人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第7話:『壱番街サーベイヤー』

◆16:路地裏遁走劇−2

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 先頭のチンピラがよろよろと後ろの仲間にもたれた。それによって崩れた包囲網の隙間に身体を割り込ませ、皇女の腕を強く引き寄せる。予期していたのだろう、ファリスは逆らわずにおれに身体を預けてきた。受け止めると同時にすばやく反転し、皇女の背中を通りの奥に押し出す。

「大通りまでまっすぐ走れ!」
「はい!」

 視線を一度だけ交わしたあと、躊躇せずに走り出す。聡明な娘だ。ここで変におれを心配して立ち止まったりしては、却って双方に危険が増す事を弁えている。

「ンだテメェなに邪魔くれて……ぶげあ!!」

 後続、長髪にピアスのチンピラがつぶれた蛙のような悲鳴を上げ、突如雷に撃たれた様にひっくり返る。いや、比喩ではなく雷に撃たれたのだ。

 違法改造携帯電話『アル話ルド君』裏機能の一つ、電針銃テーザ―モードである。過剰にコンデンサの電圧を高め、ガス圧でワイヤー付きの仕込み針を発射し電流を流し込む射撃型スタンガン。もちろんよい子が街中で持ち歩いて良い品物では決してない。

「てっめ……」
「死にたくなけりゃ近寄るんじゃねえぞ!!」

 おれは大声を張り上げ、チンピラ共に電針銃に変形させた携帯をつきつけた。自慢じゃないが喧嘩の腕はからっきしである。しかし喧嘩というものはレベルが低ければ低いほど、戦闘の技術よりも威嚇が重要になる。要は猿山の縄張り争いだ。

 そしてこれも自慢じゃないが、ハッタリには自信がある。何しろこの電針銃、弾数は一発のみだったりするのだ。大音声と威嚇に、相手が歩を止めたその一瞬に合わせ、おれも踵を返し通路の奥へと駆けだしていた。

「逃がすな!捕まえろ!!」

 背後から刺さる怒声を無視して、おれは走った。

 だが奥に向けてしばらく走ると、先に行ったはずのファリスが棒立ちで佇んでいた。

「何やって……」

 文句を言いかけて気づいた。大通りに通じる細い通の突き当たりに、ねじ込まれるように趣味の悪いワンボックス車が停車していたのだ。もちろん進入禁止である。あのチンピラどもの移動手段、兼即席の壁ということか。舌打ちを一つ。なかなか知恵が回るじゃないか。

「こっちだ!」

 ファリスの手を引いて左に折れる。背後からは「曲がったぞ!」だの「左だ!」だの声。おれ達は右に左に道を折れ、雑居ビルの裏へとまわった。

 ビルの通用口の前では、休憩中なのだろうか、くたびれたサラリーマンが数人、タバコをふかしているのが目に入った。ここを抜ければ大通りに抜けられる。日ごろの運動不足で上がりつつある息を抑えつけ、ファリスの手を引き走る――だが。

「亘理さん!」
「っと!」

 ファリスの悲鳴。反射的にザックを振るったのはおれの反射神経から考えれば上出来だった。舌打ちが聞こえた。見れば、さっきまでタバコをふかしていたはずのサラリーマンが、唐突にファリスに向けて腕を伸ばしてきていたのだった。ザックを叩き付けられた腕を引っ込め、おれをにらみつける。

「クソが……、大人しくしやがれよ」

 その焦燥感に駆られた濁った眼を見て、おれはだいたいの事情を理解した。

「『アーバンジョブネットワーク』」
「な……」

 男達の動きが止まった。図星か。

「どうせギャンブルで借金こさえて、ろくでもないバイトに手ぇ出したってとこだろ。アンタらの身元、メアドと住所くらいならすぐわかるぜ?」
「ま、待て……」

 男達はあきらかに狼狽したようだった。

「動画つきでネットにさらしてやってもいいんだぜ。クビになった上に前科がついちゃあ借金返せても割に合わんと思う――がねっ!!」

 口からなめらかに脅迫を垂れ流しつつヤクザ・キック。ダメージは最初から期待していない。腰が退けた相手を押しのけて突破口を開き、おれ達はさらに通路の奥へと身を躍らせた。遠ざかる男達の罵声を背にひた走る。
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