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第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆22:蛟竜踏雲−2
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「……立つか……」
颯真が目を剥く。そこには、颯真以上に無残な有様ながら、立ち上がり颯真を見据える真凛の姿があった。
「心への一撃はもとより……、肺脾肝腎……すべてに勁が徹ったはずだ。なぜ立てる?」
その問に込められていたのは、必勝の布陣を破られたことへの深刻な疑問か、己の想定を上回ってみせた好敵手への讃辞か。相対する真凛の方はといえば、息がある自分が信じられないといった体で己の両掌をまじまじと
「……昨日までだったら……詰んでたかな」
などとのたまった。
「……うん。確かに。昨日のアレだよ。空中で、重心をつくるコツ……」
腕を重たげに掲げ、構える。おそらくその骨肉と臓腑には、大型トラックに衝突された時と同等のダメージが蓄積されているはずだ。
「……おっけ、だいたいわかった。次はもっとうまく行ける……!」
「化生め……!」
おそらく真凛は、昨夜の『南山大王』との戦いで見せたカウンターの一撃で、中空に浮いた状態で軸を作り回転し衝撃を逃がすコツを身に着け、それを以って颯真の連撃の衝撃を幾許か相殺したのだろう。
血のにじむような研鑽で得た技をその場の勘で凌がれた颯真の憤怒は想像するにあまりある。センスなどという都合の良い言葉で片付けるには残酷すぎる現実だった。
「……良いだろう。ならば次は」
全身にダメージを負った真凛と内功を使い果たした颯真。どちらも調息は済ませた。足りないものを嘆くのは死んでからいくらでもできる。手持ちの札で最善を尽くすだけのこと。決着をつけるべく激発をーー。
「陽司!」
だが真凛が視線を向けて叫んだのは、おれの方だった。
「――っ!」
その一言。それでおれは真凛が何に気づき、自分が何に気づけなかったのかを理解した。後ろを振り返りざま、咄嗟にジャケットの内ポケットから『アル話ルド君』スタンガンモードを抜き放とうとするが、手首にしたたかな衝撃を受け、あっさりと取り落とす。
「亘理さん!」
「……いや、まんまと引っかかりましたよ」
おれは手刀を叩き込んだ相手……背後に回り込んで、皇女を拘束した美玲さんを見やった。さっきまで間違いなく颯真の向こう側にいたはず、などという認識はこの『双睛』には通じない。
「瞳術の類には気をつけていたつもりだったんですがね」
『ええ、警戒している貴方に繊細な幻覚が通じるとは思っていません。坊ちゃま達に意識を向けて視線から外れた隙に、距離感だけを騙させていただきました。タネはシンプルな方が引っ掛けやすい。先日高速道路上でとある人に身をもって味わわされましたので』
「そりゃ恐縮……!」
相手の視野を利用して意識を誘導するのは、スポーツでも戦術でも基本である。おれの周辺視野の隅に己の姿を認識させつつ、距離だけを詰めたというあたりか。
『では再見。無駄な抵抗は怪我を増やすだけですよ。貴方が生身で私を制圧できると思う程、愚かではないでしょう?』
何らかの体術なのだろう、己の片腕を皇女の片腕に絡めるだけで、完全に動きを封じている。残りの手足は完全にフリーで、おれがつかみかかっても一蹴されるのがオチだった。
「……ええ。確かにこりゃ打つ手なしでしたよ」
おれは息を落とす。
「昨日までは、ね」
「はい!」
『なっ!?』
驚愕の声を上げたのは美玲さん。先程まで観念した人形のようにぐったりとしていたはずのファリスが突如自由な方の腕を跳ね上げて突き出したのだ。
颯真が目を剥く。そこには、颯真以上に無残な有様ながら、立ち上がり颯真を見据える真凛の姿があった。
「心への一撃はもとより……、肺脾肝腎……すべてに勁が徹ったはずだ。なぜ立てる?」
その問に込められていたのは、必勝の布陣を破られたことへの深刻な疑問か、己の想定を上回ってみせた好敵手への讃辞か。相対する真凛の方はといえば、息がある自分が信じられないといった体で己の両掌をまじまじと
「……昨日までだったら……詰んでたかな」
などとのたまった。
「……うん。確かに。昨日のアレだよ。空中で、重心をつくるコツ……」
腕を重たげに掲げ、構える。おそらくその骨肉と臓腑には、大型トラックに衝突された時と同等のダメージが蓄積されているはずだ。
「……おっけ、だいたいわかった。次はもっとうまく行ける……!」
「化生め……!」
おそらく真凛は、昨夜の『南山大王』との戦いで見せたカウンターの一撃で、中空に浮いた状態で軸を作り回転し衝撃を逃がすコツを身に着け、それを以って颯真の連撃の衝撃を幾許か相殺したのだろう。
血のにじむような研鑽で得た技をその場の勘で凌がれた颯真の憤怒は想像するにあまりある。センスなどという都合の良い言葉で片付けるには残酷すぎる現実だった。
「……良いだろう。ならば次は」
全身にダメージを負った真凛と内功を使い果たした颯真。どちらも調息は済ませた。足りないものを嘆くのは死んでからいくらでもできる。手持ちの札で最善を尽くすだけのこと。決着をつけるべく激発をーー。
「陽司!」
だが真凛が視線を向けて叫んだのは、おれの方だった。
「――っ!」
その一言。それでおれは真凛が何に気づき、自分が何に気づけなかったのかを理解した。後ろを振り返りざま、咄嗟にジャケットの内ポケットから『アル話ルド君』スタンガンモードを抜き放とうとするが、手首にしたたかな衝撃を受け、あっさりと取り落とす。
「亘理さん!」
「……いや、まんまと引っかかりましたよ」
おれは手刀を叩き込んだ相手……背後に回り込んで、皇女を拘束した美玲さんを見やった。さっきまで間違いなく颯真の向こう側にいたはず、などという認識はこの『双睛』には通じない。
「瞳術の類には気をつけていたつもりだったんですがね」
『ええ、警戒している貴方に繊細な幻覚が通じるとは思っていません。坊ちゃま達に意識を向けて視線から外れた隙に、距離感だけを騙させていただきました。タネはシンプルな方が引っ掛けやすい。先日高速道路上でとある人に身をもって味わわされましたので』
「そりゃ恐縮……!」
相手の視野を利用して意識を誘導するのは、スポーツでも戦術でも基本である。おれの周辺視野の隅に己の姿を認識させつつ、距離だけを詰めたというあたりか。
『では再見。無駄な抵抗は怪我を増やすだけですよ。貴方が生身で私を制圧できると思う程、愚かではないでしょう?』
何らかの体術なのだろう、己の片腕を皇女の片腕に絡めるだけで、完全に動きを封じている。残りの手足は完全にフリーで、おれがつかみかかっても一蹴されるのがオチだった。
「……ええ。確かにこりゃ打つ手なしでしたよ」
おれは息を落とす。
「昨日までは、ね」
「はい!」
『なっ!?』
驚愕の声を上げたのは美玲さん。先程まで観念した人形のようにぐったりとしていたはずのファリスが突如自由な方の腕を跳ね上げて突き出したのだ。
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