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第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆23:極東の地に眠りし秘宝−3
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シンプルなのはすべてを観念し、粛々と祖国に出頭することだ。だがこれでは、『箱』も金脈もセゼルに回収されることとなり、今回の依頼そのものが発生しない。となれば、皇子は拘束する前に情報の隠蔽を図ったと考えるしか無い。
設定を詰めた上で当時の状況を脳内でトレース。アルセスがいつもどおり研究室と寮の往復を送っている日々、そこにいきなり祖国の命を受けた人間がやってきて拘束される。仮にも皇族だ、極端に手荒な真似はされなかっただろう。
だが当然、隠蔽などの小細工をする時間はほとんど与えられなかったに違いない。隠すチャンスがあったとしたら一瞬。隠すべき情報は……暗号そのものである数列。金脈の位置情報。これは緯度と経度に変換できる。すなわち、いずれも数字。
ファリスは彼女の『鍵』を紙に書いてチョーカーに隠し持ち歩いていた。ではアルセスは普段、どこに隠していた?寮住まい、研究に打ち込む大学院生の男。自室にも職場にも他人が出入りする可能性がある。動きやすい服の上に白衣でも羽織っていただろうか。
ときには王族の仕事として企業とも会食。それなりにフォーマルな礼服を着ることもあったろう。肌身離さず、頻繁に着替えをしてもいちいち取り出したり別のものに移し替えずにすむモノ、ところ。だが財布やケータイは論外だ、真っ先に取り上げられる。となれば……。
おれはアルセスの私物が収められたダンボール箱の中から、メガネを取り上げた。
「それは、アルセス兄様の……」
デザインよりも装着性を重視した、厚めの無骨な黒いフレームのもの。度がかなり強く、読書用と思われた。今のご時世、100円ショップでも売ってそうなチープな代物だった。
「ええっと、アルセス氏は日本に来る前から、この眼鏡をしていた?」
「……いえ。それとは別の眼鏡をしていました」
「なるほど。だが日本のブランドじゃない。こちらに来るときに買い揃えたかな……。眼鏡をかける習慣はあったんだね?」
「はい。近視気味とのことで、プライベートでは。公務のときは外していましたが……」
「了解了解。それでわかった」
おれはつるの左右を指で確かめると――右側を力を込めてねじる。プラスチックがべきん、と音を立てた。
「ちょっ、陽司何やってるの!?」
「ほれ、見てみな」
おれはつるをファリスと真凛に見せる。おれはつるをねじり折った、わけではない。強くひねることによって、巧妙にねじこまれていたパーツが外れていた。つるの端の部分が丁度キャップの役割を果たしていた格好だ。
「スパイの小道具の一つでね。眼鏡のフレームの中に空洞を作り、機密情報やメモをしまい込む。もちろん隠せる情報の量はたかが知れてるが……人間には覚えきれず、かといってデジタル媒体に記憶するまでもない数十桁のパスワードの収納にはうってつけだ」
おれは中に収められていた、丸められた細長い紙の筒を取り出す。
「第二次世界大戦あたりによく使われた小技だ。セゼル大帝からアルセス皇子に継承されたってところかな。この手法の良いところは、昔から愛用している読書眼鏡と言えば安物を持ち歩いてもそう怪しまれず、いざ機密がバレそうという時に処分しても疑われにくい、ということだ。アルセス皇子はセゼル大帝の手のものに身柄を抑えられた時、この眼鏡を研究室の机にしまい込んで、裸眼で出頭したんだろう。……いずれ取りに帰るつもりだったのかも知れないが」
言いつつ、丸まった紙の筒を解いていく。……それは数日前、ファリスがチョーカーから取り出してみせたものとほぼ同じだった。
「亘理、さん。では、それが……」
ファリスの声が上ずる。心臓のあたりに両の手を当て、絞り出すようにささやいた。
「――ああ。これこそが君が海を渡ってまで探し求めたもの。ルーナライナの大帝セゼルが皇子アルセスに与えた金脈の情報が記された『箱』さ」
広げられた羊皮紙には、びっしりと数列が敷き詰められていた。
設定を詰めた上で当時の状況を脳内でトレース。アルセスがいつもどおり研究室と寮の往復を送っている日々、そこにいきなり祖国の命を受けた人間がやってきて拘束される。仮にも皇族だ、極端に手荒な真似はされなかっただろう。
だが当然、隠蔽などの小細工をする時間はほとんど与えられなかったに違いない。隠すチャンスがあったとしたら一瞬。隠すべき情報は……暗号そのものである数列。金脈の位置情報。これは緯度と経度に変換できる。すなわち、いずれも数字。
ファリスは彼女の『鍵』を紙に書いてチョーカーに隠し持ち歩いていた。ではアルセスは普段、どこに隠していた?寮住まい、研究に打ち込む大学院生の男。自室にも職場にも他人が出入りする可能性がある。動きやすい服の上に白衣でも羽織っていただろうか。
ときには王族の仕事として企業とも会食。それなりにフォーマルな礼服を着ることもあったろう。肌身離さず、頻繁に着替えをしてもいちいち取り出したり別のものに移し替えずにすむモノ、ところ。だが財布やケータイは論外だ、真っ先に取り上げられる。となれば……。
おれはアルセスの私物が収められたダンボール箱の中から、メガネを取り上げた。
「それは、アルセス兄様の……」
デザインよりも装着性を重視した、厚めの無骨な黒いフレームのもの。度がかなり強く、読書用と思われた。今のご時世、100円ショップでも売ってそうなチープな代物だった。
「ええっと、アルセス氏は日本に来る前から、この眼鏡をしていた?」
「……いえ。それとは別の眼鏡をしていました」
「なるほど。だが日本のブランドじゃない。こちらに来るときに買い揃えたかな……。眼鏡をかける習慣はあったんだね?」
「はい。近視気味とのことで、プライベートでは。公務のときは外していましたが……」
「了解了解。それでわかった」
おれはつるの左右を指で確かめると――右側を力を込めてねじる。プラスチックがべきん、と音を立てた。
「ちょっ、陽司何やってるの!?」
「ほれ、見てみな」
おれはつるをファリスと真凛に見せる。おれはつるをねじり折った、わけではない。強くひねることによって、巧妙にねじこまれていたパーツが外れていた。つるの端の部分が丁度キャップの役割を果たしていた格好だ。
「スパイの小道具の一つでね。眼鏡のフレームの中に空洞を作り、機密情報やメモをしまい込む。もちろん隠せる情報の量はたかが知れてるが……人間には覚えきれず、かといってデジタル媒体に記憶するまでもない数十桁のパスワードの収納にはうってつけだ」
おれは中に収められていた、丸められた細長い紙の筒を取り出す。
「第二次世界大戦あたりによく使われた小技だ。セゼル大帝からアルセス皇子に継承されたってところかな。この手法の良いところは、昔から愛用している読書眼鏡と言えば安物を持ち歩いてもそう怪しまれず、いざ機密がバレそうという時に処分しても疑われにくい、ということだ。アルセス皇子はセゼル大帝の手のものに身柄を抑えられた時、この眼鏡を研究室の机にしまい込んで、裸眼で出頭したんだろう。……いずれ取りに帰るつもりだったのかも知れないが」
言いつつ、丸まった紙の筒を解いていく。……それは数日前、ファリスがチョーカーから取り出してみせたものとほぼ同じだった。
「亘理、さん。では、それが……」
ファリスの声が上ずる。心臓のあたりに両の手を当て、絞り出すようにささやいた。
「――ああ。これこそが君が海を渡ってまで探し求めたもの。ルーナライナの大帝セゼルが皇子アルセスに与えた金脈の情報が記された『箱』さ」
広げられた羊皮紙には、びっしりと数列が敷き詰められていた。
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