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第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆28:”勇者よ、国を救ってください”(解決編)-3
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アルセス皇子のそもそもの処刑の原因は、金脈の情報を持ち出したことを告発されたことだった。
では、告発の犯人は誰だったのか。当時のルーナライナの新聞記事や公式発表から浮かび上がったのは意外にも、親セゼル派の人間だったようだ。彼らはセゼルが国を変えてくれると信じ、彼が行った、他国の息がかかった者や金脈の情報を売り渡そうとする『売国奴』を次々と発見、密告し、駆逐していった。
当時の密告と処刑の制度はお世辞にも精度の高いものとは言えなかったらしい。白、黒、灰色があるとすれば、黒は当然処刑。灰色も基本処刑。とくに、『当人は良かれと思ってやったこと』『決定的な証拠はないがやったと思って間違いない』に対してもセゼルは徹底的な弾圧を加えた。名君でありながら、身内への冷酷さが恐れられるのはこのエピソードゆえである。
「おそらく、セゼル大帝には時間がなかったのだと思います。国内を急速に統一し、外圧をはねのけるには。だからこそ、黒と灰色は切り離し、白を己の味方とした」
正直に言えば、これは独裁者の手口である。必要だから、仕方なかった、で容認される出来事ではない。各国の独裁者も、おおむね『仕方なく』やらかしたのだから。
だからこそセゼルは『大帝』……親愛よりも、畏怖を持って語られる存在になったのである。
「そして彼ら『親セゼル派』の努力と勤勉の結果……。謀反の疑いありとして浮かび上がったのが、まさかの、王位継承候補、アルセス皇子だったわけです」
『アルセス皇子は日本に滞在し、採掘企業や官僚と連携をとっている。銀行とも融資を行い、金脈の横流しを企てているぞ……というわけですね。何しろ、実際に鉱脈の情報を渡すつもりだった以上。探せば疑わしい証拠は色々と出てきてしまう』
「でも、それなら!きちんと事情を説明すればよかったじゃないですか!セゼル大帝の命を受けて、ルーナライナのために計画に取り組んでいたって!」
「そうあるべきだったんだよ。でもそれは出来なかった」
「なぜ……」
「言っただろ?灰色、たとえ『当人は良かれと思ってやったこと』『決定的な証拠はない事』でもセゼル大帝は罰してきた、って。その苛烈さこそが、セゼルが支持を集めた理由でもあったんだ。それを覆しては、他の処刑された者たちの遺族たちが納得しない。だから」
セゼル大帝は。
自分がもっとも見込んだ後継者であっても。
自分が与えた任務であり、無実であるとわかっていても。
「特別扱いをせず、処刑をせねばならなかった」
ファリスは、言葉を発しなかった。
……おれは口にすることは出来なかったが、おそらく、これこそがセゼル大帝が苛烈な制裁を課しながら独裁者に堕ちず、名君として歴史に名を残した要因の一つであろう。どれほど正しい理由があっても、身内に例外を作っては、民は納得しない。民には民なりの正しい理由があったはずであり、それを曲げて王を支持しているのだから。
「亘理さん。…………では、アルセス兄様は、セゼル大帝を、恨んでいたのでしょうか」
彼女の問いに、おれは直接は答えなかった。
「……数列と詩を記載したタイミングがずれているって話はしたよな。アルセス皇子がわざわざあの『詩』を新たに書き記すとしたら、それはおそらく、自らの拘禁が決まった時。処刑が避けられないとわかり、メガネの中に暗号を隠そうと思った時、だと思うよ」
「よくわからんな。そんな詩に、どんな意味があるというのだ?」
「さあね。おれだって実際のところはよくわからんよ。けどな。この詩には、本来のタンタロス王の伝説とは別に、書いた人間の主観でつけたされた箇所がある」
おれは壁面の画像を指指した。
それは詩の末尾。
「男が永劫の罪に問われたのは、彼が神々を試したがゆえの罰であり」
「けっして、彼が我が子を殺めたがゆえの罰ではなかったことを――」
真凛とファリスが読み上げる。
「……国語の問題。この文章を書いた作者の心情を答えろ、というやつさ。もう答え合わせは出来ないがね。彼が父――に等しいセゼルに抱いていた感情が、多少は推測できるんじゃないかな」
沈黙は、長く長く続いた。
では、告発の犯人は誰だったのか。当時のルーナライナの新聞記事や公式発表から浮かび上がったのは意外にも、親セゼル派の人間だったようだ。彼らはセゼルが国を変えてくれると信じ、彼が行った、他国の息がかかった者や金脈の情報を売り渡そうとする『売国奴』を次々と発見、密告し、駆逐していった。
当時の密告と処刑の制度はお世辞にも精度の高いものとは言えなかったらしい。白、黒、灰色があるとすれば、黒は当然処刑。灰色も基本処刑。とくに、『当人は良かれと思ってやったこと』『決定的な証拠はないがやったと思って間違いない』に対してもセゼルは徹底的な弾圧を加えた。名君でありながら、身内への冷酷さが恐れられるのはこのエピソードゆえである。
「おそらく、セゼル大帝には時間がなかったのだと思います。国内を急速に統一し、外圧をはねのけるには。だからこそ、黒と灰色は切り離し、白を己の味方とした」
正直に言えば、これは独裁者の手口である。必要だから、仕方なかった、で容認される出来事ではない。各国の独裁者も、おおむね『仕方なく』やらかしたのだから。
だからこそセゼルは『大帝』……親愛よりも、畏怖を持って語られる存在になったのである。
「そして彼ら『親セゼル派』の努力と勤勉の結果……。謀反の疑いありとして浮かび上がったのが、まさかの、王位継承候補、アルセス皇子だったわけです」
『アルセス皇子は日本に滞在し、採掘企業や官僚と連携をとっている。銀行とも融資を行い、金脈の横流しを企てているぞ……というわけですね。何しろ、実際に鉱脈の情報を渡すつもりだった以上。探せば疑わしい証拠は色々と出てきてしまう』
「でも、それなら!きちんと事情を説明すればよかったじゃないですか!セゼル大帝の命を受けて、ルーナライナのために計画に取り組んでいたって!」
「そうあるべきだったんだよ。でもそれは出来なかった」
「なぜ……」
「言っただろ?灰色、たとえ『当人は良かれと思ってやったこと』『決定的な証拠はない事』でもセゼル大帝は罰してきた、って。その苛烈さこそが、セゼルが支持を集めた理由でもあったんだ。それを覆しては、他の処刑された者たちの遺族たちが納得しない。だから」
セゼル大帝は。
自分がもっとも見込んだ後継者であっても。
自分が与えた任務であり、無実であるとわかっていても。
「特別扱いをせず、処刑をせねばならなかった」
ファリスは、言葉を発しなかった。
……おれは口にすることは出来なかったが、おそらく、これこそがセゼル大帝が苛烈な制裁を課しながら独裁者に堕ちず、名君として歴史に名を残した要因の一つであろう。どれほど正しい理由があっても、身内に例外を作っては、民は納得しない。民には民なりの正しい理由があったはずであり、それを曲げて王を支持しているのだから。
「亘理さん。…………では、アルセス兄様は、セゼル大帝を、恨んでいたのでしょうか」
彼女の問いに、おれは直接は答えなかった。
「……数列と詩を記載したタイミングがずれているって話はしたよな。アルセス皇子がわざわざあの『詩』を新たに書き記すとしたら、それはおそらく、自らの拘禁が決まった時。処刑が避けられないとわかり、メガネの中に暗号を隠そうと思った時、だと思うよ」
「よくわからんな。そんな詩に、どんな意味があるというのだ?」
「さあね。おれだって実際のところはよくわからんよ。けどな。この詩には、本来のタンタロス王の伝説とは別に、書いた人間の主観でつけたされた箇所がある」
おれは壁面の画像を指指した。
それは詩の末尾。
「男が永劫の罪に問われたのは、彼が神々を試したがゆえの罰であり」
「けっして、彼が我が子を殺めたがゆえの罰ではなかったことを――」
真凛とファリスが読み上げる。
「……国語の問題。この文章を書いた作者の心情を答えろ、というやつさ。もう答え合わせは出来ないがね。彼が父――に等しいセゼルに抱いていた感情が、多少は推測できるんじゃないかな」
沈黙は、長く長く続いた。
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