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第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆25:王の子供達-2
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美玲とワンシムの会話を尻目にドラゴン・スイートを後にすると、颯真は皇女の監禁場所に向かった。
この横浜でもっとも警備が厳重で、かつ脱出が困難、尋問が容易なところ。すなわち、ホテル内に設けられた美玲の私室である。
ノックをして暫く待つと返事があった。
「……どうぞ」
私室内の簡易的なリビング、それでも並の住宅よりよほど広いそこのソファに、ファリスは腰掛けていた。
「よく眠れたか?」
リビングに近づかず、ドアの傍に立ったままの颯真。
「ええ、美玲さんがよくしてくれましたので……」
夜明け前を思わせる紫色の瞳に見つめられ、颯真はややたじろいだ。視線を窓にそらす。
「ふ、ふん。気を許すなよ、捕虜に情けをかけて警戒心を緩めるのは、俺達の常套手段だからな」
颯真の皮肉っぽい発言に、皇女は力なく笑った。実際のところはまともに眠れたとは思えない。いかにスイートルームとはいえ敵地だ。
ファリスを捉えた美玲は、短慮なワンシムの危害が及ぶことを恐れ、尋問にかけると称し早々に自室に隔離したのである。以後は軟禁状態ながらも賓客待遇を施され、不自由はなかった。もっとも、
「実際にアンタが情報を隠し持っていなかったからこそだ。アレの瞳術で洗いざらい自白した上で、さらに拷問をするのは時間の無駄だからな」
昨夜のうちに美玲による催眠を用いた尋問を受けて、彼女はここに来た動機、いままでの活動などを包み隠さず話すこととなった。強力な暗示で抵抗は不可能だったが、すでに亘理達に告げていた事ばかりだったので、そもそも抵抗する必要もなかった。
「亘理さんたちが『鍵』と『箱』の謎を解いたというのは本当でしょうか?」
「ハッタリだ、と言いたいが恐らくは事実だろうな。午後からは身柄交換の交渉となる。その前に美玲がそれっぽい青痣のメイクでもするはずだ。ワンシムが喜ぶよう、せいぜい弱ったフリでもしておけ」
「そうですね……」
部屋に気まずい沈黙が満ちた。颯真は扉の前でしばらく腕を組んで突っ立っていたが、やがていたたまれなくなったように咳払いを何度かすると、やや根負けしたように口を開いた。
「……美玲から一通りは聞いた。アンタは国を立て直すために日本にやってきたそうだな」
「ええ。正直に言って、亘理さんには私のことなんか放っておいて、そのまま『箱』を欧米でも日本にでも持ち込んで、公開して欲しいと思っています。そうすれば少なくとも、ワンシム叔父様の背後にいる国家に一方的に搾取されることはなくなるでしょうから」
「だが、連中は交渉を求めてきた。である以上、アンタにも参加してもらう。ああ、自死しようなどとくだらないことは考えるなよ?その場合はアンタは寝込んで部屋にいるとでもして、そのまま交渉を進めるからな」
「そのつもりはありません。ここで私が逃げ出しては、力を尽くしてくれた亘理さんに報いることができなくなります。それに、きっと亘理さんなら、ここからでも最善の結果を出してくれるはずです」
「ほう。解せんな。亘理の事をずいぶんと信用しているようだが、日本に来てから、会ったばかりなのだろう?」
「そう、ですね。確かに不思議ですね」
「ま、俺にはどうでもいいことだがな」
「似ているのかもしれません」
「……誰にだ?」
「私の、兄にです」
「……アルセス皇子とやらか。ふん、あんな運動不足で寝不足なツラをしていたのか?」
「いいえ。顔立ちは、特に似ていません」
「では声か。背丈か?」
「いいえ。……たぶん、考え方だと思います」
「考え方?それはまた、あんなひねくれ者が他にいるとはな」
「颯真さん、ですね。亘理さんとは何度か会ったことがあると聞きましたが」
颯真は眉をしかめた。
「対して楽しい記憶じゃあない。それがどうかしたか」
「亘理さんの考え方。……ちょっと、私達にも似ていると思いませんか」
「私、達?俺と、アンタということか」
「ええ。我々、王族の人間に。いつも何か、本人の望まないところで、もっと大きな目標を持っている人間の考え方。どこか大局的な視点をもっているところ」
「買いかぶり過ぎではないか?そこまで頭が回る男とは思えんが」
「私の兄も、そういう人でした。普段は決して、そんな事を顔には出さない人。でもいつも先を見て考えていて、必要な時に必要なことが出来る。そういう人でした」
「ふん……」
私室に据え付けられた内線電話が鳴り響き、会話は打ち切られた。
『美玲か』
『ご準備を、坊ちゃま。亘理さんたちが、下のロビーに到着したとのことです』
この横浜でもっとも警備が厳重で、かつ脱出が困難、尋問が容易なところ。すなわち、ホテル内に設けられた美玲の私室である。
ノックをして暫く待つと返事があった。
「……どうぞ」
私室内の簡易的なリビング、それでも並の住宅よりよほど広いそこのソファに、ファリスは腰掛けていた。
「よく眠れたか?」
リビングに近づかず、ドアの傍に立ったままの颯真。
「ええ、美玲さんがよくしてくれましたので……」
夜明け前を思わせる紫色の瞳に見つめられ、颯真はややたじろいだ。視線を窓にそらす。
「ふ、ふん。気を許すなよ、捕虜に情けをかけて警戒心を緩めるのは、俺達の常套手段だからな」
颯真の皮肉っぽい発言に、皇女は力なく笑った。実際のところはまともに眠れたとは思えない。いかにスイートルームとはいえ敵地だ。
ファリスを捉えた美玲は、短慮なワンシムの危害が及ぶことを恐れ、尋問にかけると称し早々に自室に隔離したのである。以後は軟禁状態ながらも賓客待遇を施され、不自由はなかった。もっとも、
「実際にアンタが情報を隠し持っていなかったからこそだ。アレの瞳術で洗いざらい自白した上で、さらに拷問をするのは時間の無駄だからな」
昨夜のうちに美玲による催眠を用いた尋問を受けて、彼女はここに来た動機、いままでの活動などを包み隠さず話すこととなった。強力な暗示で抵抗は不可能だったが、すでに亘理達に告げていた事ばかりだったので、そもそも抵抗する必要もなかった。
「亘理さんたちが『鍵』と『箱』の謎を解いたというのは本当でしょうか?」
「ハッタリだ、と言いたいが恐らくは事実だろうな。午後からは身柄交換の交渉となる。その前に美玲がそれっぽい青痣のメイクでもするはずだ。ワンシムが喜ぶよう、せいぜい弱ったフリでもしておけ」
「そうですね……」
部屋に気まずい沈黙が満ちた。颯真は扉の前でしばらく腕を組んで突っ立っていたが、やがていたたまれなくなったように咳払いを何度かすると、やや根負けしたように口を開いた。
「……美玲から一通りは聞いた。アンタは国を立て直すために日本にやってきたそうだな」
「ええ。正直に言って、亘理さんには私のことなんか放っておいて、そのまま『箱』を欧米でも日本にでも持ち込んで、公開して欲しいと思っています。そうすれば少なくとも、ワンシム叔父様の背後にいる国家に一方的に搾取されることはなくなるでしょうから」
「だが、連中は交渉を求めてきた。である以上、アンタにも参加してもらう。ああ、自死しようなどとくだらないことは考えるなよ?その場合はアンタは寝込んで部屋にいるとでもして、そのまま交渉を進めるからな」
「そのつもりはありません。ここで私が逃げ出しては、力を尽くしてくれた亘理さんに報いることができなくなります。それに、きっと亘理さんなら、ここからでも最善の結果を出してくれるはずです」
「ほう。解せんな。亘理の事をずいぶんと信用しているようだが、日本に来てから、会ったばかりなのだろう?」
「そう、ですね。確かに不思議ですね」
「ま、俺にはどうでもいいことだがな」
「似ているのかもしれません」
「……誰にだ?」
「私の、兄にです」
「……アルセス皇子とやらか。ふん、あんな運動不足で寝不足なツラをしていたのか?」
「いいえ。顔立ちは、特に似ていません」
「では声か。背丈か?」
「いいえ。……たぶん、考え方だと思います」
「考え方?それはまた、あんなひねくれ者が他にいるとはな」
「颯真さん、ですね。亘理さんとは何度か会ったことがあると聞きましたが」
颯真は眉をしかめた。
「対して楽しい記憶じゃあない。それがどうかしたか」
「亘理さんの考え方。……ちょっと、私達にも似ていると思いませんか」
「私、達?俺と、アンタということか」
「ええ。我々、王族の人間に。いつも何か、本人の望まないところで、もっと大きな目標を持っている人間の考え方。どこか大局的な視点をもっているところ」
「買いかぶり過ぎではないか?そこまで頭が回る男とは思えんが」
「私の兄も、そういう人でした。普段は決して、そんな事を顔には出さない人。でもいつも先を見て考えていて、必要な時に必要なことが出来る。そういう人でした」
「ふん……」
私室に据え付けられた内線電話が鳴り響き、会話は打ち切られた。
『美玲か』
『ご準備を、坊ちゃま。亘理さんたちが、下のロビーに到着したとのことです』
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