル君、本当に危なくなったら逃げてね」
「はい、分かってます。この剣で、どんな相手からも守ってみせます!」
「ふふっ。騎士様、ではワタシのお婆ちゃんの家まで、警護をお任せしますね」
「仰せのままに、お姫様!」
赤ずきんを被った少女は、小さな少年と共に森の奥へと進んでいった。
その先に何があるのか、少女はまだ知る由もない。
それを知る者は待ち受ける者──そして、少女に付き従う少年だけだった。
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