人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第7話:『壱番街サーベイヤー』

◆24:目覚める道化

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 陽が再び落ち、都会に闇が訪れた。


 そびえ立つビル群が四方に光を放ち夜を切り裂き、人類の生存圏の謳歌を誇示する。

 その足元の夜の蟠りの中を、男が這っていた。

 今までも、夜は男の居場所だった。だが、その意味合いが全く変わってしまっていた。昨夜まで、男は夜に君臨し、その暴力で存分に支配してきた。だが今、男は哀れにも建物の影から影へと、人目を避けて動き回るだけの存在だった。

 幾度となく地面に叩きつけられ、常人なら粉々に砕け散るほどの重傷を追った脊髄は、尋常ならざる生命力によってあらかた治癒してはいる。だが、致命傷を負っていたのは男の精神の方だった。わずかな物音にも過剰に怯え、牙を剥く。

 勝者から敗者へ。狩る者から狩られる者へ。生まれてから一度も経験したことのない立場に落ちぶれたことが、男の精神をひどく脆弱にしていた。通路の向こうの暗闇から、またあの凶暴な小娘が顔を出すのではないか?昨日までの主であったワンシムが、自らを始末する追手を差し向けてくるのではないか?

 なまじ弱者であれば、経験により慣れてコントロールできるはずの『追われる恐怖』に、昨日までビトール大佐と呼ばれていた男は、怯えすくんでいるのだった。

「――」

 背中から唐突にかけられた声に、背筋を竦ませる。だが、恐慌に至らなかったのは、その声に威圧がなく――そして何より、知っていた声だからだった。振り返り、内心で安堵のため息をつく。

「今更何の用だ」

 いざとなれば、自分の暴力で何とでもなる存在。その認識が、ビトールに本来の余裕を急速に取り戻させていった。

「――――」
「……何だと?」

 だから、その声の主の発言には耳を疑った。

「貴様、巫山戯ているのか!?」
「――――――――」
「いい加減にしろよキサマ、調子に乗っているとその首が吹き飛ぶことになるぞ」

 相手を威圧し、脅しつける。男が得意とする本来の会話を取り戻すと同時に、強力な怒りが膨れ上がっていった。『格下にナメられる』。それは街の不良であろうと、彼らのような異能の者であろうと、力のヒエラルキーに生きる者にとっては最下層への滑落を意味する、絶対に看過してはならない事象だったからだ。

「――――」

「ナメた口を叩くな。キサマの両手足を引き裂いて、内臓を引きずり出してやろうか」

 気の利いた言い回しは必要ない。暴力を誇示して要求し、相手が従わなければ実際に暴力を行使する。シンプルで強力な意思疎通。だが返答は、予想の遥か埒外だった。

「――――、――――」
「な……んだと……!?」

 ビトールの顔が驚愕に歪む。格下が格上に『ナメた態度』をとる。それは、あってはならないことだった。キレる、よりも先にもはや反射的に体が動いていた。腕を振るう。その右腕はすでに、昨夜と同じ、半ば獣のものと化していた。相手の頭は西瓜のように潰れて地面に叩きつけられ、それで全ては終わる、はずだった。

『――――、――――』
「あ…………」

 その時。

 唐突に、獣の直観がすべてを理解した。

 他者を常に『格上』か『格下』かでシンプルに判定してきたからこそわかった。

 これは決して逆らってはいけない相手。

 なぜ自分はこんな相手に『ナメた態度』を取ろうとしていたのか。ヒドい詐術だ。わかるわけがない。こんな化物が実際に存在するなんて、知るはずもないし、知っていたとして自分の前に現れることなどあるはずがないではないか。

『――――、――――、――――』

 ビトールは決して、知識豊かではなく、知恵を紡ぐことも得意な人物ではなかった。だから目の前で何が起きているかは把握できなかったし、自分が何をされているのかも正確に理解することは出来なかった。だがやはり直観できた。


 自分はもう助からない。


 それなのに、死によって苦しみから解放されることもない。


 永劫に、この苦しみを味わい続けるのだと。


 ねじれ歪み押しつぶされる意識の隅で、男は生まれて初めて恐怖に涙したようにも思う。だがその時、男には涙を知覚する視覚も皮膚感覚も残っていなかったし、そもそも涙腺すら多分もうなくなっていただろう。


 小国ルーナライナで暴威を奮ったビトール大佐は、二十四時間足らずで二度死んだ。

 一度目は大佐という肩書と、自身の培ってきたプライドの死。

 そして二度目は、その肉体と、存在の死であった。
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