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第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆18:群豹跋扈-1
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「直樹さん!」
「やあ真凛君。遅くなった。少々準備に手間取ってしまってね」
おれのアシスタントに軽く手を挙げ、皇女に黙礼すると、『深紅の魔人』――原種の吸血鬼は敵を見据える。
「人の軒先で生臭い妖気と騒音を撒き散らすとは迷惑千万。今は冬だ。獣の発情期はとうに過ぎたぞ」
直樹の纏う極低温の空気が、周囲との温度差により放射状に風を巻き起こす。季節に合ったインバネスのコートと銀髪をはためかせ、絶対の冷気を操る吸血鬼は、燃える黄金の瞳で『南山大王』を見据えた。
『何者だ、貴様。どうやって俺の結界内に入ってきた!?』
「せめて英語で喋れ、獣。皇女殿下のルーナライナ語は意味が判らずとも耳に心地よいが、貴様のわめき声は傾聴に値せん」
幸か不幸か、両者の会話は成立しなかった。直樹が左手をかざすと、そこには再び銀色の騎兵刀が形成されている。おれは心強い増援に小走りに駆け寄り――その後頭部を思いっきりぶったたいた。
「何やってんだよお前!」
「……、……、……。おい亘理。俺は確かに任務で皇女殿下の救援に来たのであって、貴様を助けに来てやったわけではない。だがそれを差し引いても、今貴様に後頭部を殴られる謂われは微塵もないぞ」
騎兵刀を引っ提げ、血も凍るような声音で吐き捨てる吸血鬼。ウンその眼は結構マジでおれを唐竹割りにするつもり満々ですね。
「いやそうじゃなくって。お前が串刺しにしたの、中身普通の人間なんだって!」
「なんだと!?」
直樹が目を剥く。おれの指さす先で、胸に深々と騎兵刀を突き立てられた『南山大王』の分身が、アスファルトに倒れ込んで痙攣していた。やがて力尽きたのか、水にさらされた泥人形のように黒い靄はほどけ、消え去った。
「……セーフ」
「……だな」
核となっていたチンピラの姿を見て、おれと直樹は同時に冷や汗を拭った。
妖気が纏わり付いて膨れあがることで二メートルの『南山大王』の体を形成していたのだ。巨漢の左胸を貫いた騎兵刀は、実際にはチンピラ本体の鎖骨の辺りを斬り込むに留まっていた。
おれ達の安堵は別に善意からではない。つまらん殺人を犯して、社会的、道義的に余計な負い目を被るのは面倒くさいし、何より後始末が厄介なのだ。
「ならばよし。……まさか貴様、皇女をタチの悪い夜遊びにでも誘おうというのではあるまいな?」
「あー、そこから仕切り直す?……ふふん。本格的な夜遊びに誘うのはこれから。今夜は前哨戦、ダンスの練習ってとこさ。……こんな感じでいいか?」
『俺の結界はどうしたッ?』
獣が吠える。怪訝な顔の直樹に通訳するおれ。これだから海外の相手との任務は厄介なんだ。
「そんなことか。こちらには魔術破りのスペシャリストがいるからな」
こともなげにのたまう直樹。振り返れば黒い靄の壁が、まるでえぐり取られたように人ひとり分だけぽっかりと開いていた。
アスファルトに転がる薄いアクリル板に、金色の油性マジックで無造作に書かれた、『八大副王が蛆の長 悍ましきその身で不浄を喰らい 羽音を以て清めと為せ』の文字。魔王マゴトの力を使役した魔術破りの呪法であった。
「チーフの魔術か」
「今回は大仕事だといったろう?生憎本人は会合で不在だが、代わりに魔力を込めたカードを何枚かせしめてきた。日持ちはしないがな」
魔術に通暁したウチのメンバー、須恵定チーフが魔力を込めて刻んだ式である。見てくれは雑な落書きをされたアクリル板だが、そのコストは決して馬鹿にはならない。魔術と科学の違い、それは『保存が利くか』だったりするのだが――まあ今はここらへんの談義はいい。
「ついでに石動女史からこれを預かってきた」
コートの内ポケットから取り出した金属製の筒をおれに手渡す。
「わーお……」
円筒に刻まれた、安心からはほど遠い『試作品』の三文字。
「にしても、おれ、お前、真凛、チーフ、羽美さん。ここまでメンツを動員するあたり、所長の入れ込みようも相当だな」
「いったい幾ら皇女殿下に吹っかけたのやら、そら恐ろしくなる」
「依頼料もそうだが、これを機に海外にも営業かけようって魂胆じゃなかろうか?」
「俺はやらんぞ。仕事は関東圏内で十分だ。ネットも使えないような僻地での任務なぞ耐えられん」
「ネットも通ってねぇ僻地の出身のくせに何言ってやがる」
『何をごちゃごちゃと喋っている!!』
与太話はそこまでだった。獣の群が一斉に身じろぎする。おれ達は一瞬視線をかわした後、左右に散った。呼応するように影どもがネオンの浮かぶ夜空に放たれ、上空から襲いかかった。
もっとも厄介な真凛に『南山大王』本体が、そして直樹と、皇女をかばうおれに分身がそれぞれ一体ずつ。互いにもつれあい、乱戦が始まった。
「やあ真凛君。遅くなった。少々準備に手間取ってしまってね」
おれのアシスタントに軽く手を挙げ、皇女に黙礼すると、『深紅の魔人』――原種の吸血鬼は敵を見据える。
「人の軒先で生臭い妖気と騒音を撒き散らすとは迷惑千万。今は冬だ。獣の発情期はとうに過ぎたぞ」
直樹の纏う極低温の空気が、周囲との温度差により放射状に風を巻き起こす。季節に合ったインバネスのコートと銀髪をはためかせ、絶対の冷気を操る吸血鬼は、燃える黄金の瞳で『南山大王』を見据えた。
『何者だ、貴様。どうやって俺の結界内に入ってきた!?』
「せめて英語で喋れ、獣。皇女殿下のルーナライナ語は意味が判らずとも耳に心地よいが、貴様のわめき声は傾聴に値せん」
幸か不幸か、両者の会話は成立しなかった。直樹が左手をかざすと、そこには再び銀色の騎兵刀が形成されている。おれは心強い増援に小走りに駆け寄り――その後頭部を思いっきりぶったたいた。
「何やってんだよお前!」
「……、……、……。おい亘理。俺は確かに任務で皇女殿下の救援に来たのであって、貴様を助けに来てやったわけではない。だがそれを差し引いても、今貴様に後頭部を殴られる謂われは微塵もないぞ」
騎兵刀を引っ提げ、血も凍るような声音で吐き捨てる吸血鬼。ウンその眼は結構マジでおれを唐竹割りにするつもり満々ですね。
「いやそうじゃなくって。お前が串刺しにしたの、中身普通の人間なんだって!」
「なんだと!?」
直樹が目を剥く。おれの指さす先で、胸に深々と騎兵刀を突き立てられた『南山大王』の分身が、アスファルトに倒れ込んで痙攣していた。やがて力尽きたのか、水にさらされた泥人形のように黒い靄はほどけ、消え去った。
「……セーフ」
「……だな」
核となっていたチンピラの姿を見て、おれと直樹は同時に冷や汗を拭った。
妖気が纏わり付いて膨れあがることで二メートルの『南山大王』の体を形成していたのだ。巨漢の左胸を貫いた騎兵刀は、実際にはチンピラ本体の鎖骨の辺りを斬り込むに留まっていた。
おれ達の安堵は別に善意からではない。つまらん殺人を犯して、社会的、道義的に余計な負い目を被るのは面倒くさいし、何より後始末が厄介なのだ。
「ならばよし。……まさか貴様、皇女をタチの悪い夜遊びにでも誘おうというのではあるまいな?」
「あー、そこから仕切り直す?……ふふん。本格的な夜遊びに誘うのはこれから。今夜は前哨戦、ダンスの練習ってとこさ。……こんな感じでいいか?」
『俺の結界はどうしたッ?』
獣が吠える。怪訝な顔の直樹に通訳するおれ。これだから海外の相手との任務は厄介なんだ。
「そんなことか。こちらには魔術破りのスペシャリストがいるからな」
こともなげにのたまう直樹。振り返れば黒い靄の壁が、まるでえぐり取られたように人ひとり分だけぽっかりと開いていた。
アスファルトに転がる薄いアクリル板に、金色の油性マジックで無造作に書かれた、『八大副王が蛆の長 悍ましきその身で不浄を喰らい 羽音を以て清めと為せ』の文字。魔王マゴトの力を使役した魔術破りの呪法であった。
「チーフの魔術か」
「今回は大仕事だといったろう?生憎本人は会合で不在だが、代わりに魔力を込めたカードを何枚かせしめてきた。日持ちはしないがな」
魔術に通暁したウチのメンバー、須恵定チーフが魔力を込めて刻んだ式である。見てくれは雑な落書きをされたアクリル板だが、そのコストは決して馬鹿にはならない。魔術と科学の違い、それは『保存が利くか』だったりするのだが――まあ今はここらへんの談義はいい。
「ついでに石動女史からこれを預かってきた」
コートの内ポケットから取り出した金属製の筒をおれに手渡す。
「わーお……」
円筒に刻まれた、安心からはほど遠い『試作品』の三文字。
「にしても、おれ、お前、真凛、チーフ、羽美さん。ここまでメンツを動員するあたり、所長の入れ込みようも相当だな」
「いったい幾ら皇女殿下に吹っかけたのやら、そら恐ろしくなる」
「依頼料もそうだが、これを機に海外にも営業かけようって魂胆じゃなかろうか?」
「俺はやらんぞ。仕事は関東圏内で十分だ。ネットも使えないような僻地での任務なぞ耐えられん」
「ネットも通ってねぇ僻地の出身のくせに何言ってやがる」
『何をごちゃごちゃと喋っている!!』
与太話はそこまでだった。獣の群が一斉に身じろぎする。おれ達は一瞬視線をかわした後、左右に散った。呼応するように影どもがネオンの浮かぶ夜空に放たれ、上空から襲いかかった。
もっとも厄介な真凛に『南山大王』本体が、そして直樹と、皇女をかばうおれに分身がそれぞれ一体ずつ。互いにもつれあい、乱戦が始まった。
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※
・非王道気味
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