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第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆27:開陳-2
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「そういうわけにもいきません。こちらにも色々と都合がありましてね……。まあ何しろ、事を荒立てるつもりはありませんよ。美玲さんの言う通り、お互いの絶対条件と優先順位がぶつからないんです。粛々と進めるとしましょう」
おれはポケットから、仰々しくUSBメモリを取り出した。一同の視線がおれの指先に焦点を結ぶ。
「解析結果を一通り保存してあります。べつに端末からメールで送信、でもいいんですがね。こういうのは視覚的にわかりやすい方が良いでしょう」
言って、テーブルの右端にメモリを乗せる。
「……そこの通訳の人に、右側からメモリを取りに越させてください。同時に、皇女を左側からこちらへ歩かせてください。おれのアシスタントが皇女の腕を取ると同時に、メモリを渡します」
「もしもメモリが空っぽだったり、ウィルスでも入っていたら?」
颯真のコメントに、おれは皮肉っぽく返した。
「その場で適当なノートPCにでも差して中身を確認してくれ。もしも空だったら、おれ達は対等の交渉を装って偽物をつかませようとした不埒者だ。外にいる全員を呼んで袋叩きにしても、みんなが納得。お前の名誉に傷はつくまいよ」
部屋の角に取り付けられた監視カメラにピースサインをつきつける。
沈黙は、そう長くは続かなかった。
先述の通り、究極的には双方の利害は一致しているのだ。ネゴシエーションや落とし所を探る必要はない。顔を合わせて互いを信用し、取引を交わすだけの会合のはずだった。
美玲さんとワンシム、ツォン青年が小声で言葉を交わし、頷く。
『わかりました。交渉に合意します。皇女をそちらに』
おれは大げさに安堵のため息をついた。交渉内容が録画されているということ自体が抑止力となる。ここで一切合切反故にして暴力沙汰に訴えるとなれば、今度はMBS内での颯真のメンツが丸つぶれになるだろう。
「ワンシム閣下とMBS各位の賢明な判断に感謝しますよ」
言って、メモリを卓の端に押し出す。おずおずと近づいてきたツォン青年が回収する。
「さ、ファリスさん、こっちへ」
真凛がファリスに手を差し伸べる。
しかし、ファリスは動かなかった。
「ファリスさん」
「七瀬さん、そちらへは行けません。私と『鍵』を引き換えにしても、誰も救われない」
「ファリス、もう交渉は決着したし、メモリは渡したんだ。君がそこで立ち止まっていたって、『箱』の中身が戻ってくるわけじゃない」
「ですが、私は……」
「……おい。亘理陽司。どうするんだ。俺にこの女を突き出せというのか?」
微妙な沈黙が空気を満たした。今この場で、交渉の結果に不満があるのは、もっともメリットが有るはずのファリス・シィ・カラーティその人というわけだ。
「ええとですね。交渉もほぼ決着したということで、小話を一つ」
おれは、はははと薄ら寒い笑いをひとつして、場を埋めるべく話題を投げ込んだ。
「せっかくですから、おれ達がどうやって謎を解いたか、聞きたくありませんか?」
効果は劇的だった。
ファリス、颯真、美玲さん。そしてまだ詳しい説明をしていなかった真凛。
万事美玲に丸投げしていたはずのワンシムまでがおれを見つめていた。
「では、交渉妥結後の茶飲み話ということで。あ、ツォンさん、通訳お願いしますね」
ほどよく冷めた普洱茶で唇を湿して、おれは喋り始めた。
おれはポケットから、仰々しくUSBメモリを取り出した。一同の視線がおれの指先に焦点を結ぶ。
「解析結果を一通り保存してあります。べつに端末からメールで送信、でもいいんですがね。こういうのは視覚的にわかりやすい方が良いでしょう」
言って、テーブルの右端にメモリを乗せる。
「……そこの通訳の人に、右側からメモリを取りに越させてください。同時に、皇女を左側からこちらへ歩かせてください。おれのアシスタントが皇女の腕を取ると同時に、メモリを渡します」
「もしもメモリが空っぽだったり、ウィルスでも入っていたら?」
颯真のコメントに、おれは皮肉っぽく返した。
「その場で適当なノートPCにでも差して中身を確認してくれ。もしも空だったら、おれ達は対等の交渉を装って偽物をつかませようとした不埒者だ。外にいる全員を呼んで袋叩きにしても、みんなが納得。お前の名誉に傷はつくまいよ」
部屋の角に取り付けられた監視カメラにピースサインをつきつける。
沈黙は、そう長くは続かなかった。
先述の通り、究極的には双方の利害は一致しているのだ。ネゴシエーションや落とし所を探る必要はない。顔を合わせて互いを信用し、取引を交わすだけの会合のはずだった。
美玲さんとワンシム、ツォン青年が小声で言葉を交わし、頷く。
『わかりました。交渉に合意します。皇女をそちらに』
おれは大げさに安堵のため息をついた。交渉内容が録画されているということ自体が抑止力となる。ここで一切合切反故にして暴力沙汰に訴えるとなれば、今度はMBS内での颯真のメンツが丸つぶれになるだろう。
「ワンシム閣下とMBS各位の賢明な判断に感謝しますよ」
言って、メモリを卓の端に押し出す。おずおずと近づいてきたツォン青年が回収する。
「さ、ファリスさん、こっちへ」
真凛がファリスに手を差し伸べる。
しかし、ファリスは動かなかった。
「ファリスさん」
「七瀬さん、そちらへは行けません。私と『鍵』を引き換えにしても、誰も救われない」
「ファリス、もう交渉は決着したし、メモリは渡したんだ。君がそこで立ち止まっていたって、『箱』の中身が戻ってくるわけじゃない」
「ですが、私は……」
「……おい。亘理陽司。どうするんだ。俺にこの女を突き出せというのか?」
微妙な沈黙が空気を満たした。今この場で、交渉の結果に不満があるのは、もっともメリットが有るはずのファリス・シィ・カラーティその人というわけだ。
「ええとですね。交渉もほぼ決着したということで、小話を一つ」
おれは、はははと薄ら寒い笑いをひとつして、場を埋めるべく話題を投げ込んだ。
「せっかくですから、おれ達がどうやって謎を解いたか、聞きたくありませんか?」
効果は劇的だった。
ファリス、颯真、美玲さん。そしてまだ詳しい説明をしていなかった真凛。
万事美玲に丸投げしていたはずのワンシムまでがおれを見つめていた。
「では、交渉妥結後の茶飲み話ということで。あ、ツォンさん、通訳お願いしますね」
ほどよく冷めた普洱茶で唇を湿して、おれは喋り始めた。
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