人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第7話:『壱番街サーベイヤー』

◆16:路地裏遁走劇−3

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『ふん、ネズミも逃げ回るとなれば小知恵を効かすものらしい』

 とある雑居ビルの屋上から、それらの騒動を見下ろす無国籍な風貌の大男が一人。手すりに凭れ、軍用の双眼鏡を覗き込みながら独りごちる。手すりには持ち物なのだろうか、杖……と言うには太く長過ぎる、異形の鉄棒が立てかけてあった。軍から支給されたレーションを噛みちぎり、舌打ちを一つ。

『それにしても日本人はなぜこうも惰弱なのか?どいつもこいつも栄養の行き届いた体格をしていながら、ルーナライナの物盗りのガキより足が遅い』

 日本の晩秋、すでに冬の気配を漂わせており日は短い。すでに夕陽は高層ビルの隙間に半ば以上を沈めつつあった。

 それに抗うように家々の窓やネオンの看板が灯りだし、狭い通路の様子はそのコントラストの中に急速に埋もれてゆく。だが大男……ルーナライナ軍大佐ビトールの瞳は、宵闇の中を逃げ回る第三皇女の姿を見失うことはなかった。

『何をしている?』

 背後から英語での問い。驚きはなかった。

『『朝天吼』か』
「ほう、足りない脳でも俺の名前くらいは覚えていたか」

 振り返れば、仏頂面の少年……劉颯真がそこにいた。接近そのものにはとうに気づいていた。いかに気配を隠して近づこうとも、彼の体毛は空気の震えを捉える。もっともこの傲岸な少年にとって、隠れて近づくなどという考え自体が選択肢として存在しないようだが。

『ここは俺の作戦領域だ。貴様等が今さらその青いクチバシを突っ込む隙間はないぞ』
「なぜ勝手に動いた?しばらくは皇女を泳がせることで合意したはずだ」

 颯真の声が低く沈む。その声は激昂する少年のものではなく、己の領を犯した者へ罰を下す王のそれであったが、ビトールは鼻を一つ鳴らしたのみだった。

「閣下のご命令があったのだ。物事は迅速に為せ、とな」

 颯真の眉が急角度に跳ね上がる。

「ワンシム様はお忙しい方だ。貴様等の効率の悪いやり方につきあう必要などない。女など攫ってきて尋問で必要な事を吐かせればそれでよい」
『尋問?拷問の間違いではないでしょうか』

 少年の傍らに影のように従う女、『双睛』が言う。その魅惑的な肢体を眺めやり、小さく舌なめずりをする

『馬鹿を言うな。ルーナライナの軍人が民間人を傷つけるような恥ずべき真似をするものか』
『逮捕した市民を砂漠で一昼夜連れ回すのがお好きと聞いたのですけれど』

 ビトールの目尻が歪む。――おぞましい悦楽の記憶に。

『俺は慈悲深い男でな。怠けがちな市民の運動不足解消につきあってやっているのだ。健康のために裸足で砂漠の上を一日歩く。すると皆、なぜか俺に感謝して色々と喋りたくなる。人徳というものだな』
『熱砂の上を歩かせられればそうでしょうね。特に足の爪を剥がされた状態であれば』
『ふん、随分と些事を調べ上げているようだな?』

『くだらん問答はいい。今すぐ駆りだした雑魚共をまとめてここを去れ。そうすれば合意を反故にしたことは不問にしてやる』
『ハ!寝言を抜かすなよ小僧。取り違えるな、俺達がお前を雇っているのだ。俺達が予定を変更すれば、お前達がそれに合わせる。当然だろう?」
『ほう。――要求を呑む気はないということだな?』

 颯真が右足を一歩踏み出す。コンクリの屋上が、みしりと軋んだ。

『当たり前だろう。それから小僧。最初から目に余っていたが、貴様、雇用主に対する態度にだいぶ問題があるなア?』

 ビトールが向き直る。両腕を大きく開き、その唇から歯茎がむき出しになった。

『――お楽しみをお邪魔してすみませんが』

 激発寸前の空気は、狙い澄ましたタイミングで差し込まれた美玲の声で霧散した。屋上から路地裏を見
下ろす彼女の瞳は、都会のネオン光を反射し、幽玄な淡い光を放っている。

『状況に動きがあったようですよ』
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