人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第7話:『壱番街サーベイヤー』

◆26:王の子供達-1

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『一晩かかっても結局解読は出来なかったのか!この愚か者どもめが!』

 紅華飯店のドラゴン・スイートに、今朝もワンシムの怒声が響き渡る。劉颯真は一周回って興味が湧いたのか、ペットおもしろ動画を眺める体で馬耳東風を決め込みつつ、調息と内功の充実に意識を巡らせていた。昨日の限界を超えた駆動で焼け付いた筋肉や経絡は快癒している。フルマラソンはできなくとも、百メートル走であれば全力で走りきれる。

 この躯体は、あと一度の果たし合いであれば十全の機能を果たすであろう。次こそが決戦になる、という予感が確かにあった。不機嫌な肥満猫の相手は従者に任せておけばよい。傍らのツォン青年が必死に通訳するさまをみやり、颯真は大あくびをした。

『そうは仰られても閣下、二つの数列が揃えば暗号は解けると仰ったのは閣下ご自身ではありませんか。我々が解析を進めているのは、あくまでも契約外のサービスであるということをご理解頂きたいものです』
『セゼル大帝から皇族に伝えられた解読式が間違っているとでもいうのか!おおかた貴様らが回収した『箱』になにか細工がされていたのではないのか!?』
『ええ。おそらくそうでしょうね。そして、あちらは正解にたどり着いたようです』

 皇女がチョーカーに隠し持っていた『鍵』と、美玲が奪い取った『箱』。二つの数列を揃えたワンシムが自信満々で用いた暗号の解読が失敗すると、その後始末は結局MBSのスタッフの手に委ねられることとなった。

 だが結局解読は出来ず半ばさじを投げかけたところで、フレイムアップ側から取引の申し入れがあったのである。


『ワンシム・カラーティ閣下に告ぐ。暗号の解読結果と、皇女の身柄の交換取引に応じられたし。応じられない場合は、解読結果を欧米の然るべき機関に適正な価格で提供することもやむ無し』


 MBSの公式窓口経由で劉颯真に宛てられたシンプルなショートメッセージには、取引先の日時と場所も指定されていた。本日の夕方、それはまあいい。問題は場所の方だ。紅華飯店、ドラゴン・スイート。MBSの胃袋の中、つまりはワンシムのいる今この場所ということだ。

 まったく亘理陽司らしい悪辣なやり口である。

 メールを受け取った時、霍美玲は嘆息したものだった。

 フレイムアップからMBSへの公式な申し入れ、という形式を取ることで、自然、MBSの幹部……颯真の父や、跡目争い真っ最中の兄弟たちにも情報は伝わる。その時点で、颯真はこの問題を『将来の後継者としての資格を示しつつ』解決する必要に迫られることとなった。

 つまり、塞主としてのメンツを誇示し、堂々と、かつスマートに決着をつけなければならない。奪われた皇女を取り戻すため本拠地に乗り込んできた者たちをよってたかって袋叩きにする……それは合理的ではあるが、侠客としては許されない。競争相手たちはこぞって颯真を怯懦の徒として喧伝するだろう。策略の類は大きく制限されることになる。

 念の為にバックアップスタッフが一晩解読を続けたが結果は覆らず。必定、この交渉が決戦の場になることは自明だった。

『なぜ奴らに解読が出来て貴様らには出来んのだ!ファリスを出せ。おおかたあいつが何か情報を隠し持っていて、私に伝えていないのだろう!?』
『閣下、残念ながら私どもも皇女殿下を軟禁したうえで思いつく限りの熾烈な尋問を行っていますが、自白は得られていません。残念ながら、ヒントは彼女自身も知らないことかと』
『ふん!尋問の手口が手ぬるいのではないか?かつてはルーナライナの軍警を務めた私が直々に……』
『恐れながら閣下、私どもの尋問に貴人の立会はおすすめできません。中南海に知人の多い閣下のこと、紅花幇が捕虜をどのように扱うか、お耳にされたこともあるのでは?』
『む……。それはそうだが』

 やや鼻白むワンシム。紅花幇の尋問の苛烈さは裏社会でも広く知られるところだった。特に潜入した政府の密偵の正体がバレたときなどは凄まじく、大陸の公式記録では直接的な言及を避けられ、ただ『酸鼻、猖獗』と記されるにのみ留まるほどの責め苦が待っていたという。

『皇女殿下の方はお任せを。それよりも、相手方との交渉の準備を進めたほうが有益と存じます』
『私が出る必要があるのか?お前らの仕事であろうに』
『残念ながら今回は、相手の名指しです。少なくともテーブルについていただけなければ、その時点で交渉決裂とみなされる可能性があります』

 本当は美玲としても参加させたくないところである。現場と上層部に間隙がある時は、話を大きくして、上を引っ張り出して直接叩く。シンプルにして有用な交渉術だと言わざるを得ない。交渉相手としての亘理陽司も、油断できぬ相手と言えそうだった。

『交渉はお前たちの仕事だぞ。なんとしても解読結果を手に入れろ。このままではセンセイのプランから外されてしまうのだからな!』

 予防接種の注射針を向けられた家猫のように、ワンシムのがなり声が室内に響いた。
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