人災派遣のフレイムアップ

紫電改

文字の大きさ
上 下
340 / 368
第7話:『壱番街サーベイヤー』

◆21:オープン・コンバット(take2)

しおりを挟む
 研究棟を出たおれ達は、キャンバスを大きく回り込んで、公園と一体化している遊歩道を歩いていた。ちょうど建物の裏口に沿って移動する形となり、にぎやかなキャンパスの裏の顔、ゴミの山や廃棄された看板がさらけだされている。

 研究棟と倉庫は、キャンバスを挟んで丁度反対側。向かう道は幾通りもあった。

 その中で最も人目につかず、それで居てそこそこ道幅の広い道を選んだのは、同行者達に対するおれなりの配慮というものであった。

「……気づいたの?」

 歩きながらさりげなく肩をよせ、ささやく真凛。おれも速度を落とさぬまま、肩をすくめて鷹揚に応じた。

「まさか。おれに気配なんて読み取れるわけないだろ」
「それじゃあ」

 気配は読めなくても、相手の考えなら読み取れる。

「『鍵』の在処はつかめた。都内で人目を気にせず襲いかかれるチャンスはそうない。事務所に逃げ込まれてしまえばアウト。多少のリスクを侵してもここは打って出るべき――そんなところだろう?」

 振り返らずに後ろへ声を放る。程なく街路樹からするりと、スーツ姿の油断ならない美女が滑り出た。

「ドーモです、亘理サン。マタまた会えて嬉しいなのデス」
「どうも、美玲さん。一応気配読んでみようと思ったんですがねえ。まったく感じ取れませんでしたよ」
「貴女は、空港の……ッ」
『ご機嫌麗しゅう皇女殿下。ほんの一日ぶりですけども』

 艶やかに笑う美女。その視線が捉えるは銀髪の皇女。素早く真凛が割って入り壁となる。

「ってことは、颯真も来てるってことだよね!」
「サテ、どうデショ?今日はお休みカモですよ?」

 あたりを見回す。街路樹、キャンパスの建物、金網、植え込み、街灯。だが美女とつるんでいるはずの獰猛な青年の姿はない。

「前回はアナタタチ待ち伏せデシタからね。今度は少し焦らシタイのことよ」

 一定の距離を保ったままの美玲さん。真凛が突撃して皇女の護衛ががら空きになったところに颯真が不意打ちをかけてきたら厄介ではある。あるのだが。

 おれはしばらく考えて――真凛にアイコンタクトを送る。頷く真凛。

「そうかそうかあ。いやはや参った、雷名轟かす若き侠客、『朝天吼』も所詮は横浜ローカル。東京の裏社会に君臨する『竜殺し』と拳を交えるのを避けるは賢明、これぞまさしく書生の――っとあっぶね!!」

 中空に放ったおれの挑発は、上空に茂る銀杏の木から瀑布のように落ちかかったブ厚い斧刃脚によって遮られた。当たって居ないはずなのに、頭髪が数本舞い、額の皮が薄く裂ける。

「誰が誰から逃げたと?」

 斧刃脚、右脚を宙にまっすぐ突き出し、左脚を深く折り曲げた片足立ちの体勢のまま、毫も構えを崩さず青年……劉颯真は冷たく言い放った。

「ふふん、まだまだだなあ颯真、せっかく美玲さんが不意打ちの陣を敷いたってのに、肝心のオマエが安い挑発一つで算を乱してどうする」

 おれは軽口を弄しつつ、真凛の代わりに皇女のガードに。冷静さを奪うべくなおも挑発を繰り返そうとしたが……叶わなかった。目の前の青年の放つ、凍てつく殺気によって。

「……なに、貴様相手に不意打ちなど最初から成功するとは思ってはおらん。美玲の顔を立てたまでのこと」

 ぎりぎり、と音が聞こえる。幻聴ではない。呼吸により練り上げられた内勁に応じ、奴の深層部の筋肉が静かに圧縮され力をため込んでいるのだ。――さながら、重い橋脚を吊り下げるスプリングのように。

「策は美玲がどうとでも取り繕う。我が為すべき事は――」

 あ、やべぇな。おれは内心舌打ちした。挑発が効果を持つのは迷いを持つ奴、選択肢を持つ奴だ。最初からやるべき事を一つと決めている者には――

「真凛!」

 おれの声なぞ、とうに戦闘モードに入っている女子高生の耳には届かない。

「貴様と雌雄を決する事よ!!」

 バネが弾けた。

 昨夜の『南山大王』と同様に力強く、だがそれよりも遙かに静かに、氷上を滑るように。


 四征拳六十五手の四十一、『揚水如竜かいしょうはりゅうのごとく』。

 
 三十七手より先の四征拳は、その姿をいささか変える。

 それまでは『沈墜勁』―ーすなわち鬼すら踏み砕く大地の気、その反動として衝き上がる天の気を産み出し、炸裂させる技法を主とする。

 だがそれより先は次なる段階。

 膨大な天の気を炸裂させるのではなく、己が身に纏いて東西南北縦横自在に拳を、腿を、靠を叩き付ける神速の身体運用――すなわち『十字勁』。


 劉颯真はその位に達したのだ。


「……くっ……」


 真凛は身構える。だが。


 銃弾を避ける回避が、『南山大王』の超音速の突撃すら斬って捨てたカウンターが間に合わない。

 否、応じきれない・・・・・・・。それは単純なベクトルではない。神速でありながら意思を持ち、着弾のその瞬間まで真凛を狙い、補正し、護りを貫きかいくぐる魔性の拳。


 まるで迫撃砲で打ち出された水銀のごとく。

 異常な疾さ、重さ、滑らかさを伴う崩拳。


 轟音。


 おれは信じられない光景を見た。胸部に致命の打撃を叩き込まれ、宙を吹き飛ぶ七瀬真凛の姿を。
しおりを挟む
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
感想 1

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

『五十年目の理解』

小川敦人
経済・企業
70歳を過ぎた主人公は、雨の降る土曜日の午後、かつての学生時代を過ごした神田神保町の古書店街を訪れる。偶然目にした「シュンペーター入門」と「現代貨幣理論(MMT)の基礎」に心を惹かれ、店主と経済理論について語り合う。若き日は理解できなかった資本主義の成長メカニズム――信用創造と創造的破壊――が、今では明確に見えるようになっていた。商社マンとしての45年間の経験を経て、理論と現実がつながる瞬間を迎えたのだ。MMTの視点を通じて、従来の財政観念にも新たな理解を得る。雨上がりの街に若者たちの笑い声を聞きながら、主人公は五十年越しの学びの価値を実感する。人生には、時間を経なければ見えない真理があることを悟り、新たな学びへの期待を胸に、静かにページをめくり始める。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

処理中です...