人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第7話:『壱番街サーベイヤー』

◆28:”勇者よ、国を救ってください”(解決編)-4

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『……ええい。内輪話を色々されたが、結局はもう終わった話ということだろう。さあ、交渉は成立だ。早くファリスをつれて出て行け。私はこれから忙しくなるのだ!』

 絨毯の上で毛を逆立てて膨れ上がるワンシム閣下。

「亘理さん」
「おう」
「このまま鉱脈の情報が流れば、何も変わりませんよね。金と同じようにタンタルの採掘が進み、結局皆、貧しいままです」
「そうだな」
「そうなれば。セゼル大帝も。アルセス兄様がやろうとしていたことも。――すべては無駄になってしまいますね」
「だろうな」
「亘理さん」
「おう」
「――――勇気を、貸してくれますか」
「――何のために、おれがここに来たと思う?」

 皇女が紫水晶の瞳を大きく瞠り……強く、強く頷いた。


『ワンシム叔父様』

 皇女は両の足を踏みしめ、確と面を上げた。

『な、何だ』
『私は、この『箱』の情報を諦めません。このタンタル鉱脈の情報は、貴方達には渡しません。私はこれを使い、ルーナライナに産業を呼び込み、国をもう一度立て直します』

 ワンシムは数秒あっけに取られ……そして腹を揺すって笑いだした。

『バカめ!今更お前のような小娘が吠え立てたところで誰も取り合うものか。後ろ盾もなにもないくせに』
「いやーそれがですね、実はアルセスさんが当時付き合っていた若手官僚とか企業の技術者が、今は結構それなりのポジションに昇進してるみたいなんですよね」

 おれはへらへらと笑ってみせた。

「ああ、もちろん『箱』の中身は教えていませんよ?でもルーナライナの経済問題についてはまだ懸念に思っている人が多くてね、アルセス皇子の遺志であれば協力したい、という人が結構いらっしゃったんですよねえ」
『な、何を言うか。こちらには誰がついていると思っている!私には中南海に何人も友人が――』

 語るに落ちるとはこのことである。

『なに、別に構わないんですよ。それならそれでね。日本の政府や企業が乗り出してくれば、中国も単純にタンタルを買い占めるよりも、投資という形を取るんじゃないですかね。となれば、あとは政治とビジネスの話になる。あとは資本をどんだけ投入するか、地元にどれだけカネを落とすかを話し合いで勝負すればいい。正当な皇女殿下を支援する勢力と、外戚に肩入れする勢力の争い。楽しいですね』
『き、貴様……』
「ついでに言うと、ファリスが言ってたルーナライナのSNSとやらにちょっと偽名で潜ってみたんですがね。なかなかアルセス皇子を偲ぶ人が結構多いそうじゃないですか。うん、これ実は結構、勝てる喧嘩じゃないかって気がしてるんですよねえ、おれ」
『亘理さん、まさか貴方、交渉が目的ではなく。最初から――』


「ははははやっだなあー。最初にちゃんと言ったじゃないですか」

 おれは肩をすくめて首を左右に振った。


「おれの受けた依頼は『謎を解いて』『ルーナライナの危機を救うこと』。ファリス皇女が、アルセス皇子の遺志を継ぎ、このタンタル鉱脈を以て国を立て直す。これがおれなりにひねり出した危機の解決策ですよ。如何?」


『――殺せっ!生かして帰すな!』

 激昂したワンシムが叫ぶ。

 事態は一瞬だった。

 背後の控室からワンシムの護衛が突入してくる。ファリスがこちらに向けてダイビングしてくるのを腕を引いて抱き寄せる。すれ違いざまに真凛がテーブルに飛びつき、おれと自分のソーサーとフタを手裏剣めいて放つ。護衛たちはドアを開きざまに顔面を超高速で飛来した重量感ある高級磁器で強打され、あえなく沈黙した。おれは卓上の『アル話ルド君』をレーザーポインターモードに切り替え、赤い光点をワンシムの額にびたりと固定する。

『ひっ!お、おい貴様何を』
『アクションは慎重に閣下。コイツは特注品でね、電話音楽閃光弾にスタンガン、レーザーで対象を灼くことだってできる』
『待て、待て貴様、おい』

 まあ、実際には一分光を当ててタバコに火をつける程度だが。

 だがおれ達のターンはそこまで。美玲さんが飛針をおれに向けて構え、颯真は真凛に拳を向け、背後から突入してきたMBSのスタッフたちがおれ達をぐるりと取り囲んだ。拳銃の類は所持していないようだが、どうせそれぞれ暗器だの投擲術だのの心得が在るに違いない。

 おれはソファーに座ったまま片手を挙げて、それ以上の抵抗の意志がないことを示してみせた。

「さて、どうする?次期MBS当主候補殿」

 おれはむしろ余裕を以て、颯真をみやった。

「このままおれ達を袋叩きにでもするかい?」
「どうしたものかな。交渉は合意した。お前たちは皇女を取り戻し、我々は暗号の解読結果を手に入れた。誰も何も損をしていない良き取引、というところだ。これを反故にして貴様らを嬲り倒せば侠者の看板は泥にまみれる。かといって、クライアントの意向は汲まねばならん」

 颯真が語りかけているのはおれではない。この交渉を監視している、あるいは後ほど録画を見るであろうMBSの他の面々に向けてであった。この一挙手一投足が、後の塞主に相応しいか採点されているのだろう。おれは最大限、そこにつけ込むことにした。

「だったらそうさな、侠客らしく拳で決着をつければいいんじゃないか」
「……ほう」
「真凛」
「おっけ」

 すでに気息を万全に整えていた真凛が立ち上がり、颯真に詰め寄る。

 その視線を真っ向から受け止め、微動だにしない颯真。

 クロスレンジに到達したところで両者は静止した。

「こいつが負ければ、おれ達とファリス皇女は以後『鍵』には関わらない。勝ったら、ここをおれ達はそのまま出ていく。そこの叔父さんには、MBSのメンツにかけて、すくなくとも彼女がルーナライナに戻るまでは手出しをさせない。――条件としては、そう悪くないと思うがね?」
『おい貴様、何を勝手に話を進めている!』
『すみませんねワンシムさん。お気づきでないようですから申し上げておきますが、交渉を丸投げした時点で、この場での貴方はただのウィークポイントですよ』
『そんな条件を私達が飲むと思います?』
『さあどうでしょうね。この場で決定権があるのは、実際ただ一人と思いますが?』

 おれの声は、すでに真凛と対峙する颯真の耳には届いていなかった。その目に映るは、目前の好敵手のみ。

 美玲さんに目をやる。致し方ないという風に首を振る美玲さん。

 そう、武道家二人が対峙した以上、いずれはこうなる定めだったのだ。

 空気が歪んだように思えた。

 三度目にして、最後の立ち合いが始まった。
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