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第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆22:蛟竜踏雲−1
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「――っ」
両の足が大地を離れる。絶望的な浮揚感。
回避不能の颯真の拳を、真凛は身体を浮かせて受け止めることで対処した。これ以外の方法はなかった。小手先で捌ける拳ではなく、四肢を踏ん張って受ければ膨大な剄が内蔵に突き抜け、その時点で勝負は決していたのだ。
必至の展開。そしてこれは詰みである。
身体が宙にあるということは、いかに四肢に力を込めても反動を得られず姿勢をただすことが出来ないと言うこと。ただ物理法則のままに後方に流され、上昇し、下降する――その落下点に、すでに颯真が滑り込んでいた。渾身の一打を見舞った硬直状態からなお下肢に剄を注ぎ込んで前進する歩法の神髄。そして、
「吩!」
息は継げない。筋肉で臓腑を締め上げ血流を加速。残存剄のすべてを焼杓し、颯真が舞った。
四征拳六十五手の二、『廻風打雷』。
宙に舞い上がりながら次々と致命の連撃を繰り出すその威力は四征拳の中でも最大級を誇る。とはいえ所詮は初歩の手、隙が大きい演武用の|花紹(みせわざ)。実戦で当たることなどほとんどない――たとえば、相手が宙空にいて身動きが出来ないような状況でもない限り。
『竜尾』、『竜爪』、『竜顎』、『懲雷』。
旋を巻いて暴風と化した『朝天吼』から放たれる、弾腿、鉤手、手刀、斧刃脚。何れも必中必殺。肉と肉がぶつかり合う音では断じてない爆裂音が四つ響き、七瀬真凛は跳ね上げられ、捻じ曲げられ、そして大地に打ちつけられた。
「真凛さん!」
「――マジかよ」
我知らず声が漏れた。真凛が一方的に敗れ、地面に倒れ伏している。起きあがる気配すらない。異常な沈黙。戦端が開かれてから一分も経過していない。
それは、居合じみた立ち会いだった。颯真は最初から全身全霊を研ぎ澄ませ、一撃で仕留める肚だったのだ。
おれは己の迂闊を呪った。
「…………ッ!カァッ!ハッ!」
だが当の颯真も、真凛に近寄って止めを刺すには至らなかった。百の力を出す躯体を、自己暗示と呼吸法によって百五十の出力で駆動した代償。
わずか数秒の動作でありながら、深海へ素潜りを敢行したダイバーのように、停止かけた心肺を再稼働するのが精一杯の状態だった。今の一撃と引き替えに、奴のインナーマッスルや四肢の筋肉は内出血でズタズタのはずだ。
「…………これが……我が研鑽の到達地。四征拳が六句の領域よ」
崩れ落ちようとする膝に手をつき、颯真が体を起こす。真凛は完全に動かない。あとは震脚で頭を踏み抜けば、それで終わりだ。呼吸を整え、一歩、二歩と距離を詰める。
「動かないで」
おれは反射的に真凛に駆け寄ろうとしたファリスを制する。
「ありゃ獣だ。今のアイツに近づけば、君が女性だろうがキーパーソンだろうが、かまわず首を叩き折られかねない』
「でも、あのような恐ろしい敵が相手では……!」
「なに、これでもウチらも一応、向こうから見れば『恐ろしい敵』に該当するはずだし、それに……』
おれは観察を終え、半歩引いた。無意識に握り込んでいた手に気づき、指を屈伸させる。
「勝負はこれからだしね」
両の足が大地を離れる。絶望的な浮揚感。
回避不能の颯真の拳を、真凛は身体を浮かせて受け止めることで対処した。これ以外の方法はなかった。小手先で捌ける拳ではなく、四肢を踏ん張って受ければ膨大な剄が内蔵に突き抜け、その時点で勝負は決していたのだ。
必至の展開。そしてこれは詰みである。
身体が宙にあるということは、いかに四肢に力を込めても反動を得られず姿勢をただすことが出来ないと言うこと。ただ物理法則のままに後方に流され、上昇し、下降する――その落下点に、すでに颯真が滑り込んでいた。渾身の一打を見舞った硬直状態からなお下肢に剄を注ぎ込んで前進する歩法の神髄。そして、
「吩!」
息は継げない。筋肉で臓腑を締め上げ血流を加速。残存剄のすべてを焼杓し、颯真が舞った。
四征拳六十五手の二、『廻風打雷』。
宙に舞い上がりながら次々と致命の連撃を繰り出すその威力は四征拳の中でも最大級を誇る。とはいえ所詮は初歩の手、隙が大きい演武用の|花紹(みせわざ)。実戦で当たることなどほとんどない――たとえば、相手が宙空にいて身動きが出来ないような状況でもない限り。
『竜尾』、『竜爪』、『竜顎』、『懲雷』。
旋を巻いて暴風と化した『朝天吼』から放たれる、弾腿、鉤手、手刀、斧刃脚。何れも必中必殺。肉と肉がぶつかり合う音では断じてない爆裂音が四つ響き、七瀬真凛は跳ね上げられ、捻じ曲げられ、そして大地に打ちつけられた。
「真凛さん!」
「――マジかよ」
我知らず声が漏れた。真凛が一方的に敗れ、地面に倒れ伏している。起きあがる気配すらない。異常な沈黙。戦端が開かれてから一分も経過していない。
それは、居合じみた立ち会いだった。颯真は最初から全身全霊を研ぎ澄ませ、一撃で仕留める肚だったのだ。
おれは己の迂闊を呪った。
「…………ッ!カァッ!ハッ!」
だが当の颯真も、真凛に近寄って止めを刺すには至らなかった。百の力を出す躯体を、自己暗示と呼吸法によって百五十の出力で駆動した代償。
わずか数秒の動作でありながら、深海へ素潜りを敢行したダイバーのように、停止かけた心肺を再稼働するのが精一杯の状態だった。今の一撃と引き替えに、奴のインナーマッスルや四肢の筋肉は内出血でズタズタのはずだ。
「…………これが……我が研鑽の到達地。四征拳が六句の領域よ」
崩れ落ちようとする膝に手をつき、颯真が体を起こす。真凛は完全に動かない。あとは震脚で頭を踏み抜けば、それで終わりだ。呼吸を整え、一歩、二歩と距離を詰める。
「動かないで」
おれは反射的に真凛に駆け寄ろうとしたファリスを制する。
「ありゃ獣だ。今のアイツに近づけば、君が女性だろうがキーパーソンだろうが、かまわず首を叩き折られかねない』
「でも、あのような恐ろしい敵が相手では……!」
「なに、これでもウチらも一応、向こうから見れば『恐ろしい敵』に該当するはずだし、それに……』
おれは観察を終え、半歩引いた。無意識に握り込んでいた手に気づき、指を屈伸させる。
「勝負はこれからだしね」
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