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偽善者と閉じた世界 十二月目
偽善者と鼻歌
しおりを挟む「ま、とりあえず詠唱開始だ」
適当に知っている魔法を使い続ける。
該当する属性を球体として放つ“◯球”。
槍として放つ“◯槍”に、壁として生みだす“◯壁”。
それらを口頭、魔方陣、補助の三種類の方法で発動し続けた。
無限に近しい魔力があるからこそできる技だが、求めた結果はどうにか出すことに成功する。
「うーん……やっぱり、思考で高速ロードするのが一番速いかな?」
まず魔方陣と補助の詠唱、これらは改変するのが難しい。
魔方陣を戦闘中に刻む場合、指や舌を動かして方陣を描く必要がある。
まあ、自分しか使えない代わりに魔力でそれを描くことで完成と同時に発動が可能なんだけどな。
それでも設定した通りにしか魔法が動かせないので、使用者の技術が求められてしまうのが難点だ。
そして口頭詠唱──恥ずかしいからやだ。
何が「──“火球”」だよ。
たしかにファンタジーだから仕方ないけれども、先の二つであれば言わずとも術式を発動できるんだ。
ならば言う必要はあるまい。
結局、崇高なるアルカ様の【思考詠唱】による、完全思考依存の魔法が最高なのだ。
そのせいで出血多量になったこともあるけれど、<千思万考>による超常的な演算能力を持つ今ならそれがベストである。
「口と指、それに指輪と杖型の補助があったとしても、最大で二十三しか使えない。だけど思考詠唱なら、それが理論上無限に発動できる。……圧倒的だな」
発動した魔法の制御程度なら、一つの思考で数十程度発動可能だ。
それが何十何百、何千何万と重なり合うと膨大な数の魔法が使える。
「だけどそれも理論上の話。思考の大半は封印に使ってるし、高度な魔法や魔導は一つで俺のちっぽけな思考一つ分使い潰すから、そこまで多く使えないしな」
フルスペックで魔法を使えるのならば、流星の雨で神だろうが魔王だろうが滅ぼすこともできるだろう。
だが、今の俺じゃそれも数発しか撃てないのでほぼ不可能である。
流星を生み出す<次元魔法>も火と土属性の複合魔法も、制御するのに途方もない労力が必要となってしまうからだ。
「詠唱も込みでやれば、制御も消費魔力も安定するけど……そういうのはだいたいとんでもなく時間がかかるからなー」
(無詠唱)を解除しても、思考詠唱は正しく機能する。
だが基本属性の魔法ならともかく、強力な魔法程詠唱が長い物が多い。
思考速度も上げれるので(一般)の魔法ならば一秒も経たない内に詠唱を終えられるが、さすがに先も上げたような<伝説>や【固有】の魔法は数秒はかかるな。
逆に、超絶短いけど威力がえげつない程強いという魔法もある──禁書魔法や禁忌魔法といった類のものだ。
時々短い代わりに代償が……なんてものがあるので、リスクを考えてから使っている。
利便性故に禁忌と指定された魔法もあるので、一概にアウトとは言えない魔法だ。
「制御か、眷属たちに負荷をかければ可能だけど……それは絶対に封印だ。結局こっちも制御せずとも制御ができる、無意識の領域で処理させなきゃ駄目じゃないか」
いったん体に戻り、魔法に関する思考を設定してから再び宙を彷徨う。
◆ □ ◆ □ ◆
夢現空間 浴室
「さてさて、俺の魂はゆっくりと風呂に浸かるとしますか。────♪」
ババンがバンバンする歌を鼻で遊み、誰もいない浴室で優雅な一時を過ごす。
モブにしてはありえない状況だが、それも今さらだし夢のような時間を求めた結果生まれたのが{夢現空間}だ。
ありえないことこそが現実となる、空想の産物が具現化した場所であった。
「────♪」
だからこそ、俺はその場所に住まう者たちへ夢のような一時を与える。
世界の悪意なんて届かない、たた何も気にせずに緊張を緩められるような場所であろうとした。
そうした意識は眷属たちにも伝わり、少なくとも俺の認識している範囲で本格的な争い事が起きたことは無い。
小さな諍いは時折発生するが、落としどころがきちんと存在することばかりである。
……いつか眷属同士が真の意味で命を奪い合うような事態に陥った時、はたして俺は生きているのだろうか。
そしてその原因が、その場にいない俺の死ではないだろうか。
だからこそ、俺は強くあろうとする。
誰よりも強くなり、外部からの干渉で決して死なないように。
眷属以外に殺されないように、悪意を持って俺を殺そうとする眷属から自身の命を守り抜けるように。
「────♪」
そんな真剣そうな思考も、耳に入る鼻歌によって中和される。
殺伐とした未来予想図は、湯気と共にどこかへ飛んでいく。
俺に難しい話なんて要らないんだ。
淫欲に溺れたいわけではないが、それぐらいしか考える必要のない未来……ぜひ作ってみたい。
「…………。さて、そろそろかな?」
体に淡い光を纏い、青年寸前だった男の肉体が愛らしい少女の体へと変化していく。
それと同時に<八感知覚>に無数の反応が検知され、薄く張っていた結界が少しずつ破壊されていった。
「混浴にいるんだから、まあ仕方ないか」
そう言ってため息を吐くのと、浴室に差花閉月な裸体たちがいっせいに飛び込んでくるのはほぼ同時であった。
「お前ら、風呂に飛び込むんじゃない!」
鼻血が出ない体にしておいて、本当に良いと思うのはいつものことである。
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