人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第7話:『壱番街サーベイヤー』

◆18:群豹跋扈-2

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 分身のうち一体が直樹に飛びかかる。大ぶりで振るわれる鉄杵、かわす直樹。だがそこで獣は意外な行動に出た。鉄杵を放り捨てると、両の腕で直樹につかみかかったのだ。

「ぬっ!?」

 咄嗟に両腕を掲げる直樹。騎兵刀を取り落とし、がっぷり四つの力比べの体勢となった。他の分身を一撃で葬った刀を驚異とみたのだろう。獣の戦術は悪くなかった。双方武器の使えない組み合いに持ち込んでしまえば筋力勝負、己の勝利は揺るがない。それは正しかった。――筋力だけならば。

『――ガ?』

 原種の吸血鬼の力が解放される。

 ほんの一時。しん、と大気が静まり、音が失せた。

 それは、永遠の命と共に与えられし呪われた職能。

 世界で日々を暮らす側から、日々暮らすもののため世界を管理する側に堕ちてしまった愚者に課せられた、時空を調律するため局所的に時を停止させる力。

 『深紅の魔人』が周囲の空間の時間を停める。

 刹那の間、存在する全ての分子は完全に振動を奪われ停止する。そして時が再び動き出す際、分子は振動を再開するために周囲の空間から振動を奪い――すなわち、そこに膨大な冷気が発現する。

「おい!中に入ってるのは、社会的にはアレだが並の人間だ。ほどほどにしとけよ!」

 おれの警告にヤツは舌打ちする。

「難しい注文だ」

 直樹の両腕からほとばしった冷気が夜光を反射し白く輝き、獣の両腕が瞬く間に凍り付く。『南山大王』の術は、他者の肉体に己の妖気を縛り付けることで為されており、実体と妖気の境界が曖昧だ。

 だがそんな理不尽すらも『深紅の魔人』の力は捻じ伏せる。妖気が肉体を覆っているなら、その覆っている空間を凍らせてしまえばいいのだ。獣の両腕が、肩が、胴が、ゆらめく妖気ごと氷に閉じ込められていく。

『ッガ、ガァアア!ガ……!』

 断末魔の絶叫。吸血鬼が力任せに両腕を広げると、極低温で金属に貼りついた皮膚が無惨に剥がれるように、獣の上半身が引き千切られた。崩れ落ちる獣。妖気の靄を無理矢理に引きはがされ、昏倒したままの中のチンピラの顔が露わになった。

「因果応報。霜焼けと軽い凍傷くらいは許容して貰うとしよう」

 騎兵刀を拾い上げた吸血鬼は悠然と嘯いた。

「お前もさっさと片付けてしまえ、亘理」
「お前みたいな脳筋要員と頭脳労働者を一緒にするんじゃねえよ!」

 他人事風に声をかける直樹に悪態をつき、おれは獣の分身が振りかぶった爪を辛うじてかわした。一撃、二撃。なんとかかわす。

 おれに獣の一撃を見切るほどの俊敏な運動神経が突如備わった――わけではもちろんない。皇女を背後にかばっている以上、ヤツは彼女ごと傷つけるような大ぶりの攻撃は避ける。そしておれのようなひ弱な人間には、その程度の攻撃で充分、ヤツにそう考させる。

 ターゲットである皇女と、己自身の弱さを用いて敵の思考を誘導しつつ、おれはギリギリの範囲で攻撃をかわしていた。手にした金属筒のダイヤルを合わせる。マックスの5……いや、さすがに3にとどめるべきか。

 杵をつかわず、つかみかかってくる爪に空を切らせる。だが、身体能力を小細工で補うのもそれが限界だった。最初のダメージのせいか、足がもつれ、おれは皇女を巻き込んで転倒してしまう。諸手を挙げて、おれの首を掴まんとする獣。

 ええいしゃあねえ。どうせ二発目はないのだ。ギリギリまでひきつける。

 ――ダイヤルを4に合わせ、おれは金属筒を掲げ引き金を引いた。

 ずばむ、と爆発音が響いた。

『ガッ!!?』

 困惑の咆吼。

 獣の影は、おれの構えた金属筒から発射された玉虫色の光沢を放つ”網”に囚われていた。

 石動研究所謹製、ブレードネット。

 金属筒に装填された特殊な薬品が、火薬の炸裂で放射されたと同時に大気と化合し、極めて強靱な繊維を蜘蛛の巣状に形成、対象に絡みつく。異能力者を捕獲するために製作された試作武装だった。

「悪いが容赦はできないんでな」 

 おれは引き金をさらに押し込む。金属筒に内蔵されたモーターが回転を始め、

『ッガギャアァガアアア!!』

 胸の悪くなるような獣の悲鳴があたりをつんざいた。

 この装備の悪辣なところは、ただ繊維を生成するだけでなく、金属筒内に同封された極小の工業用ダイヤモンド粉末を取り込み、鋭利なワイヤーソーとしての特性を持たせるところだった。そして化学反応の副産物として発生した大電流がネオジム磁石をアホほど突っ込んだ強力モーターに流れ込み網を巻き上げることで、

『ガギャギャアア、ギャアアアッ!!!』

 全身を言葉通りズタズタに切り刻むのであった。拘束された上に橋梁用コンクリートすら切断するワイヤーソーに全身をヤスリがけされ、黒い靄が剥がれていく。

「……ずいぶんと非人道的なやり口だな」
「お前に言われたくねえよ!」

 直樹に抗議しつつ、おれはダイヤルを徐々に落としていった。
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