人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第7話:『壱番街サーベイヤー』

◆18:群豹跋扈-4

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「まあ、なんだ、今度代わりの靴を買ってやるよ」
「えっ、ホント!?」

(……現場作業用の爪先に鉄板が入ってるヤツをな)
(冗談でもやめておけ、それをお前が喰らえば、首どころか脊髄ごとぶっこ抜きで残酷ペットボトルロケットを披露する羽目になるぞ)

 おれ達の小声のささやきは、浮かれる当人の耳には入らなかった。まあ、費用は成功報酬のうち、あいつ自身の取り分から引いておけばいいか。

「で、こいつはどうする?」
「このまま路地裏に転がしておくさ。そのうち飼い主が引き取りに来るだろ」

 視線の先には、塩に溶けるように体積がしぼみ、人の姿を取り戻しつつある『南山大王』。

「……もし半年早く戦ってたら、全滅させられていたかもな」

 あまりも一方的に撃破された敵に、少しは優しい言葉をかけてやりたくなる。誇張ではなかった。半年前なら真凛と『南山大王』の戦いは血みどろの攻防となり、分身を使われた時点でおれは直樹が来る前に逃げ切れず倒され、皇女は攫われていただろう。認めざるをえまい。もう足手まといでも力不足でも、ない。

「終わった……のですか?」

 おれの肩越しに恐る恐る覗き込むファリス皇女。肌から漂うかすかな香料がおれの鼻腔をくすぐった。ひとたび戦闘が始まった後、彼女はおれ達の行動に従いほとんど口を挟まなかった。素人は騒がず、専門家に任せ従うべきと弁えている。賢い人だ。

「ひとまずはな。これで決着となってくれればいいんだが」

 おれは大げさに周囲の雑居ビルをぐるりと見回し、”気づいているぞアピール”をしてみせた。気配なぞ読み取ることは出来ないが、どうせなにがしかの監視が敷かれているに違いないのだ。

「ショックか?」

 おれは皇女に声をかけた。

「いえ、判っていました。……判っていたつもりです。私を狙っていたのはやはり叔父様なのですね」

 ビトール大佐とか言ったか。腹心の軍人が襲ってきたのだ。首謀者はいうまでもなかろう。叔父、事前資料に寄ればたしかワンシム・カラーティ。颯真達が襲ってきた時点で目星はついていたが、改めて肉親から狙われていると明らかにされれば平静では居られないのは当然だった。

「気を落としなさんな。犯人がわかったのなら読みやすい。さっそく明日から叔父さんとやらの動向に探りを入れるとしよう」
「いえ、それはいいのです。……ただ」
「ただ?」


「国がこんなことになっているのに、私達はまだ身内でこんな馬鹿なことを繰り返している。それが、……情けないのです」

 俯く皇女。そこに居たのは、昼に見た絵本の世界の住人のようなお姫様ではなく、歳不相応な重責に押しつぶされそうになっている一人の少女だった。

 衝動的に細い肩を抱き寄せて安心させてやりたくなったが、自制した。それは立場にかこつけたセクハラというものである。結局、おれはややぎこちなく話題を接ぐことにした。

「――ところで。さっき変なこと言ってなかったか?ええっと、『アルク』とか」
「え!?」

 ファリスは顔を跳ね上げた。なぜかその頬に朱が差している。

「えーと、おれの記憶違いでなければそれはルーナライナ語では」
「いえいえいえ!なんでもありません。きっと聞き違いでしょう!」
「そうだったかな?」
「そうです。きっとそうですよ」

 ま、いいか。おれも徹夜二日目くらいはよく意味不明な単語を口から漏らしているらしいし。自覚はないが。

「よっし、とりあえず靴はなおったよ!」

 直樹が持っていた塗装用マスキングテープ(何故そんなものを持ち歩いているのか)でぐるぐる巻きにし、ずさんな応急処置を済ませたローファーを履いた真凛の声に、おれは手を挙げて応じた。

 周囲を取り巻いていた黒い靄の結界も晴れ、通路の向こうからネオンの光と雑踏のざわめきが流れ込んできている。振り返るとまだ元気がない皇女の顔。おれは指を打ち鳴らし、一つ提案した。

「んじゃま、今夜は歓迎パーティだな」
「パーティだと?」
「そうさ、ファリス来日記念だ。都合のつく奴全員かき集めてな」
(いや待て、たしか全員の日程を揃えて後日やるはずでは?)
(ああ、だから今夜は前哨戦さ。景気づけにな)

 どうせ今回はメンバーを多数駆り出す算段なんだ。顔合わせは早いに事はない。

「いいん、ですか?」
「ああ。たぶん宅配ピザとドラッグストアで買ってきた缶ビールになるけど」
「ふむ、飲み会の類いは気乗りしないが」
「イヤそこはお誘い嬉しいです、って言っとけよ引きこもり」
「引きこもりは余計だ。だが俺も皇女殿下にはきちんと挨拶をしていなかったからな。今回は参加させて貰うとしよう」
「……パーティ?今夜?」
「ああ。真凛、お前は予定空いてるか?酒は出せんがピザなら食えるぞ」
「うん、そだね。……空いてるよ」

 真凛がそう呟いた。


 
「亘理サン、きっと我々に気づくてイルのコトでしたよ」

 雑居ビルの屋上から闇に覆われた眼下の一部始終を視界に収め、『双睛』は主に報告した。だが、彼女の主、『朝天吼』はそれに反応を返さず、手摺りを左腕でつかんだまま石像のように硬直している。

 ――いや、石像のように、ではなかった。よく観察すれば、その腕がぶるぶると震えていた。そしてそれを押さえつけるかのように、右腕で左腕の古傷を強く握りしめていた。

「……坊ちゃま?」
「坊ちゃまはやめろ」

 劉颯真が低く呻いた。腕の震えを押さえつけたかと思うと、今度は肩が震えだした。喉奥からはくつくつと声が漏れる。笑っていたのだった。

「竜殺し、とは聞いていたが、よもやあの域とは……!!」

 この半年、歩法と吐納法から全てを練り直した。剣で言うならば、なまくらを炉に入れ直し、再度一から叩き上げたという自負がある。丹田の充実は比較にもならない。

 その彼にして、先ほど獣を一方的に屠った『殺捉者』の技量は想定の範囲を超えていた。半年前の奴であれば、いかなる攻守も崩し勝つ自信があった。だがしかし、これは。

「笑えるな。勝つ見込みが半分も見えんとは……!!」

 だからこそ、戦慄と、そして興奮が若き王の魂を震わせる。

 次に奴とまみえた時、己が誇りを砕かれ地べたを舐めているのではないかという恐怖。あれほどの強者を打ちのめし屈服させた時、いかなる退廃的な遊びに身を任せても味わえない快楽が己の脳髄を焼くであろうという甘美な期待。

 そうだ、そうでなくてはならない。

「美玲。師父にてがみを。――『次の戦にて、我、”七句”、”八句”、”九句”を用いる』とな」
『颯真様!?』

 常に余裕を崩さない美玲が、驚愕を露わにした。言葉も己の母語に戻っている。

『どうか再考を。四征拳九句六十五手、そのうち七句より後は秘奥、王の拳。無名のいくさで開陳するものではありません』
「構わん。あれほどの魔性を討つには、我が秘奥を注ぐより他あるまい」
『しかし、四征拳の秘奥は御兄弟の中でも颯真様のみが伝えられたもの。もしも他の御兄弟に漏れては今後に……』
「構わんと言ったはずだ」

 美玲は一礼し、一歩退がった。それは王の決定であり、臣下がそれ以上口を差し挟む事ではなかった。

「”竜殺し”殺し。その銘こそ王に相応しい。そのためなら秘奥の一つや二つ、なんのためらいがあるものか」

 夜風を頬に受け、若き王は獰猛な笑みを浮かべた。
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