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第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆25:オープン・セサミ-1
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――セゼル大帝は晩年にこう言ったそうです。”極東の地に在りし、うずもれたもう一つの数列。『鍵』と『箱』を揃えたとき、失われし我らの最後の鉱脈が示される”と――
「そのはず、なんだがなあ」
――事務所のバイト用机に無骨な作業用PCを広げ、おれは唸った。すでに日付も変わろうかという時刻だが、とりあえずお疲れ様でした続きはまた明日から、などとほざく気分には微塵もなれず、おれは今できることを進めるしかなかった。
見つけ出した『箱』と皇女をかっさらわれたという弁解のしようもない失態を挽回する手は一つ。すなわち、『箱』を解読し、ファリスが探し求めていた金脈の位置を、MBSやその雇い主に先んじて見つけ出し、交渉に持ち込むこと。
ファリス自身が持ち込んだ『鍵』となる数列は、初日の時点ですでに羽美さんのマシンに取り込み済み。そして奪われる前に撮影しておいた、アルセス王子の残したもうひとつの『箱』も、画像解析によって数列としての取り込みが完了している。『鍵』と『箱』が揃っている以上、RSA暗号のしかるべき数式に投入すれば、自ずと復号され結果が判明する。
――そんなおれの目論見は、あっさり覆される羽目になった。
「亘理氏、数字をずらしてみたりとか、桁を組み替えてみたりとか、ざっと思いつくパターンは試してみたが、やはり解読はできんぞ」
隣の石動研究室から羽美さんが顔を出す。おれの要請に答え、彼女もまた、徹夜覚悟で付き合ってくれているのだった。
そう、二つの数列を合わせてみても、暗号はなぜか解けなかったのである。いくつかの理由が考えられた。たとえば、『箱』が他人に渡っても簡単に解読できないよう、ずらして記載されている可能性がある。本当の暗号が『1527』なら、紙には1字ずらして『2638』、あるいは逆から『7251』と記載しておく、などの手段だ。夕方から羽美さんとAIの力を借りて総当たりで解読を試みているのだが、結果は芳しくなかった。
「あまり複雑な手続きを設定してしまえば、『箱』を解く『鍵』がさらに必要になってしまいます。何らかの計算を必要とするにしても、今度はその計算結果を記した紙が残り、情報隠蔽のリスクになる。アルセス王子がセゼル大帝の日々の通信に用いていたのであれば、手の混んだものにはならない、暗算で済む程度の処置だったはずですが……」
ファリスの『鍵』が間違っていたのか。あるいはアルセスの『箱』に不備があったのか。羽美さんの解析の傍ら、これまでの経過を振り返ってみるが、打開策を見いだせなかった。
「ああ~~くそっ!今回はどうも後手後手に回っているなあ!」
それだけMBS側の打つ手が的確で、出し抜くチャンスがないということでもある。テイクアウトの牛丼に手を付ける気にもなれず、缶コーヒーを流し込むと、おれは椅子の上で胡座をかいて頭をかきむしった。
「足りない頭を煮詰めても焦げ付くだけだぞ亘理氏。外で気分転換するなり、シャワーでも浴びてきたらどうだ」
「そうは言いましても……」
「こう言ってはなんだが、不幸中の幸いでもある。小生が解析できんのに、MBSの連中に先を越されているとも思えん。金脈の在り処がわからぬ以上、皇女の身に危害が及ぶこともなかろう」
相手に合理的な判断力があればそうだろう。だが、あの『南山大王』を雇うような奴だ。個人的な感情を優先させてファリスに危害を加える可能性も十分ありうる。おれは羽美さんのメインフレームとリンクした自分のノートPCに、おれなりに思いつく限りの解読方法を打ち込み続けた。
「そのはず、なんだがなあ」
――事務所のバイト用机に無骨な作業用PCを広げ、おれは唸った。すでに日付も変わろうかという時刻だが、とりあえずお疲れ様でした続きはまた明日から、などとほざく気分には微塵もなれず、おれは今できることを進めるしかなかった。
見つけ出した『箱』と皇女をかっさらわれたという弁解のしようもない失態を挽回する手は一つ。すなわち、『箱』を解読し、ファリスが探し求めていた金脈の位置を、MBSやその雇い主に先んじて見つけ出し、交渉に持ち込むこと。
ファリス自身が持ち込んだ『鍵』となる数列は、初日の時点ですでに羽美さんのマシンに取り込み済み。そして奪われる前に撮影しておいた、アルセス王子の残したもうひとつの『箱』も、画像解析によって数列としての取り込みが完了している。『鍵』と『箱』が揃っている以上、RSA暗号のしかるべき数式に投入すれば、自ずと復号され結果が判明する。
――そんなおれの目論見は、あっさり覆される羽目になった。
「亘理氏、数字をずらしてみたりとか、桁を組み替えてみたりとか、ざっと思いつくパターンは試してみたが、やはり解読はできんぞ」
隣の石動研究室から羽美さんが顔を出す。おれの要請に答え、彼女もまた、徹夜覚悟で付き合ってくれているのだった。
そう、二つの数列を合わせてみても、暗号はなぜか解けなかったのである。いくつかの理由が考えられた。たとえば、『箱』が他人に渡っても簡単に解読できないよう、ずらして記載されている可能性がある。本当の暗号が『1527』なら、紙には1字ずらして『2638』、あるいは逆から『7251』と記載しておく、などの手段だ。夕方から羽美さんとAIの力を借りて総当たりで解読を試みているのだが、結果は芳しくなかった。
「あまり複雑な手続きを設定してしまえば、『箱』を解く『鍵』がさらに必要になってしまいます。何らかの計算を必要とするにしても、今度はその計算結果を記した紙が残り、情報隠蔽のリスクになる。アルセス王子がセゼル大帝の日々の通信に用いていたのであれば、手の混んだものにはならない、暗算で済む程度の処置だったはずですが……」
ファリスの『鍵』が間違っていたのか。あるいはアルセスの『箱』に不備があったのか。羽美さんの解析の傍ら、これまでの経過を振り返ってみるが、打開策を見いだせなかった。
「ああ~~くそっ!今回はどうも後手後手に回っているなあ!」
それだけMBS側の打つ手が的確で、出し抜くチャンスがないということでもある。テイクアウトの牛丼に手を付ける気にもなれず、缶コーヒーを流し込むと、おれは椅子の上で胡座をかいて頭をかきむしった。
「足りない頭を煮詰めても焦げ付くだけだぞ亘理氏。外で気分転換するなり、シャワーでも浴びてきたらどうだ」
「そうは言いましても……」
「こう言ってはなんだが、不幸中の幸いでもある。小生が解析できんのに、MBSの連中に先を越されているとも思えん。金脈の在り処がわからぬ以上、皇女の身に危害が及ぶこともなかろう」
相手に合理的な判断力があればそうだろう。だが、あの『南山大王』を雇うような奴だ。個人的な感情を優先させてファリスに危害を加える可能性も十分ありうる。おれは羽美さんのメインフレームとリンクした自分のノートPCに、おれなりに思いつく限りの解読方法を打ち込み続けた。
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