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第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆23:極東の地に眠りし秘宝−5
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マンガやドラマで、みぞおちを一発どすっと突くと気を失って倒れるという演出がよくある。あれが嘘であり、真実でもあるという事をおれは今はっきりと理解した。気絶をするのは嘘。ただし動けなくなるというのは事実。実際には気絶できないほどに痛い。何しろ鳩尾を打たれると横隔膜が痙攣して呼吸ができないので――。
「おま……、な、にを」
いつもの冗談のどつきあいのレベルではない。加減こそしていたものの、間違いなく『技』だった。悶絶するおれを尻目に真凛はファリスにのしのしと詰め寄ると、
「えっ?ちょっ、あいたたたっ!」
皇女が反射的に身を守ろうと掲げた腕の肘と肩を押さえ、あっさりと後ろ手に関節を極めてそのまま押し出す。逮捕術の基本技。外そうとししたり痛みから逃れようとすれば、自然に自分から前に歩きだしてしまう。
「真凛さん、どうしたんですか!?真凛さん!」
女子二人はもつれながら、倉庫の入り口へと向かっていく。
扉の向こうにいたのは。
『オツカレサマの事です。七瀬サン。スナオで助かるの事デス」
撤退したはずの美玲さんその人だった。
『ルーナライナの皇女ファリス殿下。そして彼女が探し求めた『箱』。確かに回収させていただきます。お疲れ様でした、亘理さん』
「そんな、貴方達はさっき引き下がったはずでは……!」
極められた腕をそのまま美玲さんに引き渡され、ファリスが呻いた。その手からあっさりと『箱』を取り上げて確認すると、満足げに胸元にしまい込む。
……くそ、迂闊も二回目じゃ笑えないぞ!
ようやく呼吸を取り戻したおれは上体を起こす。
「あの時か。真凛と交錯したあの一瞬で、貴方は瞳術を仕込んだんですね」
『双睛』は仕草、言葉、体香、あらゆる手管で五感を冒し人を虜にする。しかしてその真の切り札は、一族に継承された特殊な虹彩による『瞳術』だった。
彼女の瞳を縁取る虹彩には生まれつき独特な模様が刻まれており、目を合わせた相手の無意識に、幾何学的錯視画像を覗き込んだ時のような不安定さをもたらす。そして、人間の深層心理を熟知した彼女自身が言葉とともに一定のパターンで瞳孔を収縮、拡大することにより、相手の意識を籠絡し、催眠状態に陥れるのだ。
視線を交わし、言葉を交わし、意思を伝えるというヒトとヒトとのコミュニケーションに潜むバックドア。これを王佐の術として自在に操るべく研ぎ澄まし、血縁に刻み込み現代まで繋げた一族の末裔。それがMBSの幹部、劉颯真を補佐する『双睛』、霍美玲であった。
『ええ。最後に真凛さんが私に攻撃を仕掛けた時。あの時点で暗示を叩き込みました。地図を見つけたら、皇女と地図を確保して部屋の外に出てきなさい、とね』
「いくらなんでも、思慮の足らない未成年を騙くらかすのは年長者としていかがなものかと思うんですがねぇ」
『ご冗談を。生死の境に在る武術家の意識に暗示を仕込むなど、猛獣の口に腕を突っ込むようなものです。七瀬さんへの瞳術は、正直ここ数年でも会心の出来と自負しています』
いくら異能の域に達した催眠術と言っても、好き勝手に命令したり、都合よく記憶を改竄できるはずはない。当然ながら意志の強い者、警戒しているものにはかかりにくい。おれも最初から気をつけていたが、美玲さんは真凛が颯真との戦いで気力を使い果たし、集中力が途切れた一瞬を狙って暗示を叩き込んだのだろう。
二人がこのタイミングで戦闘を仕掛けてきたのは、すべて布石だったのだ。おそらく先程の襲撃の時点で何パターンかの罠を仕掛けていたわけだ。単純に颯真が真凛を打倒した場合。忍び寄った美玲さんが皇女を捉えた場合、そしてどちらも外れた場合。そしておれ達は見事に最後に躓いたというわけだ。
『さて、種明かしはここまでです。貴方のお得意な時間稼ぎも、二度は通じません』
「……そりゃどうも」
尻ポケットで閃光弾モード充填完了の『アル話ルド君』を抜き放つ暇は与えられなかった。片手で皇女の腕を捕らえつつ、もう片方の腕で飛針を構え、ぴたりとおれの眉間に狙いを定める。小細工など通じない、と言わんばかりの見事な残心を意地しつつ、美玲さんはファリス皇女を捉えたまま後退する。つけこむ隙は、ついに見いだせなかった。
「……ファリス、すまない。少しだけ我慢していてくれ。必ず迎えに行く」
「亘理さん、私はいいです。それより『箱』を、どうかこの人達に解読される前に……!」
扉が閉まる。
窓の外にかすかにハイブリッド車のモーター音。MBSのバックアップチームの用意した車だろう。構内は許可車両しか乗り入れてはいかんというのに。
「……あれ?ボク、何を……?」
扉が閉まると同時に暗示が解けたのか、真凛が呆然とつぶやいた。
完全にしてやられた。MBSがおれ達を暗号獲得のために泳がせていると知り、襲撃の目的も理解していながら、最後には出し抜く自信があった――、その結果がこれだ。
「ちくしょう!」
おれの怒声と蹴り飛ばしたゴミは、閉じられた扉に虚しく弾き返された。
「おま……、な、にを」
いつもの冗談のどつきあいのレベルではない。加減こそしていたものの、間違いなく『技』だった。悶絶するおれを尻目に真凛はファリスにのしのしと詰め寄ると、
「えっ?ちょっ、あいたたたっ!」
皇女が反射的に身を守ろうと掲げた腕の肘と肩を押さえ、あっさりと後ろ手に関節を極めてそのまま押し出す。逮捕術の基本技。外そうとししたり痛みから逃れようとすれば、自然に自分から前に歩きだしてしまう。
「真凛さん、どうしたんですか!?真凛さん!」
女子二人はもつれながら、倉庫の入り口へと向かっていく。
扉の向こうにいたのは。
『オツカレサマの事です。七瀬サン。スナオで助かるの事デス」
撤退したはずの美玲さんその人だった。
『ルーナライナの皇女ファリス殿下。そして彼女が探し求めた『箱』。確かに回収させていただきます。お疲れ様でした、亘理さん』
「そんな、貴方達はさっき引き下がったはずでは……!」
極められた腕をそのまま美玲さんに引き渡され、ファリスが呻いた。その手からあっさりと『箱』を取り上げて確認すると、満足げに胸元にしまい込む。
……くそ、迂闊も二回目じゃ笑えないぞ!
ようやく呼吸を取り戻したおれは上体を起こす。
「あの時か。真凛と交錯したあの一瞬で、貴方は瞳術を仕込んだんですね」
『双睛』は仕草、言葉、体香、あらゆる手管で五感を冒し人を虜にする。しかしてその真の切り札は、一族に継承された特殊な虹彩による『瞳術』だった。
彼女の瞳を縁取る虹彩には生まれつき独特な模様が刻まれており、目を合わせた相手の無意識に、幾何学的錯視画像を覗き込んだ時のような不安定さをもたらす。そして、人間の深層心理を熟知した彼女自身が言葉とともに一定のパターンで瞳孔を収縮、拡大することにより、相手の意識を籠絡し、催眠状態に陥れるのだ。
視線を交わし、言葉を交わし、意思を伝えるというヒトとヒトとのコミュニケーションに潜むバックドア。これを王佐の術として自在に操るべく研ぎ澄まし、血縁に刻み込み現代まで繋げた一族の末裔。それがMBSの幹部、劉颯真を補佐する『双睛』、霍美玲であった。
『ええ。最後に真凛さんが私に攻撃を仕掛けた時。あの時点で暗示を叩き込みました。地図を見つけたら、皇女と地図を確保して部屋の外に出てきなさい、とね』
「いくらなんでも、思慮の足らない未成年を騙くらかすのは年長者としていかがなものかと思うんですがねぇ」
『ご冗談を。生死の境に在る武術家の意識に暗示を仕込むなど、猛獣の口に腕を突っ込むようなものです。七瀬さんへの瞳術は、正直ここ数年でも会心の出来と自負しています』
いくら異能の域に達した催眠術と言っても、好き勝手に命令したり、都合よく記憶を改竄できるはずはない。当然ながら意志の強い者、警戒しているものにはかかりにくい。おれも最初から気をつけていたが、美玲さんは真凛が颯真との戦いで気力を使い果たし、集中力が途切れた一瞬を狙って暗示を叩き込んだのだろう。
二人がこのタイミングで戦闘を仕掛けてきたのは、すべて布石だったのだ。おそらく先程の襲撃の時点で何パターンかの罠を仕掛けていたわけだ。単純に颯真が真凛を打倒した場合。忍び寄った美玲さんが皇女を捉えた場合、そしてどちらも外れた場合。そしておれ達は見事に最後に躓いたというわけだ。
『さて、種明かしはここまでです。貴方のお得意な時間稼ぎも、二度は通じません』
「……そりゃどうも」
尻ポケットで閃光弾モード充填完了の『アル話ルド君』を抜き放つ暇は与えられなかった。片手で皇女の腕を捕らえつつ、もう片方の腕で飛針を構え、ぴたりとおれの眉間に狙いを定める。小細工など通じない、と言わんばかりの見事な残心を意地しつつ、美玲さんはファリス皇女を捉えたまま後退する。つけこむ隙は、ついに見いだせなかった。
「……ファリス、すまない。少しだけ我慢していてくれ。必ず迎えに行く」
「亘理さん、私はいいです。それより『箱』を、どうかこの人達に解読される前に……!」
扉が閉まる。
窓の外にかすかにハイブリッド車のモーター音。MBSのバックアップチームの用意した車だろう。構内は許可車両しか乗り入れてはいかんというのに。
「……あれ?ボク、何を……?」
扉が閉まると同時に暗示が解けたのか、真凛が呆然とつぶやいた。
完全にしてやられた。MBSがおれ達を暗号獲得のために泳がせていると知り、襲撃の目的も理解していながら、最後には出し抜く自信があった――、その結果がこれだ。
「ちくしょう!」
おれの怒声と蹴り飛ばしたゴミは、閉じられた扉に虚しく弾き返された。
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