人災派遣のフレイムアップ

紫電改

文字の大きさ
上 下
330 / 368
第7話:『壱番街サーベイヤー』

◆19:ミックスカクテル(その1)-1

しおりを挟む
 時計の針が二十二時を回った。地方の街であれば人通りは少なくなり、商店はシャッターを下ろし明日に向けての準備を始める。

 だが都内、それも新宿区高田馬場の駅前ともなれば、店舗の終日営業などはごく当たり前。ネオンはより一層輝きを増し、二次会へと向かう酔っぱらった学生達の喧騒に駆り立てられるように、街のせわしなさはより加速していく。

「なんだかなあ」

 駅前の一角、小さなビルの一室に押し込められたファミリー向けのイタリアンレストランのカウンター席のひとつに、七瀬真凛は己の身を押し込んでいた。

 真凛が知る限り、本来このチェーン店は余裕のある座席配置でゆったりと食事がとれるはずだったが、都内の高騰した家賃で利益を出すのは容易ではないらしく、いま彼女は隣の客と肘がぶつかりそうな細いカウンター席に詰め込まれ、女子高生にもお手頃な値段のドリアと飲み放題のドリンクバーに向かい合っていた。

 一通り歓迎会が盛り上がった後、皇女は疲れを癒やすため割り当てられた客間に引き取り、後は残ったメンバー達の単なる飲み会と化していた。来音さんが遅いから家まで送ってくれると言ってくれたが、謝辞し、そのまま自分の足で帰路についたのがついさっき。

 そのまま真っ直ぐ帰宅するだけの事だったのだが……なぜか今、自分はファミレスでドリアをつついている。

 グラスの中には薄桃色の液体。アイスティーとオレンジジュースとソーダを混ぜ合わせたドリンクバー・カクテル。友人から教えて貰ったものだ。

 カバンの中のがま口を開けて、硬貨の枚数と金額をいまいちど数え、注文したメニューが予算内に収まっているか確認する。消費税を忘れずに。

 七瀬の家には小遣いという概念がない。母は使う目的さえはっきりしていれば金額の大小に問わずお金を出してくれるが、それ以外には友人達に喫茶店に誘われた時用にごく小額を渡されるのみである。現役女子高生の懐事情としてはお寒い限りであった。

 メニューを見て、テーブルにある呼び出しボタンを押し、店員さんにメニューを告げる。たったそれだけの事にもたつき、ボタンを何度も連打し、店員さんから冷たい眼で見られてしまった。

「……なんだかなあ」

 繰り返し、ため息を一つ。自分の馬鹿さ加減が時々心底嫌になる。いつもこうだ。学校帰りに一緒に寄り道する達、そして仕事で同席するアイツが当たり前のように出来ていることができない。やったことがないからだ。

 この一年あまりで、いかに自分が『箱入り』(その単語すらつい最近知ったのだ)であるかということを、七瀬真凛はつくづく思い知らされていた。

 正直なことを言えば、アルバイトでもないのに夜十時を回って一人でファミレスに居るというのも初めての体験だった。勢いで入店したものの、極めて落ち着かない。今すぐ食事をかきこんで、店を出て行きたくなる。

 それも情けなかった。つい数時間前、武道家として新たな境地に達したことを喜んでいた自分がどこか遠くに消え失せてしまったかのようだった。

「映画の約束なんて覚えてないよね」

 またドリアをつつきまわし、そんなことを呟いていた。六本木のオールナイト特撮映画。もちろんそんなものは皇女と出会う前にバタバタとかわした口約束にすぎない。

 自分だって勢いで友達とかわした放課後のお茶の約束なんて、忘れたり反故にされたりするのが当たり前だ。当たり前なのだ。だが、とは言え。

「素敵なひとだったなあ」

 銀髪のお姫様。絵本の中から出てきたような。そして頭がいい。なんか難しい国の話とか戦争の話をアイツとしていた。脳みそを使った難しい会話をする時、アイツは決まってそういう時嬉しそうな顔をする。自分相手には決してしない。どちらの約束を優先するかなど、わかりきっていたことだろう。

 彼女とは何歳離れていただろうか。国と、そこに暮らす人々の事を心から思う優しい女性。彼女、いや、彼女達・・・から見れば、自身の事で手一杯の幼稚な自分など、子供、いや、猿か何かに見えているのではないか。

 いやいやそんな事はない。彼女は自分を友人として扱ってくれている。それこそ彼女に失礼だ。いや、だがしかし。

「あああああ~!なんなんだろうコレ」

 頭を抱えてテーブルに突っ伏すと、ドリアの皿が抗議の声を上げる。どうにもこれはよくない。普段シンプルな思考に慣れきった頭が、複雑な問題を解決しようとしてオーバーヒートしているようだった。そんな状態がしばらくつづいた後。

「……あれ?」

 ふとテーブルの端にある伝票に眼をやり、――凍り付いた。

 伝票に記載された合計額が、予算を上回っていた。

「うそ」

 計算を間違ったのか。

 胃のあたりが締め付けられる。そんな馬鹿な。確かに数学は大の苦手だが、いくらなんでも三桁の足し算を間違えるはずが。確認したのに。だが数字には確かにそう書かれていた。

 大慌てでカバンの中をまさぐる。小銭の入ったがま口、学生証、定期を兼ねた交通カード、余白の目立つ手帳と筆記用具、非常食と包帯、通話機能のみの携帯。友人達が口々に『残念』と評するカバンの中身は、それだけだった。

 食い逃げ。無銭飲食。おまわりさん。逮捕。死刑。

 チープな単語が脳内で連鎖しぐるぐると回転。涙目でパニックに陥りかける。この半分食べ残しのドリアを返せば料金へらしてもらえるだろうか。そんな愚かなことを本気で実行しようかと思った時。

「こういうレストランだとね、時間によっては深夜の割り増し料金を取られることがあるんだよ」
 横合いから声がかけられた。



「あー、すまない、ここ、いいかな」
しおりを挟む
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

人生負け組のスローライフ

雪那 由多
青春
バアちゃんが体調を悪くした! 俺は長男だからバアちゃんの面倒みなくては!! ある日オヤジの叫びと共に突如引越しが決まって隣の家まで車で十分以上、ライフラインはあれどメインは湧水、ぼっとん便所に鍵のない家。 じゃあバアちゃんを頼むなと言って一人単身赴任で東京に帰るオヤジと新しいパート見つけたから実家から通うけど高校受験をすててまで来た俺に高校生なら一人でも大丈夫よね?と言って育児拒否をするオフクロ。  ほぼ病院生活となったバアちゃんが他界してから築百年以上の古民家で一人引きこもる俺の日常。 ―――――――――――――――――――――― 第12回ドリーム小説大賞 読者賞を頂きました! 皆様の応援ありがとうございます! ――――――――――――――――――――――

[完結:1分読書]おっさんの矜持 社長!本当に僕と戦って良いのですか?

無責任
経済・企業
≪カテゴリ 24hポイント2位≫ <毎日更新 1分読書>会社に訴えられ元総務社員反逆!社長、負けますよ 立場の弱い労働者の皆様に、ぜひ読んで頂きたい。 実際にありえる、転職における本当に怖い話。 ※ この物語は、フィクションであり、事実に基づくものではありません。 ※ この物語に登場する会社や人物は架空のものであり、現実の会社とは何の関わりもありません。   当方もインターネットで調査しておりますが、万が一、同名の方等でご迷惑をおかけするのは、当方の求めるものではありません。   該当の方がいらっしゃいましたら、お知らせ頂ければ変更します。   決して人を貶める目的はありません。 旧タイトル名:総務職員の矜持 社長!本当に僕と戦って良いのですか?

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

処理中です...