人災派遣のフレイムアップ

紫電改

文字の大きさ
上 下
318 / 368
第7話:『壱番街サーベイヤー』

◆16:路地裏遁走劇−3

しおりを挟む
『ふん、ネズミも逃げ回るとなれば小知恵を効かすものらしい』

 とある雑居ビルの屋上から、それらの騒動を見下ろす無国籍な風貌の大男が一人。手すりに凭れ、軍用の双眼鏡を覗き込みながら独りごちる。手すりには持ち物なのだろうか、杖……と言うには太く長過ぎる、異形の鉄棒が立てかけてあった。軍から支給されたレーションを噛みちぎり、舌打ちを一つ。

『それにしても日本人はなぜこうも惰弱なのか?どいつもこいつも栄養の行き届いた体格をしていながら、ルーナライナの物盗りのガキより足が遅い』

 日本の晩秋、すでに冬の気配を漂わせており日は短い。すでに夕陽は高層ビルの隙間に半ば以上を沈めつつあった。

 それに抗うように家々の窓やネオンの看板が灯りだし、狭い通路の様子はそのコントラストの中に急速に埋もれてゆく。だが大男……ルーナライナ軍大佐ビトールの瞳は、宵闇の中を逃げ回る第三皇女の姿を見失うことはなかった。

『何をしている?』

 背後から英語での問い。驚きはなかった。

『『朝天吼』か』
「ほう、足りない脳でも俺の名前くらいは覚えていたか」

 振り返れば、仏頂面の少年……劉颯真がそこにいた。接近そのものにはとうに気づいていた。いかに気配を隠して近づこうとも、彼の体毛は空気の震えを捉える。もっともこの傲岸な少年にとって、隠れて近づくなどという考え自体が選択肢として存在しないようだが。

『ここは俺の作戦領域だ。貴様等が今さらその青いクチバシを突っ込む隙間はないぞ』
「なぜ勝手に動いた?しばらくは皇女を泳がせることで合意したはずだ」

 颯真の声が低く沈む。その声は激昂する少年のものではなく、己の領を犯した者へ罰を下す王のそれであったが、ビトールは鼻を一つ鳴らしたのみだった。

「閣下のご命令があったのだ。物事は迅速に為せ、とな」

 颯真の眉が急角度に跳ね上がる。

「ワンシム様はお忙しい方だ。貴様等の効率の悪いやり方につきあう必要などない。女など攫ってきて尋問で必要な事を吐かせればそれでよい」
『尋問?拷問の間違いではないでしょうか』

 少年の傍らに影のように従う女、『双睛』が言う。その魅惑的な肢体を眺めやり、小さく舌なめずりをする

『馬鹿を言うな。ルーナライナの軍人が民間人を傷つけるような恥ずべき真似をするものか』
『逮捕した市民を砂漠で一昼夜連れ回すのがお好きと聞いたのですけれど』

 ビトールの目尻が歪む。――おぞましい悦楽の記憶に。

『俺は慈悲深い男でな。怠けがちな市民の運動不足解消につきあってやっているのだ。健康のために裸足で砂漠の上を一日歩く。すると皆、なぜか俺に感謝して色々と喋りたくなる。人徳というものだな』
『熱砂の上を歩かせられればそうでしょうね。特に足の爪を剥がされた状態であれば』
『ふん、随分と些事を調べ上げているようだな?』

『くだらん問答はいい。今すぐ駆りだした雑魚共をまとめてここを去れ。そうすれば合意を反故にしたことは不問にしてやる』
『ハ!寝言を抜かすなよ小僧。取り違えるな、俺達がお前を雇っているのだ。俺達が予定を変更すれば、お前達がそれに合わせる。当然だろう?」
『ほう。――要求を呑む気はないということだな?』

 颯真が右足を一歩踏み出す。コンクリの屋上が、みしりと軋んだ。

『当たり前だろう。それから小僧。最初から目に余っていたが、貴様、雇用主に対する態度にだいぶ問題があるなア?』

 ビトールが向き直る。両腕を大きく開き、その唇から歯茎がむき出しになった。

『――お楽しみをお邪魔してすみませんが』

 激発寸前の空気は、狙い澄ましたタイミングで差し込まれた美玲の声で霧散した。屋上から路地裏を見
下ろす彼女の瞳は、都会のネオン光を反射し、幽玄な淡い光を放っている。

『状況に動きがあったようですよ』
しおりを挟む
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

弱者男性は幸せになれるのか!? 一発逆転を夢見た末路の物語

幻霧雲開
経済・企業
正田 誠は氷河期時代の40歳弱者男性である。 正田は人生につまづき盛大に転んで気が付けば40歳になっていた。 もう何もかも取り返しがつかない気がする。 でも生きている限りは幸せになりたい。 そう思い正田は結婚を目標に生きていくのである。

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

人生負け組のスローライフ

雪那 由多
青春
バアちゃんが体調を悪くした! 俺は長男だからバアちゃんの面倒みなくては!! ある日オヤジの叫びと共に突如引越しが決まって隣の家まで車で十分以上、ライフラインはあれどメインは湧水、ぼっとん便所に鍵のない家。 じゃあバアちゃんを頼むなと言って一人単身赴任で東京に帰るオヤジと新しいパート見つけたから実家から通うけど高校受験をすててまで来た俺に高校生なら一人でも大丈夫よね?と言って育児拒否をするオフクロ。  ほぼ病院生活となったバアちゃんが他界してから築百年以上の古民家で一人引きこもる俺の日常。 ―――――――――――――――――――――― 第12回ドリーム小説大賞 読者賞を頂きました! 皆様の応援ありがとうございます! ――――――――――――――――――――――

異世界に転生したのでとりあえず好き勝手生きる事にしました

おすし
ファンタジー
買い物の帰り道、神の争いに巻き込まれ命を落とした高校生・桐生 蓮。お詫びとして、神の加護を受け異世界の貴族の次男として転生するが、転生した身はとんでもない加護を受けていて?!転生前のアニメの知識を使い、2度目の人生を好きに生きる少年の王道物語。 ※バトル・ほのぼの・街づくり・アホ・ハッピー・シリアス等色々ありです。頭空っぽにして読めるかもです。 ※作者は初心者で初投稿なので、優しい目で見てやってください(´・ω・) 更新はめっちゃ不定期です。 ※他の作品出すのいや!というかたは、回れ右の方がいいかもです。

処理中です...