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第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆17:妖怪変化と覚醒少女-5
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「うん。やってることはウチの基本技。他の流派にも普通にある技なんだけど」
「ンな技が普通にあってたまるか」
「あはは。こないだ、シドウさんとやり合ったでしょ?その時にあの人もボクと同じく『見えてる』っぽい人だったからさあ、色々コツを聞いたんだ」
シドウというのは以前の仕事で真凛が戦った巨漢で、柔術の使い手である。この女子高生の特技として、銃を構えた相手の殺気、銃口の位置から弾道を『線』として見るというものがあるのだが、どうやらコイツ、その特技を投げ技や関節技に応用し始めたらしい。
「体格が大きい人相手だと指とか目とかを攻撃しないと崩せないから、読まれちゃうと手詰まりになっちゃったんだけど、これでだいぶ幅が拡がったよ」
己のレベルアップを実感するように、何度もうんうんと頷くお子様。素人見立てだが、『南山大王』は決して弱敵ではない。むしろ戦闘能力で言えば今までおれ達が渡り合ってきた中でも上位の部類に入るはずだ。それをここまで一方的に叩き伏せるということは、つまり成長していると言うことだ。
「真凛、おまえ」
「ん?」
「いや……、何でもない」
いつも通りのあっけらかんとした表情に、おれは言葉を失った。自分でも何を言うつもりだったのか、よくわからなかった。
「ま、まあ障害も排除したことだし。さっさとみんなで事務所に戻ろうぜ」
ズボンの埃を払ってザックを背負い直す。帰り支度を始めようとしたおれの耳に、皇女の叫びが刺さった。
「亘理さん、あれを!」
「どうしたファリス?」
「靄が、晴れていません……!」
「何だって?」
おれの視界の先には、路地裏と表通りの境を塞ぐ黒い靄。『南山大王』を倒したはずなのに、それは晴れずに未だどろどろと蟠ったままだった。
『グ、……グ……、ハハ……ハハハハハ!』
瓦礫の山が崩れ、『南山大王』が身を起こした。己自身の重さと速度で何度も地面に叩き付けられたダメージは相当に大きいらしく、鉄杵を杖代わりにしている。だがその眼はまだ凶暴な殺意に満ちていた。
『まだやるのか?正直、こちらとしてはこれで手打ちにしたいんだがな』
あちらはどうか知らないが、こちらは生命のやりとりをしても何の得もないのだ。
『バカを言うな……これからよ……。キサマ、気づいていないのか?』
「陽司、後ろ!」
真凛の声に背後を振り返り、おれは眼を向いた。
「これは、……いったい何が起こっているのですか?」
皇女の狼狽も無理はない。そこにはおおよそあり得ざる光景が展開されていた。
先ほど倒されたチンピラ達。その多くは逃げ散り、何人かは完全に昏倒し無力化していた。だがそのうちの三人に、周囲に漂っていたあの黒い靄が、もつれた蜘蛛の巣のように幾条もの糸となって絡みつき、そして繭のように包み込んでいたのだ。
そして靄が完全にすっぽりとチンピラを覆いきると……それは、むくりと立ち上がった。二メートルの巨体と、鉄杵を携えた獣のシルエット。つまりは『南山大王』のカタチを採って。
一体二体と起き上がり、そして三体目が起き上がる。
気がつけば四匹の獣に、おれ達は囲まれていた。黒い靄に包まれた『南山大王』の影三体と、そして、
『これで形勢逆転だな、小僧共。……これこそ我が真の力、必勝の陣よ』
オリジナルの『南山大王』に。
「亘理さん、これもビトール大佐の力、なのですか?」
「っていうかこれ、ちょっとずるくない?」
四方を囲まれ焦る皇女と、唇をとがらして不満を述べるアシスタント。おれはと言えば、額に手をやり己の読みの甘さを反省していた。
「『分瓣梅花の計』か。そりゃそうか、『南山大王』ならそう手を打つよなぁ」
「ぶんりゅ……ナニソレ?」
『分瓣梅花の計』。かつて『南山大王』が取経の旅に出た聖僧を襲った際、武芸と神通力に長けた弟子達を遠ざけるために打ったという策。
自らの姿を己の部下に映し化けさせ、囮となし行動させる妖術だ。いくつかの言い伝えによれば、化けさせられた部下達も主と同じ能力を持ち、聖僧の弟子達をそれぞれ苦しめたとある。
「まあ、なんだ。四捨五入すると部下の肉体を依り代にして分身を作り出す術ってところだな。餅つきに分身たあ、どうやら新年隠し芸の心得もあるらしい」
強いて減らず口を叩きつつ、内心冷や汗を拭う。見た目以上に状況は不味かった。先刻の戦いで見せたように、真凛であれば例え数が増えようと『南山大王』の攻撃を捌いて投げ飛ばすことは出来るかも知れない。だが。
『小僧ハ殺シ、皇女ハ攫ウ。ソノアト小娘、キサマヲ切リ刻ンデクレル……!』
靄で出来た分身が、濁った言葉を紡ぐ。獣の何体かの視線は、真凛ではなくおれ達に向けられていた。そう、数に物を言わせた各個撃破にかかられたら、打つ手がない。
「皆さん、私は……」
「ハイつまんない事は言いっこなし」
「そうそう。ボク達これでも、オシゴトとして引き受けたんですし」
実は任務達成率は百パーセントだったりする。ケツを捲る選択肢はなかった。
「ボクが引きつけるよ。二人は逃げて」
「殊勝な申し出だが、そもそも逃げられるかどうかも怪しいもんだよなぁ」
通路にはいまだ靄がわだかまったまま。皇女を連れて複数の獣の追撃を振り切り、強力な『人払い』の力を持つ障壁を突っ切るのは、さすがに要因が多すぎておれの『鍵』でもカバーしきれない。あまり言いたかないが、絶体絶命というヤツのようだった。
『……終ワリダ!!』
本物と分身の『南山大王』達が声を揃えて言葉を紡ぎ、そして一斉に向かってくる。
「ああくっそ!」
こうなりゃ一か八か、逃げの一手しかねぇか!
そう思った時。
夜を裂いて、冷気が走った。
晩秋の夜よりも、おぞましい陰風よりも、遥かに冷たく清冽な白い冷気。
『ガハァ!?』
獣の一体がのけぞった。他の三体も、驚き突進を止める。
『ア……ガ……?』
その胸に突き立っていたのは、白い剣。
「まったく、皇女を案内すると街に出て行ってみれば帰ってこない」
冷気であつらえられた、純白の騎兵刀。
「まさか貴様、皇女をタチの悪い夜遊びにでも誘おうというのではあるまいな?」
事務所のメンバー、『深紅の魔人』、笠霧・R・直樹の得物であった。
「ンな技が普通にあってたまるか」
「あはは。こないだ、シドウさんとやり合ったでしょ?その時にあの人もボクと同じく『見えてる』っぽい人だったからさあ、色々コツを聞いたんだ」
シドウというのは以前の仕事で真凛が戦った巨漢で、柔術の使い手である。この女子高生の特技として、銃を構えた相手の殺気、銃口の位置から弾道を『線』として見るというものがあるのだが、どうやらコイツ、その特技を投げ技や関節技に応用し始めたらしい。
「体格が大きい人相手だと指とか目とかを攻撃しないと崩せないから、読まれちゃうと手詰まりになっちゃったんだけど、これでだいぶ幅が拡がったよ」
己のレベルアップを実感するように、何度もうんうんと頷くお子様。素人見立てだが、『南山大王』は決して弱敵ではない。むしろ戦闘能力で言えば今までおれ達が渡り合ってきた中でも上位の部類に入るはずだ。それをここまで一方的に叩き伏せるということは、つまり成長していると言うことだ。
「真凛、おまえ」
「ん?」
「いや……、何でもない」
いつも通りのあっけらかんとした表情に、おれは言葉を失った。自分でも何を言うつもりだったのか、よくわからなかった。
「ま、まあ障害も排除したことだし。さっさとみんなで事務所に戻ろうぜ」
ズボンの埃を払ってザックを背負い直す。帰り支度を始めようとしたおれの耳に、皇女の叫びが刺さった。
「亘理さん、あれを!」
「どうしたファリス?」
「靄が、晴れていません……!」
「何だって?」
おれの視界の先には、路地裏と表通りの境を塞ぐ黒い靄。『南山大王』を倒したはずなのに、それは晴れずに未だどろどろと蟠ったままだった。
『グ、……グ……、ハハ……ハハハハハ!』
瓦礫の山が崩れ、『南山大王』が身を起こした。己自身の重さと速度で何度も地面に叩き付けられたダメージは相当に大きいらしく、鉄杵を杖代わりにしている。だがその眼はまだ凶暴な殺意に満ちていた。
『まだやるのか?正直、こちらとしてはこれで手打ちにしたいんだがな』
あちらはどうか知らないが、こちらは生命のやりとりをしても何の得もないのだ。
『バカを言うな……これからよ……。キサマ、気づいていないのか?』
「陽司、後ろ!」
真凛の声に背後を振り返り、おれは眼を向いた。
「これは、……いったい何が起こっているのですか?」
皇女の狼狽も無理はない。そこにはおおよそあり得ざる光景が展開されていた。
先ほど倒されたチンピラ達。その多くは逃げ散り、何人かは完全に昏倒し無力化していた。だがそのうちの三人に、周囲に漂っていたあの黒い靄が、もつれた蜘蛛の巣のように幾条もの糸となって絡みつき、そして繭のように包み込んでいたのだ。
そして靄が完全にすっぽりとチンピラを覆いきると……それは、むくりと立ち上がった。二メートルの巨体と、鉄杵を携えた獣のシルエット。つまりは『南山大王』のカタチを採って。
一体二体と起き上がり、そして三体目が起き上がる。
気がつけば四匹の獣に、おれ達は囲まれていた。黒い靄に包まれた『南山大王』の影三体と、そして、
『これで形勢逆転だな、小僧共。……これこそ我が真の力、必勝の陣よ』
オリジナルの『南山大王』に。
「亘理さん、これもビトール大佐の力、なのですか?」
「っていうかこれ、ちょっとずるくない?」
四方を囲まれ焦る皇女と、唇をとがらして不満を述べるアシスタント。おれはと言えば、額に手をやり己の読みの甘さを反省していた。
「『分瓣梅花の計』か。そりゃそうか、『南山大王』ならそう手を打つよなぁ」
「ぶんりゅ……ナニソレ?」
『分瓣梅花の計』。かつて『南山大王』が取経の旅に出た聖僧を襲った際、武芸と神通力に長けた弟子達を遠ざけるために打ったという策。
自らの姿を己の部下に映し化けさせ、囮となし行動させる妖術だ。いくつかの言い伝えによれば、化けさせられた部下達も主と同じ能力を持ち、聖僧の弟子達をそれぞれ苦しめたとある。
「まあ、なんだ。四捨五入すると部下の肉体を依り代にして分身を作り出す術ってところだな。餅つきに分身たあ、どうやら新年隠し芸の心得もあるらしい」
強いて減らず口を叩きつつ、内心冷や汗を拭う。見た目以上に状況は不味かった。先刻の戦いで見せたように、真凛であれば例え数が増えようと『南山大王』の攻撃を捌いて投げ飛ばすことは出来るかも知れない。だが。
『小僧ハ殺シ、皇女ハ攫ウ。ソノアト小娘、キサマヲ切リ刻ンデクレル……!』
靄で出来た分身が、濁った言葉を紡ぐ。獣の何体かの視線は、真凛ではなくおれ達に向けられていた。そう、数に物を言わせた各個撃破にかかられたら、打つ手がない。
「皆さん、私は……」
「ハイつまんない事は言いっこなし」
「そうそう。ボク達これでも、オシゴトとして引き受けたんですし」
実は任務達成率は百パーセントだったりする。ケツを捲る選択肢はなかった。
「ボクが引きつけるよ。二人は逃げて」
「殊勝な申し出だが、そもそも逃げられるかどうかも怪しいもんだよなぁ」
通路にはいまだ靄がわだかまったまま。皇女を連れて複数の獣の追撃を振り切り、強力な『人払い』の力を持つ障壁を突っ切るのは、さすがに要因が多すぎておれの『鍵』でもカバーしきれない。あまり言いたかないが、絶体絶命というヤツのようだった。
『……終ワリダ!!』
本物と分身の『南山大王』達が声を揃えて言葉を紡ぎ、そして一斉に向かってくる。
「ああくっそ!」
こうなりゃ一か八か、逃げの一手しかねぇか!
そう思った時。
夜を裂いて、冷気が走った。
晩秋の夜よりも、おぞましい陰風よりも、遥かに冷たく清冽な白い冷気。
『ガハァ!?』
獣の一体がのけぞった。他の三体も、驚き突進を止める。
『ア……ガ……?』
その胸に突き立っていたのは、白い剣。
「まったく、皇女を案内すると街に出て行ってみれば帰ってこない」
冷気であつらえられた、純白の騎兵刀。
「まさか貴様、皇女をタチの悪い夜遊びにでも誘おうというのではあるまいな?」
事務所のメンバー、『深紅の魔人』、笠霧・R・直樹の得物であった。
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