人災派遣のフレイムアップ

紫電改

文字の大きさ
上 下
348 / 368
第7話:『壱番街サーベイヤー』

◆23:極東の地に眠りし秘宝−5

しおりを挟む
 マンガやドラマで、みぞおちを一発どすっと突くと気を失って倒れるという演出がよくある。あれが嘘であり、真実でもあるという事をおれは今はっきりと理解した。気絶をするのは嘘。ただし動けなくなるというのは事実。実際には気絶できないほどに痛い。何しろ鳩尾を打たれると横隔膜が痙攣して呼吸ができないので――。

「おま……、な、にを」

 いつもの冗談のどつきあいのレベルではない。加減こそしていたものの、間違いなく『技』だった。悶絶するおれを尻目に真凛はファリスにのしのしと詰め寄ると、

「えっ?ちょっ、あいたたたっ!」

 皇女が反射的に身を守ろうと掲げた腕の肘と肩を押さえ、あっさりと後ろ手に関節を極めてそのまま押し出す。逮捕術の基本技。外そうとししたり痛みから逃れようとすれば、自然に自分から前に歩きだしてしまう。

「真凛さん、どうしたんですか!?真凛さん!」

 女子二人はもつれながら、倉庫の入り口へと向かっていく。

 扉の向こうにいたのは。

『オツカレサマの事です。七瀬サン。スナオで助かるの事デス」

 撤退したはずの美玲さんその人だった。
 

 
 
『ルーナライナの皇女ファリス殿下。そして彼女が探し求めた『箱』。確かに回収させていただきます。お疲れ様でした、亘理さん』
「そんな、貴方達はさっき引き下がったはずでは……!」

 極められた腕をそのまま美玲さんに引き渡され、ファリスが呻いた。その手からあっさりと『箱』を取り上げて確認すると、満足げに胸元にしまい込む。

 ……くそ、迂闊も二回目じゃ笑えないぞ!

 ようやく呼吸を取り戻したおれは上体を起こす。

「あの時か。真凛と交錯したあの一瞬で、貴方は瞳術を仕込んだんですね」

 『双睛』は仕草、言葉、体香、あらゆる手管で五感を冒し人を虜にする。しかしてその真の切り札は、一族に継承された特殊な虹彩による『瞳術』だった。

 彼女の瞳を縁取る虹彩には生まれつき独特な模様が刻まれており、目を合わせた相手の無意識に、幾何学的錯視画像を覗き込んだ時のような不安定さをもたらす。そして、人間の深層心理を熟知した彼女自身が言葉とともに一定のパターンで瞳孔を収縮、拡大することにより、相手の意識を籠絡し、催眠状態に陥れるのだ。

 視線を交わし、言葉を交わし、意思を伝えるというヒトとヒトとのコミュニケーションに潜むバックドア。これを王佐の術として自在に操るべく研ぎ澄まし、血縁に刻み込み現代まで繋げた一族の末裔。それがMBSの幹部、劉颯真を補佐する『双睛』、霍美玲であった。

『ええ。最後に真凛さんが私に攻撃を仕掛けた時。あの時点で暗示を叩き込みました。地図を見つけたら、皇女と地図を確保して部屋の外に出てきなさい、とね』
「いくらなんでも、思慮の足らない未成年を騙くらかすのは年長者としていかがなものかと思うんですがねぇ」
『ご冗談を。生死の境に在る武術家の意識に暗示を仕込むなど、猛獣の口に腕を突っ込むようなものです。七瀬さんへの瞳術は、正直ここ数年でも会心の出来と自負しています』

 いくら異能の域に達した催眠術と言っても、好き勝手に命令したり、都合よく記憶を改竄できるはずはない。当然ながら意志の強い者、警戒しているものにはかかりにくい。おれも最初から気をつけていたが、美玲さんは真凛が颯真との戦いで気力を使い果たし、集中力が途切れた一瞬を狙って暗示を叩き込んだのだろう。

 二人がこのタイミングで戦闘を仕掛けてきたのは、すべて布石だったのだ。おそらく先程の襲撃の時点で何パターンかの罠を仕掛けていたわけだ。単純に颯真が真凛を打倒した場合。忍び寄った美玲さんが皇女を捉えた場合、そしてどちらも外れた場合。そしておれ達は見事に最後に躓いたというわけだ。

『さて、種明かしはここまでです。貴方のお得意な時間稼ぎも、二度は通じません』
「……そりゃどうも」

 尻ポケットで閃光弾モード充填完了の『アル話ルド君』を抜き放つ暇は与えられなかった。片手で皇女の腕を捕らえつつ、もう片方の腕で飛針を構え、ぴたりとおれの眉間に狙いを定める。小細工など通じない、と言わんばかりの見事な残心を意地しつつ、美玲さんはファリス皇女を捉えたまま後退する。つけこむ隙は、ついに見いだせなかった。

「……ファリス、すまない。少しだけ我慢していてくれ。必ず迎えに行く」
「亘理さん、私はいいです。それより『箱』を、どうかこの人達に解読される前に……!」

 扉が閉まる。

 窓の外にかすかにハイブリッド車のモーター音。MBSのバックアップチームの用意した車だろう。構内は許可車両しか乗り入れてはいかんというのに。

「……あれ?ボク、何を……?」

 扉が閉まると同時に暗示が解けたのか、真凛が呆然とつぶやいた。

 完全にしてやられた。MBSがおれ達を暗号獲得のために泳がせていると知り、襲撃の目的も理解していながら、最後には出し抜く自信があった――、その結果がこれだ。

「ちくしょう!」

 おれの怒声と蹴り飛ばしたゴミは、閉じられた扉に虚しく弾き返された。
しおりを挟む
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

投稿インセンティブで月額23万円を稼いだ方法。

克全
エッセイ・ノンフィクション
「カクヨム」にも投稿しています。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

私、事務ですけど?

フルーツパフェ
経済・企業
自動車業界変革の煽りを受けてリストラに追い込まれた事務のOL、霜月初香。 再就職先は電気部品の受注生産を手掛ける、とある中小企業だった。 前職と同じ事務職に就いたことで落ち着いた日常を取り戻すも、突然社長から玩具ロボットの組込みソフトウェア開発を任される。 エクセルマクロのプログラミングしか経験のない元OLは、組込みソフトウェアを開発できるのか。 今話題のIoT、DX、CASE――における日本企業の現状。

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

JOKER

札幌5R
経済・企業
この物語は主人公の佐伯承夏と水森警察署の仲間との対話中心で進んでいきます。 全体的に、アクション、仲間意識、そして少しのユーモアが組み合わさった物語であり、水森警察署の警察官が日常的に直面する様々な挑戦を描いています。 初めて書いた作品ですのでお手柔らかに。 なんかの間違えでバズらないかな

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

処理中です...